第198話 経年の果てに
「うん、
素焼きの小さな
ただ、その男は注がれる度、間髪入れず飲み干してしまうので、その清らかさを
「こんなに喜んで頂けるとは。
「うーむ、初めて飲む酒だが、一体何で出来ておるのか」
「はい。元はコメと言う実から出来ている酒でございますが……そんな事よりもお師匠様。先程申し上げました件、如何でございましょうや?」
機嫌よく酒を呷る師匠に対し、適当に
「いやいや、そうは言うが、この鹿肉も
大皿に山と積まれた鹿肉を、素手で
終いにには、油でテカる指先をしゃぶりつつ、新たに注がれた酒を呷り始める始末だ。
「あっ、ありがとうございます」
「こちらに来る途中、山の中腹に鹿の群を見つけましたので、良い土産になると思い、一頭仕留めましてございます」
まるで何事でもない様に話す彼女。
しかしこの厳冬期。そう
見かけたと言うのは言葉の
彼女の
「うむ、うむ。長生きはするものよ。のぉ、ストラトス。お前もそうおもうじゃろ?」
同じテーブルの端で、巨大な鹿肉と格闘中のストラトス。
大きく
そんな
いやいや、彼女が
彼女は改まった様子で、
「
そんなアルテミシアの真剣な
わずかに盃を持つ手が止まる。
「もう……ワシには教える事など何もありはせん。お前が教えればよかろうに……」
半ば
「いいえ。
ここぞとばかりに、テーブルの上へと身を乗り出し、何とか
そんな様子を感じ取ったヴァシリオスは、空になった盃をそっとテーブルに置くと、そのまま急に黙り込んでしまった。
二人の間の沈黙は、いったいどれ程続いたのであろうか。
先程まで元気よく鹿肉にかぶりついていたストラトスすらその手を止め、心配そうに二人の様子を見つめている。
そして、最初に口を開いたのは、ヴァシリオスであった。
「……老いた。ワシは老いたのじゃ。とても今から皇子様を育て上げる事は
「いっ、いいえ、そんな事は……」
反論しようとするアルテミシアの顔前に片手を広げ、彼女の言葉を制するヴァシリオス。
「いや、良いのじゃ、アルよ。……いいや、アルテミシア。お前も既に気付いておろう。ワシに残された時間が短い事を」
彼女は自分の目の前に広げられた彼の手と、その顔を交互に見つめてみる。
あれだけ雄々しかった髪は、すっかり白く。
あれだけ
そして、あれだけ覇気が感じられた瞳からは、優し気な
なぜだろうか。
彼女には全くそんなつもりは無いはずなのに。
「お師匠様……」
言葉を詰まらせ、それ以上何も話せなくなる彼女。
「うむ。良い。良いのじゃ。アルよ。これは自然の
そう話すヴァシリオスは、彼女に対して逆に
「……うぅっ……うぅぅぅ……」
彼女は、只ひたすら目の前に出された彼の小さくなった手を両手で握り締め、押し
「もう夜も遅い。夜道は危険じゃ。今夜は泊まって行きなさい」
「おいっ、ストラトス。今夜はお前の寝床を
「はい。
どうやら、以前にも客人へ寝床を貸した事があるのだろう。
ストラトスの方も慣れたもので、二つ返事で承知してしまった。
「それでは私は馬小屋の方へ……」
そう言って立ち上がろうとするストラトス。
しかし、彼女はそんな
「いやいや、突然訪問した私が悪いのだ。元々旅慣れている身ではある。どうか一晩、馬小屋の
どうやら彼女は自分が馬小屋に泊まると言っている様だ。
どうして良いかわからず、ヴァシリオスの方へと視線を向ける少年。
「ふふっ、アルは昔から言い出したら聞かぬからのぉ。好きにするが良い。他に何か必要な物があれば、
「ありがたき幸せ。それでは一晩、馬小屋をお借り致します」
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