第216話 ダニエラ編 Ⅰ

「ただいまぁ!」



 私は意気揚々いきようようふすまを開けたわ。


 なにしろ、今日から……って言うか、これまでもだけど。


 ここはのおうちなんですもの。


 いつもは「こんばんわ、失礼致します」だったのよ。だけど……だけど、今日からは「ただいまぁ」よっ!


 だって、ここはのお家なんですものぉぉ。うふふふふっ。



 ――スタン



 ふすまを開けたその先は、いつもの居間に、見慣れたメンバーが。



「ダニエラさん、お帰りなさいませ」



 うんうん、リーティア。ちゃんとご挨拶が出来てますねっ。


 って言うか、あなた、なぜそこでテレビ見ながら、皇子様だんなさまが買って来た東京みやげの『ひよこ』を食べてるの?


 もー、これだから今時の若いは困るのよねっ。美穂様が台所に立たれているのですから、あなたもお手伝いに行きなさいっ!


 ……って、毎回思うのだけど、この不器用なのよねぇ。


 よく敷居しきいの段差で転ぶし、お皿は割るし。


 そう言えば、美穂様から台所への出入りを禁止されていたのよねぇ。


 ……ふぅ。


 仕方がありませんね。



「ダニー、しごおわ、おつー」



「あっ、あぁ、お……つー」



「たははは。ダニーさぁ、それ言うなら、おつあり、っしょ。マジ、ダニーワロたっ!」



「ハハハ……遥名はるちゃん。どうして貴女あなたがここに?」



 あぁ、遥名はるちゃん、あなただったのね、もう一つの長靴の持ち主は。


 そう言えば、を連れて来てくれたのは、このだったのよね。



「えーっとぉ、さっき連れて来たらぁ、美穂ちゃんが『ご飯食べてく~』って言ってくれてさぁ。って言うか、美穂ちゃんとアル姉のご飯って、めっちゃえるんだよねぇ。って事で、今日、ここで食べてく事にしたのぉ。きゃははは。って言うか、この、マジウケル」



 あぁ、そう言う事ね。


 美穂様は、かなりオープンな性格だからねぇ。


 もう、ほとん餌付えづけね。ご近所の方々を餌付えづけしてる様なものよねぇ。


 でも、何か引っかかるわね。



遥名はるちゃん、そう言えばって……?」



 と言いかけた所で、炬燵こたつに首まで入り、ちゃっかり遥名はるちゃんに膝枕ひざまくらされてる、と目が合ったの。 



「にやー」



「にやーじゃないでしょっ!」



 どどどっ! どうしてミカエラあなたがここに居るのかしら?


 何? 遥名はるちゃんに頭をでられて、ゴロゴロ言ってるのはどう言う訳?


 それにみみっ! 出てるわよっ、みみ出てるわよっ!


 って言うか、そんな事より、リーティアっ! リーティアは何をしていたの?


 私は物凄い形相でリーティアを睨み付けたの。


 えぇ、そうよ。この場に遥名はるちゃんさえ居なければ、特大のカミナリを落としている所よっ!



「えへへへ、ダニエラさん、すみません。もう、私が来た時には、すっかりこの調子でぇ……」



 何? その態度はっ?! 全く反省して無いのかしら? って言うか、何をもうあきらめているの?


 マズいのよ。獣人がこの家に居るなんて事が、世間様にバレたら、とんでもない事になるのよっ!



「リリリ、リーティア。あなたっ、この状況がどう言う事か、分かっているのかしら?」



「はい。大丈夫ですよ。遥名はるちゃんとミカエラちゃんは、大の仲良しになったって事です」



 何? その屈託くったくの無い笑顔は?


 意味分かってるの? 本当にリーティアこの娘意味わかって言ってるの? 天然にも程があるわよっ。



「いやいや、そう言う話では無くてね」



「だってー、本当に仲良しになったんですよねぇ、遥名はるちゃん?」



「「ねー!」」



 コラコラコラ。


 何を二人で声を合わせているの? 練習してたの? その話のくだり、練習してたって事なの?


 あぁ……なんだか頭痛がするわ。はぁぁぁ。


 まぁ、遥名はるちゃんなら、何とでもなるわね。


 後で口外こうがいしない様に、しっかり説明しなくてはね。


 大丈夫。遥名はるちゃんは、とっても頭の良いだもの。


 何しろ、県内でもトップクラスの高校に首席で合格しているのよ。


 まぁ、私の家庭教師の腕が良かった……って言うのは、もちろん成功要因の第一位だとは思うのだけど。


 彼女も、あんな今時いまどきの話し方をしてるけど、ちゃんとした常識人……。



 ――カシャ



「って遥名はるちゃん? 何してるの?」



「はぇ? このミカエラ、めっちゃえるから、インスタ上げてるの」



「ややや、めなさいっつ! それはダメ……」



「……送信っと!」



「はぁぁぁ。遥名はるちゃん! 何て事を! 大変な事になるのよっ! 今すぐ、今すぐその画像を消して頂戴ちょうだい!」



 はぁぁぁ。ヤバいわっ!


 とにかくラボの方に連絡して、インスタぐらいなら侵入できるわよねっ。


 それで、画像を削除させるのよっ!


 場合によっては、全世界にウィルスをばら撒く事になるかもしれないわね。


 あぁ、確か新種のウィルスを開発したって聞いていたわ。早速アレを試す時が来た様ねっ!


 大丈夫。ダニエラ、大丈夫よ。インスタの写真一枚ぐらい、直ぐに無かった事にして見せるわ。


 私を誰だと思っているの? ダニエラよっ。歴代最年少で大司教に上り詰めた、ダニエラ=ロサーノなのよっ!


 あわてて、ルブタンのバッグから携帯を取り出そうとする私。



「ほら、ほらぁ。ダニーちゃん見て、見てぇ。こんなに『いいね』もらったよぉ



 視界に入る彼女の携帯には、ハートマークの隣にとんでもない数字が。



「はぁぁぁ、終わった……」



 今時の女子高生の拡散力かくさんりょくを舐めてましたわ。


 もう無理。絶対に止められない。




「でもさぁ、やっぱ外国の人って、コスプレめっちゃえるよねぇ。しかも、この耳の所? どうなってるのか分かんないけど、めっちゃモフモフして気持ちいいよぉ」



 はぁぁ。遥名はるちゃん。そりゃそうでしょ。


 だって本物なんだもの。本物の獣人なんだものぉ……。


 でも、あれ?



「……コスプレ?」



「うん。そう、コスプレ。最近の魔法少女系のコスプレっしょ? ウチの妹もはまってるわぁ」



 ……あぁぁ。そう言う事。そう言う事ね。



 そうよね。本物だなんて、誰も思わないわよね。コスプレよね。絶対コスプレにしか見えないわよね。


 何しろ、薄紅色うすべにいろの髪に深紅しんくの瞳なんて、普通、どう考えても居る訳が無いものね。



 ふぅぅぅ。やるわね。クールジャパン。



 もともと日本って国は、エルフに対して寛容かんようだって思ってたけど、どうやら、獣人ネコ娘にも理解があるって事ね。 



「はは、ハハハハ……」 



 私は乾いた笑いを浮かべながら、携帯片手に、その場に座り込んでしまったの。

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