第62話 フェガロフォトでの見分

「ルーカスさん、こちらがお探しの場所ですよ」



 ヨティスが指し示したその先には、闇夜に忽然と現れた不夜城の如く、まばゆくも光輝く豪奢な建物がその威容を誇っていた。


 入り口の上部には、金箔が施された大きな看板が掲げられており、そこには『フェガロフォト』と、品格のある流麗な筆記体で、その店の名前が書きこまれている。


 しかも、店の外にも関わらず、専任の楽団による風雅な演奏の響きが、大人の男心をくすぐるのであろう。道行く男達はみな、羨望の眼差しでその建物の方を見やりながら通り過ぎて行くのだ。


 それもそのはずである。


 もし『フェガロフォト』で一晩遊ぼうと思ったら、軽く年収の数倍の費えが必要となるのは間違いない。


 一般の市民には敷居が高く、その敷地内に入る事すら憚られる。


 ただ、その豪奢な店構えや、専任の楽団による演奏だけを聞きに訪れる『冷やかし』達が遠巻きに取り囲み、みな一様に溜息を漏らしているのだ。



「ほあぁぁぁ……」



 そのあまりにも豪華な建物に、開いた口が塞がらないルーカス少年。ヨティスはそんなルーカス少年を先導する様に、メインエントランスの方へと導いて行く。


 『フェガロフォト』を訪れる様な裕福な客達は、馬車が乗り入れられる時間帯であれば馬車で。それ以外の時間であれば、奴隷に担がせた輿にのり、店の中へと入って行くのが普通だ。


 遠巻きに眺める人達は、その輿に彫り込まれた家紋等を見て、『今来たのは貴族の誰それだ……』とか、『あれは、例の富豪の次男坊に違いない……』などなど、口さがない噂話に花を咲かせるのである。それも彼らの楽しみの一つと言えるのだろう。


 そんな中、徒歩で訪れた三人組。


 ただ、『冷やかし』の中の一人が先頭を行くヨティスを目敏く見つけ、『デルフィ自治区のギルド会頭に案内をさせるとは、あの少年はいったい何者なのか?』と、遠巻きに見つめる人々からは、大きなどよめきが起こったのは、致し方の無い所か。


 そんな観衆の羨望の眼差しを一身に浴びて、少し鼻高々のルーカス少年。


 早速エントランスの前に立つと、二人のドアボーイが天井まで届く、大きな両開きのドアを、音も無く開けてくれる。


 そして、そのドアの向こうには、この世のものとは思えない光景が広がっていた。



「うぉぉぉ、俺も久しぶりに来たけど、やっぱ一流店は全然違うなぁ」



 ルーカス少年の後ろから、ちゃっかり付いて来ていたデメトリオスは、ロビーの天井から吊るされた巨大なシャンデリアを眺めながら、感嘆の声を上げている。ルーカス少年に至っては、目を丸くしたまま、既に声も出ない状況だ。


 まばゆくも光り輝くシャンデリアに照らされた室内は、赤を基調とした落ち着いたインテリアで統一され、壁面に掛けられた、身の丈の何倍もある様なタペストリーには、金糸、銀糸で彩られた神話の数々の場面が表現されており、その価値だけでも想像を絶するものがあるのだろう。


 また、外の専任楽団とは異なり、室内のフロアではシックで落ち着いた雰囲気のある弦楽が奏でられ、逆にこれから始まるであろう、夜を徹した宴への期待感を嫌が応にも搔き立ててくれる。


 更には、ロビーに入ると、柑橘系のトロピカルフルーツを思わせる様な、甘く切ない香りに、何某かのほろ苦さがブレンドされた、それは、それは豊な芳香が、少年達を優しく包み込んでくれるのである。


 その香りは、入店時の緊張感を解きほぐし、少年達を究極のリラックス状態へと誘ってくれる様だ。


 ただ、恐らくは最高級の香木に、何らかの媚薬を加えているのであろう。なぜだかは分からないが、暫くすると、体の芯からホカホカと温まる様な感じが沸き起こって来て、今度は逆に居ても立っても居られない妙な気持ちになってくるから不思議だ。



