第162.足トントン

「……うおっぷ!」



 彼女リーティアの隠れる柱の右側。その足元に目をやると、なんと彼女リーティアの可愛い足首が見えているでは無いかっ!


 なんだったら胸元から巻き付けられたバスタオルのお尻の部分までもが、ちょっぴり見え隠れしてみたりなんかして。



 はうはうはうっ!



 もうこれは、アレだっ! アレに違い無いっ! 「頭隠して尻隠さずっ!」 


 いやいや実際問題、頭も隠して無いから狭義の意味としては間違っているんだろうけど、感覚的には大差あるまい。


 しかもである。彼女はその右足を地面に『トントン』と数回、靴を履く時の様な仕草しぐさを繰り返しているでは無いか。



「くっ! ブービートラップまでぶち込んで来るとはっ!」



 それは『童貞』ホイホイとも呼ばれる初歩的なトラップだ!


 本来は浴室へと向かうドアが曇りガラスで造られているホテル等で、手練れの女子が童貞相手に仕掛ける事が多いと言われているハニートラップの一種だ。


 この仕草の恐ろしい所は、本来彼氏からは見えていないはずの部分で思わず嬉しさが溢れ出てしまった! と言う、雰囲気を醸し出している点にある。


 もちろん、あたかも従順な『ワンコ』がご主人様を見て、しっぽを振って喜んでいる様子としても十分な見ごたえがあるんだけども、それ以上に『普段は彼氏に見せる事の無い秘密の部分』……そう、隠された彼女の本心の部分から、この『彼との一緒にお風呂』を楽しみにしている! と言う事が伝わって来るって言うお得感半端ない仕草な訳さ。


 いやいやいや、しかしまぁ、どこでこんな小賢しい技を覚えて来たのかは知らないけれど、童貞歴二十一年、俺ぐらいの『童貞マスター』ともなれば、こんな子供騙しのブービートラップなんて全く……効きます。えぇ、めっちゃ効きます。もう、すんごい事になってます。えぇ、なんでしょうね。すんごく嬉しい。って言うか、彼女リーティア、めっちゃ喜んでるじゃん。もう、俺とお風呂に入るの、あんなに待ち焦がれてるじゃん。もう、俺、期待されてるじゃん。俺、もうスターじゃん。


 あぁ、人って、他人から必要とされた時に幸せを感じるって、確か心理学者のアブラハム・マズローが言ってたっけなぁ。まぁ、会った事がある訳じゃ無いけど。


 確か『マズローの欲求五段階説』の第四段階、『承認欲求(尊重欲求)』の実現にあたるんだろうな。あぁ、俺は彼女に必要とされている、そして尊敬されている……と感じられるこの瞬間って、何て幸せで充実した時間を俺に与えてくれるのだろう。


 でも、ちょっと違う様な気もするな。はて?


 単純に友人や学校の先生から認めてもらっても、こんな幸せを感じる事ってあったっけ? いや、無かったぞ。テストで百点を取った時だって、確かに幸せではあったけど、もう、リーティアの『足トントン』と比べると、月とすっぽん。いや、そんな軽々しい表現で比較する事すら憚られるぐらいの実力差がそこにはある!



 と言う事は、更にその上か……。



 『マズローの欲求五段階説』には最終第五段階、『自己実現欲求』と言うものがある。つまり、自分がなりたいと思う人物になれた時、その最大の欲求は満たされると言うものだ。


 しかもマズローは言っていたのさ。第五段階の『自己実現欲求』だけは、その他の第四段階までの欲求とは質的に異なっていると。それは正に究極の欲求。人はその欲求実現の為にこそ、突き動かされるのだと……まぁ、本人と会った事は無いけど。



 しかし今、俺は猛烈に満たされている。つまり俺は『彼女リーティアが望む俺』になりたかった! と言う事だったんだ。そう、たった今その欲求は完全に実現されたと言う訳だ。


