第193話 外牢(がいろう)
「ねぇ……兄貴ぃ。なんだか、ちょっとヤバそうな雰囲気っすねぇ」
「おっ、おぉ。そそそ、そう……だなぁ」
その建物に近付くにつれ、言い様の無い不安に駆られ始める二人の少年。
そこは、元々魔獣が飼われていた厩舎のすぐ裏手。
外界との繋がりを
それこそがマロネイア家の
実は、建物自体の大きさは、魔獣が飼われていた厩舎よりも少しばかり小さく、どちらかと言うと『こじんまり』とした感は否めない。
ただ、少し小高くなった丘に建つその建物の周りには、高さ五メートルは下らない重厚な造りの『壁』が張り巡らされており、更にその壁の外周には墓標と思われる石群が、
「兄貴ぃ……これ全部、お墓っすかねぇ……」
「まっ、まぁなぁ……」
その余りにも寒々とした光景に、思わず顔を
そして、急に元気が無くなった二人を含む一行は、ようやく外壁の一角にある鉄格子状の門へと到着する。
「おーい。開門してくれぇ」
呑気な声で守衛に声を掛けるバウル。
門の両側には守衛と思しき屈強の兵士が二人。更に壁の上部にも二人の兵士が、クロスボウを構えた状態で少年達の事を睨みつけている。
「おぉ、忙しい所悪ぃなぁ。こいつら、メイド館の肥溜めん中に隠れてやがってよぉ。まぁ、怪しいからしょっ引いて来たわぁ。それに、
「はっ、副隊長殿、承知しました」
どうやらバウルの方が階級的に上と言う事なのだろう。
守衛兵はバウルの胸に描かれている階級の紋章を見た途端、礼儀正しい態度を取り始める。そう言う意味では、このバウルの馴れ馴れしい態度も上位者の余裕であるとも受け取れる。
「おい、お前ら。中では大人しくするんだぞぉ。
最後にそれだけを告げると、バウルは二人の兵士を連れて元来た道を帰って行ってしまった。
その様子を茫然と眺める二人の少年。
「おい、お前達ぃ。ボーっと突っ立ってねぇでサッサと歩けよ」
――ドスッ、ドスッ!
「「あっ! うぅぅぅっ!」」
槍の石突で急に
余りの痛さに息が詰まる。
「何してんだよっ! 歩けったら歩けっ!」
――ボクッ!
今度はもう一人の守衛兵が、腹を抱えて
「ギャンッ……」
軽く宙を舞い、地面にバウンドしたかと思うと、そのまま仰向けの状態で倒れ込むクリス。
更に追い打ちを掛けるべく、たった今クリスを蹴り上げたばかりの守衛兵は、もう一度その右足を大きく後ろに引き上げる。
「兄貴っ!」
無我夢中のルーカス。
自身の腹の痛みを
――ボクッ!
もちろん、そんな事で躊躇する守衛兵では無い。
彼の放つ『蹴り』は、身構えるルーカスの背中に無情にも突き刺さる。
「グゥッ!……」
背中に走る激痛。
その不条理な痛みに耐えながら、兵士の事を憎しみの籠った目で睨み付ける。
「んん? 何だよおいっ、俺に何か文句でもあるってぇ
「ここにはココのルールってぇもんがあるんだよっ。こういう生意気なガキにはよぉぉく指導してやらねぇとなぁ。オ・ト・ナとしてよぉぉ!」
その守衛兵は、
更に少年達を足蹴にすべく、一段と力を籠めてその右足を振り上げたのだ。
「へぇっへへへへへっ!」
無抵抗の少年を痛めつける。
「くっ!……」
「こんなヤツら……死んじゃえば良いんだ……」
兵士を睨み付けたまま、そう小さく
もちろん、そんな状態の兵士にルーカスの小さな
――ギリッ
ルーカスが奥歯を噛みしめたその瞬間。
――ボクッ!
「そのぐらいにしておけよ。何、ガキ相手に熱くなってやがんだよぉ。殺しちまったらまた報告が面倒になるんだぞぉ」
少年達の背後。
最初にクリスとルーカスの
彼が背後から、ルーカスの首筋目掛けて槍の柄を思い切り振り下ろしたのだ。
――ドサッ。
急に意識の糸を断ち切られ、その場につんのめる様に倒れ込むルーカス。
「おい、お前っ。お前を
「早くしねぇと、お前もそこで白目むいて伸びる事になるぜぇ」
そう告げられたクリス。
彼は痛む脇腹を左手で押え、無言のまま右腕一本でルーカスの事を抱え上げようとする。
――ペッ!
地面に唾を吐くもう一人の兵士。
彼はその『悦楽の行為』を途中で止められ、どうにも腹の虫が収まらないのだろう。
しかし、止めた方の兵士に対して直接文句を言う訳でも無く、少年達のその様子を不機嫌そうに眺めているだけである。
そして、気絶しているルーカスを抱きかかえながら、ようやく立ち上がったクリス。
それを見た守衛兵は、顎で建物の方へ進む様にと指図する。
クリスの方も無言でその指示に頷くと、半ばルーカスを引きずりながら建物の方へと歩き始めたのだ。
「ルーカス……すまなかったなぁ。……俺の事を庇ってくれたんだよなぁ。今度は俺が……俺が兄貴分として……お前を助けてやるからよぉ。……任せておけよぉ。絶対に俺が……俺が何とかしてやるからよぉ」
もちろん気絶しているルーカスには聞こえない。
と言うより、面と向かってそんな事が言えるクリスでは無い。
相手に聞こえない事を良い事に、本当の想いを口に出し、その誓いを心に深く刻み込もうとするクリスであった。
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