第174.サシの博打

「はっ、はい!」



 バウルは部下の持つ松明たいまつを急ぎ奪い取ると、弾かれた様に荷車の方へ駆け寄って行く。


 そして、荷車の傍まで来た彼は、早速そのいつつある麻袋の様子をを入念に探り始めたのだ。



 確かに麻袋の中には、何某なにがしかの動物の死体が入っているのだろう。


 麻袋のそこかしこからは、小さく血のにじんだ様なあとが見て取れる。



「……うぇぇ、これ絶対死んでるに決まってるぜぇ」



 小声でそうつぶやくバウル。


 実際にそう思っていたとしても、上官の命令は絶対である。


 仕方なく自分の持つ短槍を逆手に握り直し、一番手近な麻袋へと狙いを定める。



「……ん?」



 すると、ちょうど彼の左隣。荷車の横に立つ少年の顔が彼の視界に入って来たのだ。



「あれ? お前っ! ルーカスか? ……って事はぁ……」



 もう一度麻袋を見下ろすバウル。


 大きさといい、形といい……恐らく中身はに間違い無い。



「マジかよぉ……」



 急に困惑の表情を浮かべるバウル。


 しかし、上官から『槍で確認しろ』と言われた手前、確認しない訳には行かない。


 そんな事をすれば、命令不服従、果ては反逆罪の汚名を着せられて、自分の命が危うくなるのだ。


 彼の額には大粒の脂汗が浮かび始める。



「……いやぁ、待てよぉ」



 このに及んでヴァンナから聞いた二つの話を思い出すバウル。


 それは、ルーカスが何らかの方法でミランダ姉妹しまいを助けに来るかもしれない。


 と言う話と、出来るだけ逃亡それを助けてやって欲しい……と言う話だ。



 ただ、この話。


 姉の方が明日洗礼を受けると決まってからは、新たな『命令』が加えられる事となる。


 それは……。


『折を見て、姉を殺せ……』と言うものだ。



 今日の夕方、侍女じじょのステファナからその話を聞いた時、流石に驚きを隠せず、バウルは何度もその『命令』を聞き返している。


 どうやらヴァンナは、姉妹の行く末を憐れんでいるのでは無く、ただ単純にあの二人が邪魔なだけ……と理解したバウル。


 しかもステファナからは、毒物により、姉の方は『虫の息』との話も聞いている。



 そんな姉妹に、これ以上の追い打ちが本当に必要なのか?


 ルーカスがヴァンナの目の届かない所に連れ出してくれるのであれば、それで問題無いのでは?



『流石にこの命令は聞けないな……』



 そう心に誓っていた矢先の、この出来事である。


 バウルとしては、何とか穏便おんびんに逃げて欲しい所なのだ。



「そうだ。って事は……多く見積もっても麻袋に入っているのは姉妹の二人だけ。残りの三つはダミーに違いねぇ」



 その結論に達したバウルは、なんと、視線をルーカスに送りながら、槍を突き刺す対象を、もう一度選び直し始めたのだ。


 すると、槍の矛先が特定の麻袋に向けられた時だけ、ルーカスが小さく首を振っている様子が見て取れる。



「はっは~ん。そう言う事ねぇ……」



 ようやく得心したバウル。


 今度は先程と違う麻袋に狙いを定め、その手に持つ槍を大きく振りかぶったのである。



「お待ち下さい……」



 それまで冷静な眼差しで見守っていたエニアスが、突然バウルの右手にそっと手を添えて、その行動を制止したのだ。



「んっ!?」



 その様子を後ろから見ていたタロスは、そんなエニアスの行動に、眉間みけんしわをより一層深くする。



「お待ち下さい。バウル様。そのまま上から槍を突き立てられたのでは、私共の商売道具である荷車の方まで傷付いてしまいやす。荷車の方も、決して安いものではございやせん。もしお許し頂ければ、この場で私が袋の中、一切合切広げてご覧に入れやすが、如何でしょう?」



 エニアスはバウルに対して説明している様にも見えるが、その実、本当に話し掛けているのはタロスに対してである。


 その証拠に、エニアスの冷徹な視線は、タロス本人へと注がれていた。



「うっ、うぅぅむ」



 タロスは一声唸り声をあげると、腕を組んだまま黙り込んでしまう。


 何しろ中身を知っているのは、マヴリガータのメンバーとタロス本人だけなのである。


 そう思えば守衛の兵士達を連れて来たのは失敗だった。


 今ここで、人間の死体がゴロゴロと出てきてしまっては、兵士達の間でどんな噂を立てられるか分かったものでは無い。



 依然、黙り込んでいるタロス。


 そんな様子を隣でニヤニヤと見ていたテオドロスは、良い頃合いとでも思ったのか、旧友タロスに助け船を出して来た。



「おいっタロス。お前、俺たちが何か他のを盗んで来たんじゃねぇか? って疑ってるんだろぉ?」



 そう言われたタロスは図星だったのだろう。少し不機嫌な様子でテオドロスを睨みつける。



「いやいや、良いんだよ。良いんだ。俺達ゃ裏稼業の汚れ役だぁ。人に疎まれ、嫌われ、疑われる事だって仕事の内。……ただなぁ、仕事の内って事ぁ、お代が要るって事さぁ。」



 テオドロスはそう言うなり、タロスの大きな肩へ手を回し、彼を『ぐいっ』と引き寄せる。



「もし、『シシ』しか居なかったら、謝礼は二倍。逆にが見つかっちまったら、お宝と一緒にこのエニアスも……お前にやるよぉ」


「どうだい? 悪い『博打バクチ』じゃねぇだろう? ……へっへっへっへ」



 更に下卑た笑い声をあげるテオドロス。


 一方、タロスの方も、そうまで言われては引くに引けない。



「うぅむ……分かった。その『博打バクチ』乗ろうじゃねぇか」

 


「へっへっへっへ。そう来なくっちゃなぁ。おいっ、エニアス。全部の袋、お前のナイフで開けてやれ。おっと、その前に、兵士の皆さんにお願いだぁ。これは、俺とタロスの『サシの博打バクチ』だぁ。タダで見せる訳には行かねえ。ちょいと離れていてもらおうか?」



 テオドロスはタロスと肩を組んだままで荷車の傍まで来ると、バウルが持っていた松明を奪い取り、顎で兵士達にこの場から離れる様に促し始めた。


 当然兵士達はテオドロスに命令される筋合いは無い。どうしたものかとタロスの様子を伺う兵士達。



「おいっ、テオドロスの言った通りだ。お前たちは、少し離れた所で待ってろ」



「はっ!」



 なぜか安堵あんどした面持おももちで、バウル達三人は少し離れた場所へと移動。


 そこから遠巻きに彼らの様子を伺う事になったのである。

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