第40話 初めての告白

「んんっ!」



「ふんっ!」



「はわわわわ……」



 あのリーティアとダニエラさんが、今まさに一触即発の状態で睨み合ってる。


 控えの間に続く大廊下は、二人の殺気が満ち溢れて、息も出来ないぐらいだ。


 そんな二人の間に立つ俺は、両者を交互に見ながらオロオロするばかり……。



 ――どどど、どうしょう……。



 リーティアの体からは時折「ピリッ、ビリッ」と放電現象の様なものまで発生してるし。


 一方ダニエラさんは余裕の表情ながらも、なぜか左手の先に黒い霧の様なものが揺蕩たゆたいいはじめてるっ!



 ――えぇっ? これ、どうなってんの?



 特に、ダニエラさんの左手なんて、何かを鷲掴みにする様な動きを始めたかと思ったら、その手の中に、禍々しくも黒々とした「珠」の様なが具現化しつつあるんだよ!



「あわわわわわ……」



 周りにいたはずの神官たちも、二人の殺気に押されてゆっくりと後ずさり。今では遠巻きに事の成り行きを見守っている状況だ。



 ――ヤバい、ヤバいっ! これは絶対にヤバいやつだ!


 このまま行くと、本気で怪我人が出るゾ!


 どうする、どうすれば良い。この場を止められるのは……おっ、俺? 俺しかいないのか?


 そりゃそうか、この中で一番の上位者は俺なんだから、俺が裁定しない限り、落ち着くものも落ち着かないって事だよな。


 はうぁぁぁ。それじゃあ、どっちを立てれば良いんだぁ?


 俺は典型的な日本人なんだよ。こう言うときににどっちか選べって言われるのが一番苦手なんだ!


 学食のA定食とB定食すら選ぶのに十分ぐらいかかってしまうこの俺に、今のこの場を取り持つ事なんて出来ないよ!



 はっ! いや、待て、待て。まだ手はある。


 俺の中の『画像処理班』と『言い訳構成班』はともに使えないやつらばかりだと言う事が判明している。


 だが、『俺の中』には、まだ隠れたスーパーエリート集団がいるんだ。


 そうっ! 俺の中の『取捨選択』を司るジャッジメント集団。『深慮遠謀班』の登場だっ!


 それじゃあ早速電話してっと……はいはい。えっ! すぐに出られるって?! それはありがたい! 超急ぎで頼むよ!



 ――と言う事で、お待たせしましたっ!


 皆さんお待ちかねの『深慮遠謀班』の登場です! さぁ張り切ってどうぞっ!



 ――ってなんだよぉ。


 メンバーは『画像処理班』と『言い訳構成班』と全く同じじゃん! 結局コイツらも期待できねぇぇ。



 ――仕方がない。この人員で緊急対策会議を開催する!


 まずは、リーティアかダニエラさん、どちらかを『選択』した場合のメリットとデメリットについて検証してみる事にしよう。


 もし『俺』がリーティアを庇ったとする。すると、どうなる?



 議長の『俺』が『画像処理班』のメンバーに問いかける。



 ――うおっほん。


 それでは『画像処理班』を代表して、チーム『K』に所属するシナプス1号が説明しよう!



 ……おぉ、AKBと同じスタイルか。しかも『画像処理班』って、チーム『K』って言うんだぁ。……面白い趣向だな。



 もし『俺』がリーティアに肩入れしたとしよう。すると、ダニエラさんは間違い無く怒るっ! 


 しかもそれは、『俺』の正妻になるとまで言ってくれている人を、最終的に悲しませる結果になってしまうんだゾ!


 そんなピュアな彼女ダニエラさんの気持ちを、『俺』は踏みにじるつもりなのか? あぁぁ考えられない。そんな事はありえない。いや、絶対にあってはならない話なんだ!


 しかもだ! リーティアは可愛い、確かに可愛い。そこは認めよう。しかしだ、本当に『俺』の事が好きなのかどうかはわからんぞ!


 だって、まだ一度も告白された事が無いんだ……もしかして、『俺』の独りよがりかもしれないんだゾ!


 これで、ダニエラさんに嫌われちゃって、後でリーティアからも『私そんなつもりじゃありませんでした~』とか言われちゃってみろ! どう落とし前付けてくれるつもりなんだっ! お前、本当に責任取れるのかぁ!