 通常、このトラップの効果としては、が20%向上するとの研究結果が報告されているんだけど、どうやら、20%以上の成果があると認めざるを得ない。


 ふぅ、本件については、新たな研究成果として別の機会に論文化するとしよう。


 さて……。



「リッ、リーティア。そんな所に隠れて無いで、こっちにおいでよ」



 俺はリーティアの『足トントン』を十分に堪能しゃぶりしつくした後で、ようやく彼女へと声を掛けたのさ。



「……はい。皇子様。仰せのとおり」



 彼女はそう返事をしたものの、もう一度柱の陰に隠れてしまう。


 そして、一呼吸、二呼吸。


 ようやく彼女は何か逡巡する様な、そして何か思わせぶりな面持ちでその姿を現してくれたんだ


 金色に輝く髪は少しラフな感じでお団子に丸め、その髪色にとても良く似あう銀細工のかんざしでまとめられている。


 そのは、もちろん昼間の様なストラ姿では無い。恐らく日本から持ち込んできたのであろう、オフホワイトのバスタオルにその身を包んでいる状態だ。


 とにかく彼女リーティアの『たわわ』な物が、その存在感を暴力的に主張して止まないのさ。何しろ盛り上がっちゃって、盛り上がっちゃってて。こらこら、君々、そこにナニを隠してるの? はい、正直に言いなさい。もう、だめだよ、そんな所に沢山入れちゃあ。はい、もう良いから。はいはい、もう、泣かない、泣かない。大丈夫。ちゃんと正直に言ってくれれば、おじさんだって怒ったりしないんだからね。もう、こんなに沢山いれちゃって、もう、おじさんだって、びっくりだよっ! 本当にもう! って言うぐらいこんもりしている。


 一般的に考えて、海やプールでひょっこり出会った場合、なんだったら、少しのかな? ちょっぴり『偽ちち』なのかな? と、疑ってしまうレベルなのである。もちろん、この期に及んでそんな『盛りちち』をしている訳が無い。何しろ、これからすっぽんぽんでお風呂に入る訳である。あっと言う間に、その真贋がバレてしまう。


 まぁ確かに、一分でも一秒でも良く見られたい、良く思われたい、と言う『女心おんなごころ』が分からないでは無いけれど、俺のリーティアがそんな事をするはずが無いし、する必要も無いぐらいの代物なのだよ。はうはうはう。



「皇子様っ、そんなに見つめられては恥ずかしいですぅ」



 そう言いながら俯いてしまうリーティア



 はわわわわ。もうダメだ。もう、しんぼうたまらん。さっきは一緒にお風呂に入るって言ってたけど、前言撤回っ! もう良い、このまま正面から『ぎゅー』に突入だ。それしか無い。えぇ、何だって、それじゃあ、折角色々シミュレートした内容が全部水の泡だって? はぁぁ? 何言ってるんだよ、何しろ目の前に『はだかエプロン』ならぬ、『はだかバスタオル』の娘が『恥ずかしいですぅ』とか言っちゃってるんだぞっ! そんなもん風情ふぜいなんてしるかっ!


 はぁ、これだから、真正童貞を標ぼうする『拗らせ童貞』諸氏は御し難い。


 とにかく、ここは一刻も早く『ぎゅー』に持ち込まなければ。何しろ、正面からのぎゅーには既に成功している訳さ。もう、二人の間に正面から『ぎゅー』に対する抵抗感は、ほぼゼロに近い。なんだったら、正面から『ぎゅー』の後に、多少段取りは前後してしまう事になるけど、『ちゅー』も敢行する用意がある。



 はわわわわ。



 そうだったっ! 良く考えたら『ぎゅー』からの『パフパフ』をする前段として、俺は『ちゅー』を経験していないじゃないか? はぁぁ。俺って、何て野蛮なヤツなんだ。『ちゅー』もせずに、『パフパフ』に想いを馳せるとはっ! ……痛恨っ! よぉしっ、とにかく『ぎゅー』ってしてからの『ちゅー』、『ぎゅー』ってしてからの『ちゅー』だっ!



 ――ザバァッ……。



 俺は硬度三割増し ――当社比―― の武器ロングソードを携え、湯舟の中から飛び上がる様に立ち上がったんだ。


 そして、リーティアに右手を差し出しながら、こう告げる。



「リーティア。良いよね……」



「……はい、皇子様」



 彼女リーティアは依然目を伏せたままだったけど、恥ずかしそうにゆっくりと頷いてくれたのさ。

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