第21話 北の女帝(後編)ダニエラの暗躍
「で、大谷。あんた娘がいるんだって?」
ここは赤坂の高級料亭「赤坂よしの」
その中でも一部の会員のみが入れる別館の奥座敷である。
俺は、『北の女帝』と呼ばれる女傑に呼び出され、投資資金の私的流用を指摘されながらも和解。
今は、高級料亭の懐石料理に舌鼓を打っている所だ
出てくる料理は、全てにおいて贅の尽くされた物であり、流石は「赤坂よしの」と言う所か。
成金趣味的な下卑た部分は全く感じれられず、最高の腕を持つ料理人が、これでもかっ! と手間ヒマを掛けた逸品が提供されて来る。
それらは全てにおいて食する者に、驚きを幸福感を与えてくれるのだ。
「ぐおふっ。ゲホッ……」
突然の身内に関する質問に、口にしていたお吸い物の三つ葉が、喉のへんな所にひっかっかる。
「ん、んんっ……あぁ、失礼しました」
見苦しい点を晒してしまった事を詫びた上で、女帝の質問に答える。
「えぇ、今年、大学4年になる娘がおりまして、親の私が言うのも何ですが、結構な器量良しです」
「確か、去年の学園祭で、『準ミス』にも選ばれた様で……、親の私としても鼻が高いですよ」
男親にしてみれば、学園祭の『ミス〇〇』など、心配事のタネにしかならないのだが、そうは言っても可愛い娘が表舞台で褒められる事自体は、何はともあれ、嬉しい事ではある。
「へぇぇ、そうかい。器量良しかい」
北の女帝はあまり料理には箸を付けず、もっぱら脇に控える秘書のダニーに注がせた冷酒を美味しそうに飲み干している。
「って事は、ボーイフレンドの一人や二人、紹介された事があるんだろぅ?」
……やけに俺の娘の恋愛話に食いついて来るなぁ。
そうは思ったが、女帝も人の子、女の娘……まぁ、昔はね。
気分よく酒が入れば、恋愛話の一つや二つ、酒の肴にしたいのだろう。
……もう少し、話に付き合うか。
そう思った俺は、娘の小さな頃からの想い出話を女帝に語って聞かせた。
「……って感じで、とっても奥手な娘だったのですが、大学生になってから好きな男の子が出来たって事で、急にダイエットを初めまして、アッと言う間に『準ミス』ですよ」
「まぁ、その男の子ってのも、結局片思いらしくって、全く紹介すらしてもらえてませんよ。はははは」
俺の娘自慢をニコニコと聞いていた女帝は、何か思い出した事でもあるのだろうか、話の中に割り込んで来たのだ。
「そうそう、実は、ウチにも孫がいてねぇ……この子も東京の方の大学で、確か四年生なんだよ」
「まぁ、何かの縁でウチの孫と会う機会があったら、仲良くしてやっておくれよ」
とても八十歳前後とは思えない若々しい笑顔で、テーブルの向こう側から俺の盃に酒を注いでくれる。
「畏まりました。ぜひ、娘にもその様に伝えておきましょう」
恒例の社交辞令的な返答でこの場を収めた俺は、残りの懐石料理を十分に堪能した後、「もう少し飲んで行くから」と言う女帝を残して、先に退席させていただいた。
しかし、どうして突然娘の話になったんだろう……。
俺は首をかしげながら、ダニーに手配してもらったハイヤーで家路についたのだった。
◇◆◇◆◇◆
「……ダニー、どう思う?」
「イエス、マム。おそらく彼は、本当に何も知らないのでは無いかと思われます」
料亭の座敷に残された女帝とダニエラ。二人は今聞いたばかりの話について感想を述べ合う。
「やはりそうだろうねぇ。年頃の娘が男親に自分の恋愛相談なんかしないだろうしねぇ」
「って事は、ウチの孫が、あの娘に『フラれた』事すら、気付いてない感じだねぇ」
「イエス、マム。おそらく全く気付いていないものと推測されます」
「また、これ以上彼から『大谷 美紗』本人に関する情報を取得する事は難しいものと判断いたします」
ダニエラは女帝からの質問に対して、父親が情報リソースとしての価値がほぼ無い事を告げる。
「そうだね。仕方が無いねぇ。って事はこれまでの情報を元に関係改善の方策を考える必要がありそうだねぇ……やれやれ」
「ところでダニー。次の計画は、本当に大丈夫なんだろうねぇ」
女帝は少し困った様子でダニーの方へ振り向き、自分の手に持った冷酒をダニーの盃に満たす。
「もちろんです。マム」
「初回の計画【うきうきコミケで初デート、ヒールが折れた所で急接近大作戦】」
「本計画は、残念ながら、大谷美紗のヒールが折れた時点で、美紗本人の心も折れると言う想定外の出来事が発生し、頓挫致しました」
ここで一旦、自分の盃に注がれた酒を一気に空けるダニー。
「そして、第二弾【ドキドキ恋人たちのお約束、真夏のディ〇ニーランドでぐっしょりしっぽり大作戦】」
「こちらは、総勢百名のエキストラを投入し、二人の周囲を固めさせましたが、当日、関東地方は記録的な熱波が襲い、熱中症で倒れるものが多数発生し、途中退却を余儀なくされました」
「更にこの時は、大谷美紗本人が化粧直しのために化粧室に入った所で、女性エキストラが大挙して同行してしまった為、化粧室がパニック状態となるなど、ランドの方から軽いクレームを頂く事態に発展しております」
「本件に関する事後処理として、ランドを運営する……」
さらに詳細を説明しようとするダニエラを手で制する女帝。
「あぁ、分かったよ。で、その次はどうなった?」
「イエス、マム。第三弾【キラキラ東京ゲームショウ、ゲームでどきゅんばきゅん。このドキドキはゲームのせいだけじゃ無いかも? 大作戦】ですね」
