第39話 龍虎決戦

「あっあぁぁ。リーティア……」 



 もう何がなんだか……。


 とにかくリーティアの後を追いかけて、早足で歩きだした俺は、ダニエラさんの横をすり抜けようとする。


 すると、お辞儀をした状態のまま固まっていたダニエラさんは、ちょうど俺が横を通り過ぎた所で急に姿勢を正すと、方向を変えて、俺と並ぶ様に歩き始めたんだ。


 更にその後ろには、出迎えに来ていた神官達まで、綺麗に整列した形で付き従って来る。


 そっと横を見れば、そこには頬を朱に染め、ちょっとおすまし顔のダニエラさん……。



 ――やっぱり綺麗だなぁ。へへへ……。うおっと、ダニエラさんに見とれてる場合じゃ無かった!



「ねっねぇ、ダニエラさん。さっきのちょっとマズかったかなぁ?」



 リーティアの突然の行動が理解できない俺は、隣を歩くダニエラさんに早速確認だ。



「……」



 いつも『即答』のダニエラさんにしてはめずらしく、ちょっと考え込んでいる様子。



 ――はて?



 『暫くの無言』の後、ダニエラさんは、一つひとつ、言葉を選びながら話し始めてくれたんだ。



「皇子様……全く問題は……ございません。皇子様は全能神様の皇子様なのです。……全ての……全ての事が許されるのです」



 ――って事は、やっぱり俺、何かやっちゃったみたいだな……。



「本来、大司教である私から申し上げる事は何一つあろうはずがございません」


「ただ……ただ一点だけ申し上げるとすれば、こちらの世界では、公衆の面前で殿方が女性に触れる事はございません」


「しかも、先ほど皇子様は、わたくしの肩にられ……その上でを取らすと申されました……しかも後で、……と、おっしゃられたのです……」



 ――あぁ。言ったねぇぇぇ。間違いなく言ったわぁ。



「おそらく周囲に控えておりました神官全員が、本日のとして、私が指名されたものと受け取った事でしょう」



「……えぇっ、マジ?! そんな事になるの?」



 思わぬ話の流れに、ガチな声が出る俺。


 ダニエラさんの方は、付き従う神官達を気遣う素振りを見せた後、恥ずかしそうに俯いてしまう。



「はい……。二人だけの場所でならばいざ知らず。公衆の面前で上位の殿方が女性に触れ、自分の所へ来いとのご発言では、その様に解釈されても致し方の無い事でございます」


「実際、私の侍女数名が、先ほど私の部屋の方へと、足早に走り去って行くのが見えました……」


「おそらく、今夜の夜伽の相手をする際の衣装選び、及び湯あみの準備に、今頃大忙しになっている事でしょう」



 そこまで話した所で、突然『あたふた』し始めるダニエラさん。



「あぁ皇子様! 誤解なさらないでください。もちろん! もちろん私は大丈夫でございます! と言うか、ウェルカムでございます。なにしろ、皇子様がお生まれになった頃から、私の覚悟はできておりましたから……」


「しかも。将来私がの座に就いたあかつきには、必ずや此度の経験を生かし、更なるが可能であると自負しております……ふふっ」



 ダニエラさんは更に頬を紅潮させた様子で、『うっとり』と俺の方を見ながら説明してくれる。



「あっ……あ~……そう言う事ね。あぁーなるほど、なるほど。うーん、そういう事ねぇ」



 もう、驚くやら、嬉しいやら。ドキドキするやら、キュンキュンするやら、何やら、かんやら? ……うん?


 いやいや、ちょっと待てよ! あんまりの話にスルーしそうになっちゃったけど、これってダニエラさんからの『マジ告白』も入ってるじゃん!


 えぇぇぇ、そう言う事? もう、そう言う事なの? って言うか、そう言う事としか思え無いよね。しかも、ちゃっかり『正妻』って宣言しっちゃってるじゃん。もう『正妻』確定じゃん!