 俺たちは、伊達に二十一年間、童貞続けて来てるわけじゃ無いんだぞ! こんな千載一遇のチャンスを棒に振ってどうする?


 逃した魚はでっかいぞぉ。あのダニエラさんだぞ。あのルックスに、あの、プロポーションだ。


 俺が毎日家に帰れば、気の利くダニエラさんの事だ。『俺』の趣味はよぉぉぉくわかってる。


 きっと毎日『』でお出迎えに違いない!


 「ただいまー」「お帰りなさーい」……台所の方からてってってと駆け寄って来るのが『裸エプロン』のダニエラさんと来たもんだ。お前そんな事されてみー。鼻血だけで出血多量になる事請け合いだぞっ!


 お前はそんな国宝級に貴重な『裸エプロン』を捨てる勇気があるのか? 本当にあるのかっ? 俺が聞いてるんだ。言ってみろ!



 ――はぁ、はぁ、はぁ。確かにそうだ。今確定しているのは、ダニエラさんに『告白』されたと言う事実のみだ。リーティアとの仲なんて、俺の妄想の範囲を出てはいない。


 俺がバカだった。余計な妄想に振り回され、ダニエラさんの純粋な気持ちを踏みにじるところだったんだからな。



 急に現実に戻った俺は、たった今『合意』した結論について話し始めようとする。



 「あっ、あぁ……ここは、ダニエラさんに……」



 思わず結論を口にしようとした所で、『言い訳構成班』ことチーム「I」に所属するシナプス4号が『待った』を掛けて来た。



 まて、まて、まてっ! 早まるな! 『俺』。シナプス1号の言葉に惑わされるんじゃないっ!


 もう一度良く考えてみろ! リーティアはもうお前のなんだぞ!


 そうだ。奴隷と言う事は、彼女の『身』も『心』も、あの豊満なわがまま放題の『ボディ』も――ん? 『ボディ』は『身』の一部じゃないか?――とにかく、何もかもが、お前のものなんだ。『裸エプロン』だってぇ? ははははは。そんなの当たり前じゃ無いか。ふざけた事を言ってもらっちゃ困る!


 なにしろ、ついさっき『どの様な事でも皇子様のご要望にお応えします!』って言われたばっかりだろ?


 こっちは『どの様な事でも!』だ。そうさ『どの様な事でも!』なんだぞっ!


 大体、さっきの話だって、シナプス1号に騙されてるんだ。


 良ぉく思い出してみろ。ダニエラさんは『正妻』になるとは言っていたけど『裸エプロン』をするとは、一言も言って無いっ!



 ――はうっ。がぁぁぁん!!!



 俺の脳内に、落雷を受けた時の様な、激しい衝撃が走る。


 確かにその通りだっ! 『裸エプロン』は、俺の妄想でしか無かったんだ。確かにダニエラさんは『正妻』になるとは言ったが、『裸エプロン』になるとは一言も言っていない!


 しかも、クールビューティの『裸エプロン』ってどんなんだよ。


 ここは花柄レースの可愛いエプロンを着た、リーティアの『裸エプロン』の方が断然お得感満載だろう!



 ――裁判長! 意義ありっ!

 シナプス4号は、意図的に話を歪曲しようとしていまーす! しかもこんな大事な話を『お得感』で片付け様としているのは、おかしいと思いまーす。



 すかさずシナプス1号から異議が申し立てられる。



 今重要なのは、正式に告白してくれたダニエラさんに対して、真摯な対応が取れるのかどうか? と言う事だと思いまーす。『裸エプロン』は、全然関係無いと思いまーす。



 その言葉を聞いたシナプス4号は、シナプス1号に掴みかからんばかりに詰め寄って行く。



 だいたい『裸エプロン』の話を持ち出して来たのは、シナプス1号じゃ無いか!



 えぇぇぇそうでしたっけぇ?



 しらばっくれる、シナプス1号。



 キィィィッ! こいつぅぅ! もう一度言ってみろ!



 あぁ何度でも言ってやる。チーム『I』の『言い訳構成班』は、ホントに使えないなぁ。はっはっはぁ。



 こんの野郎ぉっ!!