「こちらは、事前に『大谷美紗が太陽の光を嫌う』と言う情報を入手しておりましたので、太陽が昇る前の、早朝四時からのスタートとさせて頂きました」
「今回は、前二回の失敗条件を分析・反省し、第三弾だけの単独戦術ではなく、第四弾を視野に入れた中長期的俯瞰による大規模戦略の立案を行いました」
「その中で、前回を凌駕する総勢225名のエキストラ……あぁ、当日一名が食あたりと言う事で欠席がありましたので、残念ながら224名となっております。一名の欠損による作戦への影響度合いは、0.002%以下との試算がございましたので、あえてこの一名については無視いたしました」
「もちろん、この一名には、病気見舞いといたしまして、当日のアルバイト料の10%及び……」
「あぁはいはい。分かったから先を続けて」
女帝は自分で自分の盃に冷酒を注ぐと、その杯を空ける。
「イエス、マム。当日はこれらのエキストラを活用した、コスプレイヤー及び写真小僧のチームを編成」
「大谷美紗本人に対して、慶太ぼっちゃんの好みは、『女家庭教師』である事を強くイメージさせる事に成功しております」
……りん、りーん
女帝はテーブルの端に置いてあるビードロでできた風鈴の様な鐘を鳴らす。
「……お呼びでしょうか?」
直ぐに店の女中が障子の向こうから尋ねる声が聞こえて来た。
「あぁ、獺〇をもう一つ。お願いするよ」
女帝は障子に向かって声を掛ける。
「〇祭でございますね。かしこまりました。先ほどと同じ、二合徳利でご用意いたします」
女中は注文を確認すると、音もなく店の奥へと消えて行く。
「あぁ、話の腰を折って悪かったねぇ。で、その女教師を大谷美紗に意識させたらどうなるんだい?」
盃に残った冷酒をゆっくり空けながら、ダニーの回答を待つ女帝。
「その後の調査によりますと、東京ゲームショウデートの翌日、大谷美沙は、女家庭教師には必須のアイテムである『赤の萌えメガネ』の購入を行っております」
「これは、次回のデートに向けた布石であると認識いたしました」
「この時点で我々の目論見は、約82.4%の確率で達成されたものと推測致しました」
「ふーん、それで、その『赤メガネ』がどうやって生きて来るんだい?」
不思議そうな様子の女帝。しかし、ダニエラは自信満々に話を続ける。
「イエス、マム。ここで第四弾【わくわく渋谷のネオン街、女教師と生徒が禁断の道玄坂で道に迷ってレッツゴー大作戦】の発動です」
「まずは正常な思考能力を早急に奪う為、エキストラに扮した役者が慶太ぼっちゃんに大量のハイボールを勧めます」
「この時、店の方は貸し切り状態とし……、お店自体があまり大きくありませんでしたので、投入したエキストラは四十八名。 前回の動員人数の約四分の一以下と言うのは、多少心残りではございましたが、致し方ございません。店舗の方がこれ以上収容する事ができませんでしたので」
「この段階で正常な判断能力が失われた慶太ぼっちゃんの目の前には、ぼっちゃんのドストライクとなる女家庭教師コスに身を包んだ大谷美紗がいる訳です」
「この状況下で、男性の考える事は、もはや一つだけと言えるのでは無いでしょうか?」
非常に得意げのダニー。
「更に、渋谷の地理に疎い慶太ぼっちゃんに対して、渋谷駅までの道順を説明すると偽りつつ、店員に扮したエキストラによって道玄坂方面への誘導を行っております。ここまでの手順に抜かりはございません」
「本来ですと、この時点でぼっちゃんを介抱すると言う大義名分を元に、大谷美沙の方から合法的にラブホテルの方へ慶太ぼっちゃんを連れ込む確率は、約92.8%であると試算されておりました」
「しかし、ここで全くの計算外なのですが、路肩の段差に躓いた慶太ぼっちゃんが大谷美沙に抱き着いてしまった際、大谷美沙本人から平手打ち二発を見舞われると言う事態に発展いたしました」
「その後の調査においても、どうしてこの時、大谷美紗がこの様な暴挙に出たのかは不明です」
「現在、私の抱えるシンクタンクチーム(TTD:Think Tank team Daniella)により、事象前後の経緯について検討を進めさせておりますが、残念ながら結論が出ていない状況です」
「本来ですと、本日の大谷氏との会話の中で、何等かの関連する情報が入手できればと考えていたのですが、残念ながら不発となっております」
「あぁ、そうかい。そうかい」
長々とダニーの説明を聞いて少し疲れた様子の女帝。
この子は本当に頭も良いし、器量も良い。服のセンスだって抜群だぁ。しかし、この作戦名のネーミングセンスと恋愛事情だけは、ダメダメだねぇ。本当に変な娘だねぇ。
そう思いながら、新たに運ばれてきた徳利から自分の盃に酒を注ぎつつ、あることに『ふっ』と気づく。
「ダニー。……もしかしたらだけど……、あんた、二人を別れさせようとしてるんじゃ無いかい?」
ダニエラは真面目な表情のまま、女帝の方へ向き直ると、その思いを告げた。
「イエス、マム。意図的にはもちろん考慮してはおりません。しかし、慶太ぼっちゃんに最も相応しいのは、包容力のある年上の女性であると考えております」
ダニエラの瞳には、信念とも確信とも言える想いが見て取れた。
「……」
「……そいつは、ダニー……あんただって言いたいのかい?」
半笑いの状態で女帝が問いかける。
「イエス、マム」
揺るぎない自信を基に、即答するダニエラ。
……二人の間には長い長い沈黙が訪れた。
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