 俺が、もう一度状況を確認すべく、ダニエラさんの方へ振り向くと、彼女は天女様の様な優しいほほ笑みの中に、ちょっとエロを足して二で割った様な、妖艶な笑顔で俺に頷いて来る。



 はあぁぁぁ、マジかぁぁぁ。 ダニエラさん……うん。マジなんだねぇ……。



 ダニエラさんってば、ちょっと瞳が潤んでて、エロ度が200%アップ状態だよぉ!



 でも俺、そんなルール知らなかったし、大体、なんにも聞いて無いから……?



 ――はあっ!



 と、そこまで考えた所で、リーティアが何度も俺に『娘に触れるな!』と言っていた意味を、今頃になってようやく理解する俺。



 あぁぁっ! そう言う事かぁ、わかった! 今、全てがわかっちゃったっ! ようやく理解したわぁ。


 この世界では、基本的に俺より上位者が居ないんだ。 ――まぁ、じぃちゃんは別としても。


 しかも、その最上位者の男性が、美しい女性を『指名』したとなると……まぁ、そう言う事になるわなぁ。



 その後もダニエラさんからの熱くとろける様な視線をビシビシと感じるんだけど……。



 ――だめだっ! とてもダニエラさんの顔なんて見られないっ!



 俺の鼓動が加速度的に早くなり、口から心臓が飛び出しそうになった頃、ようやく神殿奥の、目的の部屋へと到着したみたいだ。



 そこには、ちょっと怒った様子で、仁王立ち状態のリーティアが、こちらを睨んで待っていた。



「皇子様、ご昼食になさいますか? それとも汗もかかれた事でしょうから、湯あみに致しましょうか?」



 少し刺を感じないでは無いが、十分丁寧で、かつ愛情の籠った声音で俺に尋ねて来るリーティア。



 ――あぁぁぁぁぁぁっ! キターーー!



 そんなリーティアの言葉に、表面上は冷静を保ちつつも、俺は心の中で『狂喜乱舞』する



 ――だって、このセリフって、あれだよ、アレ!



 ◆◇◆◇◆◇



 新婚生活初日……。


 俺が初めて家に帰って来る。


「リーティア、ただいまぁぁ」


 玄関先で靴を脱ぐ俺。


 すると、ダイニングキッチンの方から、レースの付いた花柄のエプロンをしたリーティアが駆け寄って来る。


「おかえりぃぃ。もうっ! 慶太さん、おそぃぃ。ご飯さめちゃうよっ! ぷんぷん!」


「もう、何言ってるんだよ。ちゃんと電話したじゃん」


「だって、寂しかったんだもん」


「えへへ、なっ、何言ってるんだよ、リーティアったら」


「えへへへ。ごめんね、ちょっと言ってみたかったの」


「本当、困ったリーティアヤツだなぁ」


「うふふ。それじゃあ、改めて……お食事にする、お風呂にする、それとも……」


「んん、もうぉぉリーティアあっぁぁぁ……」



 ◆◇◆◇◆◇



 って、シチュエーションで、言って欲しかったセリフ、堂々の第一位を今ココで聞いてしてしまったって訳なんだよっ! これが平静でいられるかって話だよ。


 そんな俺は、顔面の筋肉すべてが最大限に弛緩しっぱなしの状態だ。



「それでは、私が湯あみのお手伝いを致しましょう。何しろ、わたくしは先ほど皇子様より直々にご指名をいただきましたので、この後は私が引き継ぎます」



 横合いからダニエラさんが冷静に割り込んでくる。



 ――ピクッ……。



 ダニエラさんの言葉に少しだけ体が反応するものの、ふし目がちの姿勢を崩す事なくリーティアも反論開始だ。



「大司教様。私は皇子様の第一奴隷でございます。そのお役目は私こそふさわしいもの。大変申し訳ございませんが、ご遠慮頂きたく存じます」



 ゆっくり面をあげてダニエラさんを見据えるリーティア。その顔はとってもキュートな笑顔をたたえててはいるものの、その目は全く笑っていない。


 受け止めるダニエラさんは、いつものクールビューティで応戦。小娘リーティアの睨みなど、なにするものぞ。全く動じる気配は見受けられない。



 神殿の奥、控えの間に続く大廊下では、による激しい決戦の幕が切って落とされようとしていた。

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