 シナプス二人は取っ組み合いの喧嘩に発展。もう法廷は大混乱だ。



 ――って言うか、いつの間に法廷になったんだ?



 俺が妄想の世界に逃避行している間に、二人の間は一触即発の状況になっていた。



「あっ……ダニエラさん」



 俺はダニエラさんの方へと向き直る。



「もっ申し出はありがたいんだけど……、今はちょっとお腹が空いてるかなぁ。なんてね。汗も大した事無いから、ちょっと拭いたらすぐにお昼ご飯にしようと思うんだ……と、言う事で、湯あみはまた今度で……」



 俺がダニエラさんにそう説明すると、ダニエラさんの表情はいつものクールビューティに。



 ――さすがは大人のダニエラさん。引くところは引いてくれるんだな。



「かしこまりました。それでは私は昼食の準備の方を確認してまいります」


「リーティア。皇子様のお召し物のお着替えを手伝って差し上げて下さい」



 ダニエラさんは、そう言い残すと、颯爽と神官達を引き連れて、ダイニングと思われる部屋の方へ去ってしまった。



「ふぅ……何とか凌ぎ切ったぁ……」



 でも、これでは問題の先送りでしかない。この後のリーティアへのフォローが重要なんだ。


 おれはリーティアの方に振り返ると、ゆっくりとした口調で話しかける。



「ごめんね。リーティア」


「俺がリーティアの言いつけを守らなかったばっかりにこんな事になっちゃって……」


「でも、これだけは言っておくよ。俺が一番大切なのはリーティアなんだからね」



 はうはうはう。言っちゃった! 俺っ、ついに言っちゃった! 齢二十一歳にして、人生初のマジ告白しちゃったぁぁぁ!


 あぁ神様。この結果がどうなろうとかまいません。俺は真摯に彼女の事が大好きなんです。


 ちょっと場所とかシチュエーションとか、いろいろグダグダだけど。そんな事関係ない!


 俺の想いを伝えるのはここしか無いんだ! そう、断じて無い!



 そんな俺の真剣な眼差しを一身に受けるリーティアは、両手を口元に充て、驚いた様に両目を見開いている。



「皇子様……」



 そのまま見つめ合う二人……。



 しばらくすると、リーティアはなぜか少し寂しそうな表情で、両方の手を自分の胸に当てる。



「ありがとうございます。皇子様。私はそのお言葉だけで十分でございます」



 ――へえっ? 十分ってどう言う事?



「きっと皇子様に喜んでいただける様な、りっぱな『第一奴隷』になって見せます」



 ――うーん、そう来たかぁ。


 ちょっと方向性が違うし、上手く真意が伝わって無い様な気もするけど……。


 まぁいっか。少なくとも拒否では無い訳だし。



「うん、まずは友達からゆっくり始めて行こう」



 俺は思い直して、リーティアに笑顔を向けながらもう一度俺の想いを伝える。



「ふふ。違いますよ。ご主人様と奴隷なのですから。お友達ではありまんせん!」



 そう言うとリーティアは『くるっ』とその場で振り返ると、控えの間の大きな扉を開け始めた。



「あなた達はこのまま、ここで待機していなさい」



 まずは傍に控えていた二人の侍女エルフに、この場で待つ様に伝えるリーティア。


 その後、俺の方へ向き直りながら、輝く様な笑顔で俺に話掛けてくる。



「さぁ、皇子様。早くお召替えしなければ。また、大司教様にお叱りを受けてしまいます!」



 そう言うと、リーティアは俺を控えの間に迎え入れた後、自身も一緒に控えの間に入り、ゆっくりと後ろ手でその扉を閉じる。



 ――キィィィ……バタン……



 後ろ手でドアを押さえたまま、俯き加減で黙り込むリーティア。


 暫くすると、上目遣いに俺へと話し掛けて来る。



「皇子様……」



 憂いと、少しの切なさを帯びた、その声。



 ――んん? これって……。



「……やっと……、やっと二人っきりになれましたね」



 薄暗い部屋の中では、リーティアの表情が上手く見えない。



「ええっ?」



 俺は、突然変わったリーティアの態度に、小さく驚きの声を上げたんだ。

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