第175.滅多刺し

「それじゃあ、はじめさせて頂きやす」



 エニアスはそう告げると、早速最初の麻袋にナイフを差し入れた。



 ――ズブッ……ゴロゴロッ



 ナイフの切れ目から転げ出て来たのは、人の腕と足が数本。



「少々暴れられたもんですから、死後硬直後に変な形になっちまいやしてね。そのまま麻袋に入らねぇもんで、腕と足は切断させて頂きやした」



 そう事も無げに説明するエニアス。



「……うぅぅむ」



 百戦錬磨のタロスではあるが、こう同じばかりが寄せ集められていると、さすがに気分が良いものでは無い。


 しかも、一気に周辺に広がる禍々しい血の匂い。


 思わず手で鼻を覆ってしまったのも無理のない事だろう。



「それじゃあ、次に参りやす」



 エニアスはそう告げると、淡々と麻袋を切り開いて行く。



「こちらの麻袋にも腕と足が。そして、こちらの麻袋には一人目の胴体が入っておりやす」



 胴体の入っている麻袋を切り開いた瞬間、流石に顔を歪めるタロス。


 なぜなら、その麻袋の隙間から見える体の特徴を見ただけで、その男が一体誰なのかまで彼には分かってしまったのである。



「……うっぷっ!」



 一瞬腹の底から『い』モノが込み上げて来るタロス。しかし、ここは無理やりにでも堪えて見せる。


 なにしろ、後では兵士部下達が見ているのだ。こんな所で醜態は見せられない。



「どうしやしょう。残り二つも開きやすか? 私としましては、これ以上麻袋を開いて血を流しやすと、荷車が汚れて後で面倒な事になってしまいやす……どうでやしょう? ここでお許し頂けるのであれば、この『博打バクチ』は無かったと言う事で……」



 そこでエニアスは商人風のお辞儀をしながら、タロスの判断を待つ。


 しかし、この『持ちかけ』が、逆にタロスを引くに引けない窮地へと追い込んでしまう。



「くっ! 男に二言はねぇ。おい若頭エニアス、そのナイフを寄こせっ!」



 タロスは、そう言うが早いか、エニアスの手に握られたナイフを取り上げて逆手に持ち替えると、残り二つの麻袋を滅多めった刺しにし始めたではないか。



「くそっ! くそおっ!」



 鬼の様な形相で麻袋にナイフを突き立てるタロス。



「お前たちは何にも悪くねぇ。たまたま……たまたま、あの場に居ただけで、余計な事さえ聞かなきゃなぁ」


「本当は俺が……俺がとどめを刺してやりゃあ、もっと楽に逝けたかもしれねぇのによぉ」


「俺がっ、俺が根性無しなばっかりによぉ! 本当に、本当に申し訳ねぇ……くっそっ! 無事プロピュライア通ってくれよ! 本当に申し訳ねぇっ!」



 その物悲しくも、おぞましい光景を冷ややかな眼差しで見つめるエニアス。


 ルーカスに至っては、あまりの衝撃に思わず叫び声を上げて、飛び出しそうになった所で、いつの間にか背後に回っていたテオドロスにより抱きかかえられ、完全にその口をふさがれてしまう。



「……むぐっ!……むぐぅ」



 そして、血抜きしてあるにも関わらず、タロスが刺したナイフの痕からは、真新しい鮮血が溢れ出し、麻袋に大きな赤い染みを次々と広げて行った。



「……はぁ、はぁ、はぁ……」



 突然、麻袋を突き刺していたその手を止め、荷車の上に両手を付いて肩で息を始めるタロス。



「タロス……もう気が済んだか? 後は俺たちがしっかり弔っておくからよぉ」



 テオドロスは、そんな彼の背中にそっと手を置くと、その右手に握られたナイフを静かに取り上げた。



「おい、エニアス。の上にむしろかけて、見えない様にしてやれ」



「へいっ」



 テオドロスからの指示により、即座に作業を始めるエニアス。


 暫くしてむしろ掛けが滞りなく終わると、茫然とその様子を眺めていたタロス一人を残し、マヴリガータのメンバーは鎮痛な面持ちのまま、荷車を引いて北門の方へと歩み去ってしまった。


 そして、少し離れた場所から、その一部始終を見ていたバウル。


 流石に距離がある為に麻袋に入っていたまでは見る事は出来なかったが、残念ながら最後にタロスが『滅多めった刺し』していたのは、間違いなくルーカスが先程『首』を振っていた麻袋だと思われた。



「あぁぁあ。何もあんなに刺す事ねぇのによぉ……どうせ目の届かねぇ所に逃げちまうんだから、そのまま逃がしてやっても良いと思うんだがなぁ」



 ごく一部ではあるが、今回の事件の一端を理解しているバウル。


 いくら自分を取り立ててくれたヴァンナの希望とは言え、彼にしてみれば、あまり気乗りのしない『命令』であった。



「ふぅ……」


 

 腹の底からため息を一つ。


 どうして急にタロス様が、あんなに取り乱して残り二つの麻袋を刺したのかは分からない。


 後ろの部下二人は、『タロス様が掛けバクチに負けて、ヤケになって刺したんじゃねぇか?』とか言っているけど、何だか違う様にも思う。



「まぁ、俺の知った事じゃねぇけどなぁ……」



 バウルはそう独り言ちると、一人立ちすくむタロスの元へと駆け寄って行くのであった。

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