第63話 パイルの実×2

「……おねぇちゃん。今度はどこに連れられて行くのぉ?」



 私はうんざりした様子でお姉ちゃんに話しかけます。


 だって、もう二十日以上も船の中で過ごしたかと思っていたら、今度は急に馬車に乗せられて運ばれて行く事になったんですもの……。「もう、どうにでもしてっ!」と言う気持ちが無いではありません。だけど、やっぱり自分の行く先は気になるし、不安がいっぱいです。



「うーん、お姉ちゃんにも分からないよぉ。……でも、多分私達を買って下さった貴族のお屋敷に運ばれるんだと思うよ」



 いつも明るいお姉ちゃんも、私と同じ様に不安な顔をしています。ふぅぅ……。お姉ちゃんまで不安になっちゃうと、私はもっと、もっと不安になっちゃいます。……あれ? ちょっと涙が出て来ました。でもここで泣いてしまっては、お姉ちゃんに迷惑が掛かるかもしれません。ぐすっ。だから私は泣きません。絶対に……。



「……ぐすっ。ふえぇぇぇん」



 どんなに頑張っても、涙が後から、あとから溢れて来ます。お姉ちゃんも私につられて涙ぐんでいる様です。



「……泣かないで。きっと大丈夫。ここはマロネイア様のお住まいのある、エレトリアと言う街のはずなの。私達はたぶん、マロネイア様のお屋敷に運ばれているのよ」



 お姉ちゃんと二人で抱き合う様に泣いていた私達を、大きく包み込む様に抱き寄せてくれたのは、ザパスの港町から一緒に運ばれて来たヴァンナさんでした。


 ヴァンナさんは、私達二人に交互に頬ずりしながら、「大丈夫……、大丈夫……」と繰り返して安心させてくれます。ヴァンナさんは本当に良いお姉さんです。



「そう言えば、ミランダちゃん、さっきの男の子は知り合いだったの?」



 ヴァンナさんは少しでも私の気を紛らわせようとしてくれているのでしょうね。さっき港で会った男の子の事について聞いてくれました。



「ううん。ここに着いてから、初めて会ったの。何度も私達の檻の所に荷物を取りに来てた男の子なんだよ。名前はルーカスって言うんだって。カッコいい名前だよねぇ。スペルがCusじゃなくで、Kusなんだって……。あれ? 逆だったかな? えへへ。忘れちゃった」



 私の話を聞いて、お姉ちゃんも、ヴァンナさんもちょっぴり笑ってくれました。……良かった。



「でもね、ルーカスがねぇ『後で迎えに来る』って言ってたんだよ。もしかしたら、私達の事を逃がしてくれるのかもしれないよねっ。もしルーカスが来てくれたら、ヴァンナさんも一緒に逃げようね!」



 私はちょっと嬉しそうにヴァンナさんを誘ってみます。



「えっ……うっうん。そうだね。……もし本当にルーカス君が……本当に来たら私にも教えてくれるかな?」



 ヴァンナさんは、ちょっと困った様な顔をしています。



「えーっつ。そんなに遠慮しなくても良いのにぃ。困った時はお互い様なんだよ。それに、ヴァンナさんはいつも私達に優しいんだもの。ちゃんと逃げる時は誘ってあげるから、一緒に逃げようね!」



 私がもう一度念を押すと、ヴァンナさんさんは、にっこり微笑みながら「うん。ありがとっ」って言ってくれました。



 そのまましばらく馬車に揺られていると、ようやく目的地に到着したのか、馬車はゆっくりと速度を落とし始めました。



「……お前たち、到着したよ。さぁ降りなさい」



 ようやく停車した馬車の扉が開いて、見覚えのある男の人が乗り込んで来ました。私達を買い上げてくれた、ペトロスさんの様です。そう言えばこの人、船の中でも時々私達の様子を見に来てくれていましたね。あまり言葉数は多くはないけど、言葉の端々に、私達への気遣いが感じられます。ちょっと小太りですけど、割と良い大人なんだと思います。