 そして、エントランスからロビー中央へと歩を進める一行。


 辺りを見回せば、その広いロビーには、いくつものソファーセットが、かなり広い間隔で配置され、それぞれには貴族や、豪商風の男達がゆっくりと寛ぎ、専任のコンシェルジュが相手をする中、キャストの到着を待っている様子が見て取れる。


 ちょうどそこに、ロビー奥にあるフロントの方から、白髪をオールバックに綺麗にまとめた老紳士がヨティスの方へとにこやかに近づいて来たのだ。



「今宵は、我がフェガロフォトへようこそ」



 その老紳士は、優雅な身のこなしで挨拶をすると、ヨティスの方へと笑顔を向けた。



「会頭、既にお話はうけたまわっております。どうぞこちらへ……」



 老紳士は三人を先導する様に、ロビー横に併設されている扉の中でも、最も大きな扉へと促して行く。



「ご連絡いただきました通り、本日入荷しました娘達は、こちらの方へと集めてございます。ごゆるりとご見分下さいませ」



 老紳士は、そう言って大きな扉をゆっくりと引き開けると、そこには二十名以上の美少女達が一糸も纏わぬ姿で、ひな壇の上に並んでいるではないか。



「ほほぉ、こいつは壮観だなぁ。おっこの娘、結構良いちちしてるじゃねぇかぁ。おい、コンシェルジュ! ちょっとこの娘、味見しても良いかぁ?」



 デメトリオスは早速、端の方から一人ずつ順番に、美少女達を舐める様に眺めると、ときおり彼女達の胸を指で突いてみたり、摘まんでみたり……。



「ほっほっほっ……デメトリオス様、もちろん味見をして頂いても構いませんが、その場合は、そのままお買い上げ頂く事になりますが、よろしいですかな?」


「まぁエレトリア港でも名うての親方でございますから、一名と言わず、二名でも三名でもでお譲り致しますよ」



 老紳士は慌てる事無く、デメトリオスへ笑顔で返答する。



「……ちっ! これだから一流店のコンシェルジュは食えねえんだよなぁ」



 デメトリオスの方も、始めて会ったと思っていたコンシェルジュが、いきなり自分の名前を呼んだ事に驚きつつも、流石は一流店のコンシェルジュであると感嘆しきりである。



「おい、ルーカス、お前の言ってた娘ってどれなんだよ。早く俺にも紹介しろよ! なんだったら、お前の次に俺が指名して、俺たちになるってのもオツなもんだけどなぁ。だぁはっはっはっはっ!」



 デメトリオスは、下品なジョークに下品な笑いを組み合わせる事で、その場にいる人達全員をドン引きさせる天才なのかもしれない。


 そんなデメトリオスのジョークを完全スルーしたルーカス少年は、あまりの光景になかなか彼女達を直視する事が出来ない。それでも一大決心で少女達の顔を順番に確認した上で、白髪の老紳士に再び話しかけた。



「……あのぉすみません。……こう、髪の色が淡い紫色って言うか、エメラルドグリーンって言うか……をした女性っていませんでしたか?」



 質問されたコンシェルジュの老紳士は、少し驚いた様にルーカス少年を見つめた後で、考え込む様に首を捻る。



「フーム、エメラルドグリーンの髪ですかぁ……その娘は、同じ船に乗っていた娘なのですか?」



 老紳士は、もう一度ルーカス少年に確認を取ると、ルーカスの方も申し訳無さそうに頷いてみる。



「えぇ、間違いなく今日到着した船に乗っていて、木製の檻の中に囲われていました」



 ルーカスが説明を加えると、老紳士は納得した様に笑顔になり、優しくルーカス少年に語り掛けて来た。



「あぁ、木製の檻に入っていた娘と言う事になりますと、上玉の娘達と言う事でしょう。それであれば、私共の様な娼館の方では無く、マロネイア様のお屋敷の方へと運ばれたのだと思いますよ。まず最初にマロネイア様にご検分頂いて、お気に入りの娘については、そのままマロネイア様の奴隷として召し抱えらえる事もございますので」



 その話を聞いたルーカス少年は、驚きとも焦りともとれる様な表情を浮かべたまま、その場に立ち尽くしてしまうのであった。

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