 私達は、馬車の外に置かれた脚立を使って、自分で馬車から降りて行きました。



「ふわぁぁぁ……」



 私達の目の前には、レンガ造りのとっても大きなお屋敷が建っていました。私は生まれてからこんなに大きなお屋敷を見た事がありません。


 ザパスの港町にあった娼館も大概に大きいと思っていたのですが、その何倍も、何倍も大きなお屋敷です。


 私の後から降りて来たお姉ちゃんも、私と同じ様に大きな口を開けたまま、反り返る様にしてお屋敷を見上げています。



「うふふっ。ここが今日から私達のお屋敷になるのねぇ」



 ヴァンナさんは、意外にもお屋敷の大きさに驚く事なく、なんだか嬉しそうに独り言を言っています。


 ヴァンナさん、ここは貴族様のお屋敷ですよ。ヴァンナさんの物ではありませんよっ。


 私はヴァンナさんに教えてあげようと思って、口を開きかけた所で、私の後ろからペトロスさんの声が聞こえて来ました。



「それじゃぁ、一緒にお屋敷の中に入るから、みんな、はぐれない様に私に付いて来ておくれ」



 ペトロスさんはそう言うと、私達を先導する様にお屋敷の方へと歩いて行きます。



「えへへっ。手をつなごっ!」



 私はそう言うと、右手でお姉ちゃん、左手でヴァンナさんと手をつないで、一緒にお屋敷の中に入って行きました。



 ◇◆◇◆◇◆



 お屋敷の中に入ると、そこには、とっても恐い顔をしたおばさんを筆頭に、皆同じ、踝ぐらいまでの長さのオフホワイトのストラを纏った女の人達が待っていました。



「あぁもぅ、もっとシャキシャキ動きなさいっ!」



 先頭の強面おばさんが、イライラした様子で怒鳴っています。



「はいはい静かにっ!……私の名前はイリニです。このお屋敷で家政婦長を任されています。これからあなた達は私の言う通りに働いてもらうのですから、私の顔を良ぉく覚えておいてくださいっ!」



 イリニ家政婦長さんは、私達を横一列に並ばせた上で、私達の前をゆっくりと何度も往復しながら話を続けます。



「それからっ!……あなた達みたいな奴隷と一緒にしてもらっちゃ困るわよっ。私はこれでも帝国二級市民権を持ってるんですからねっ!」



 そう言い放つ家政婦長のイリニさんは、ちょっと鼻高々です。



「と言う事で、今からあなた達はアゲロス様の見分を受ける事になりますから、サッサとその汚いストラを脱いで、ここにいるメイドに渡して下さいっ」



 えぇぇっ?! いきなりこんな玄関先で全裸になれって言うのはあんまりなのでは? って思っていたら、ヴァンナさんが代わりにイリニ家政婦長さんに聞いてくれました。



「……家政婦長様、この様な玄関先で衣服を脱ぎますと、他のお客様にご迷惑が……」



 他の娘達も、一様に頷いているみたいね。だって、そうよね。さすがにそれは無いわよね。



「何、グダグダ言っているの。ここはメイド専用の建物なんですから、そんな事気にしないで良いのよっ。さぁ、下らない事言ってないで、さっさとストラを脱いで、付いて来なさいっ!」



 えぇぇっ! この大きなお屋敷ってメイド専用の建物なの?! 私はもう一度広々とした玄関から続く長い廊下を見渡してみます。まぁ、確かに装飾品はザパスの港町の娼館の方がもっとキラキラしていた様にも思うけど、とてつもなく大きなこのお屋敷がメイド専用とはねぇ……。ちょっとびっくりを通り越して、引いてしまいます。


 っと、私が面食らってボーっとしていると、いつの間にか私以外の娘達は、しっかり全裸の状態でした。


 あぁ、急いで脱がないと!


 慌てて私が自分のストラを脱ごうとした所で、目の前に巨大な丸いものが……。



 ほうっ! ヴァンナさんのおっぱい!



 すんごい事になってます。お姉ちゃんのも結構すごいけど、ヴァンナさんのは、何て言うのかなぁ……。南方大陸で取れるフルーツのパイルの実の様です。しかも超巨大。ははは。しかもこの大きさなのに、ドーンって前に。そう、ドーンって。



 何だろう……、ちょっと触って、フミフミしてみたいです。はうはう。



 私が吸い寄せられる様にふらふらとヴァンナさんのおっぱいに近づいて行くと、私の横でお姉ちゃんが同じ様にヴァンナさんのおっぱいに、吸い寄せられていました。



「スパンッ!」「スパーンッ!」



 そんな私とお姉ちゃんの後頭部を、家政婦長さんがサンダルの踵でおもいっきりひっぱたきます。



「「ぅにやぁー!」」



 思いもよらぬ事に、姉妹そろって変な声が出てしまいました!


 って言うか、家政婦長さん、どうして手にサンダル持ってるのぉ!?



「はいはい! にゃーにゃー言ってないで、あなたも早く脱ぎなさいっ!」



 もう一度家政婦長さんに叱られた私は、仕方なくストラを脱ぐと、近くにいるメイドさんに私の服を預けました。


 もーっ、私が悪いんじゃなくって、ヴァンナさんのおっぱいが悪いんだからねっ!

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