第一章 皇子異世界へ(皇子ルート)

第22話 アクロポリスからの眺め

「あぁ……」



 焼け付くような真夏の日差しがまぶしい。


 思わず目を細めるけど全く追いつかず、全ての視界が一瞬で奪われる。


 日本ではもう初冬にさしかかろうと言うのに、この日差しは何なんだろう……。


 今までいた大理石で作られた聖堂の涼しさとはうってかわって、むせ返る様な熱気が鼻へと抜ける。


 しばらく呆然と立ち尽くした後、ようやく戻りつつある視界には、赤い屋根と白い壁で整然と構成された町並み、更にその向こうにはエメラルドグリーンの大海原が広がっていた。



 水平線に見える範囲には大小さまざまな小島が点在し、その間を小さな帆船が優雅に白い航跡を刻んでいる。


 どうやらここは小高い丘の上で、そこから大きな港町を見下ろしているような感じか。



 あぁ、この感覚何かに似てるなぁ。そうそう、某テーマパークの……あっ、シーの方ねっ! ホテルが併設されているゲートから初めて広々としたメインエントランスに出た感じと似てるんだよなぁ。もう、なんだかワクワク感が止まらない感じ?



 もちろんスケール感としてはその何十倍も広々とした感じなのだけども。


 さらに追い討ちを掛けるような日差しを右手で遮りつつ、きれいに掃き清められた大理石の階段をおりようとした所で、突然俺は後ろから声を掛けられたんだ。



皇子みこ様、足元に気をつけて」



 振り返ると、そこにはギリシャ神殿を髣髴とさせるアーチ作りで構成された長い廊下があり、強い日差しとのコントラストのせいか、廊下の先は深い闇に覆われている。


 さらに目を凝らすと、その闇の中から溶け出すように、白い華奢なサンダルを履いた足が現れたんだ。


 足元から少しずつ露になるその姿は、白地に金の刺繍の入ったストラを身にまとう美しい少女。



「大理石の床は思いのほか滑りやすくなっておりますので……」



 急に後ろから声を掛けた事に、後ろめたさでも感じているのだろうか。


 少しはにかんだ様子を浮かべながらも、言葉尻は少し消え入る様なしゃべり方をする少女。


 そのしぐさや表情に、年下であるとは思いつつも、『母性』を感じてしまい、多少ドギマギしてしまう。



「あっ、あぁ、ありがとう。気を付けるよ」



 まだ高校生ぐらいかなぁ。大学生かな? 顔立ちは全体的に西洋感がベースにあるんだけど、幼さも手伝ってか日本風の雰囲気もある。


 髪は完全なプラチナブロンド。そう言えば昨日は髪を全部下ろしてたけど、今日は巻き髪風にまとめてるんだね。


 そういう、ちょっと「おめかしして来ました感」って言うの? 今日のデートはちょっと特別なの! 的な感じ? もう、そういう所がまた良いよねぇ。それに、肌は驚くほど白くって、やっぱり外人さんなのかなぁ。その割には日本語がめちゃめちゃ上手いから、たぶん日本生まれの日本育ちなんだろうなぁ……。



「このまままっすぐ進んでいただきますと、エレトリアの街に出ます」



 海辺の街の方を指差しながら道順を説明してくれる彼女。


 ストラから伸びる細く白い腕が日光を反射して眩しい。


 若いって良いなぁ。水だけじゃなくて日光も反射してやがんの。もうこの娘キラキラしてるの。キラッキラしてるの! ……なんで俺、二回言ったんだろう? ははは。



「ただ、午後にはアクロポリスの太陽神殿の方で、エレトリア侯爵とご引見いただく事になっておりますので、街の方まで行くのは少々難しいかと思います」



 少し腰をかがめて下から上目遣いに説明してくれる彼女。……その破壊力たるや……。



 はうはうはう! この娘、まだ若いくせに、男心をくすぐる術を知っているの? いや、間違いない! こりゃ絶対に知ってるな。そうでないと、こんな完璧な『上目遣い』が出来る訳が無い! すっ末恐ろしい……。しかし、まてまて。大都会東京で四年間を過ごし、世間の酸いも甘いも噛み分けた大人な俺に、そんな子供騙しの『上目遣い』なんて全く……効果あります。 めっちゃありますっ! もう、全然OK! なんて可愛いなのかしら? もう、こんな上目遣いをする様なむすめに育てた覚えはありませんよっ! って言うか、産んだ覚えはもちろん無いし、作る行為すらした事無いけどなぁ。ははははは。



「そうか、残念だな。どこか他に行っても良い所ってある?」



 俺は、ちょっと低めのトーンで話しかけてみる。……絶賛大人な自分を演出中。



 しかし、まぁ、なんだな。折角こんなに可愛い美少女と二人っきりで、公然と散歩するって言う貴重な機会を放棄する事は無いしな。


 情緒あふれるこの異世界を二人きりでお散歩! はぁ。なんてすばらしいシチュエーション。もうちょっと満喫しよう。



 そう言えば先月まで俺にも彼女はいたんだよなぁ。でも、クリスマスまであとひと月って所でフラれてしまったばかり。はぁぁぁ。いや、本当に魔が差したって言うか、誰かの策略に嵌められたって言うか……。はぁぁぁ。



「それであれば近隣にはエルフが住まう村などが御座いますが、ご覧になられますか?」



 白磁を思わせる小さくすべすべした顎に人差し指を当て、斜め上の方を見ながら話す彼女。



 うぉっ、キター。異世界ファンタジー。



「え、やっぱエルフいるの? マジかー。急に異世界感満載だな。ちょっと寄ってみても良いかな?」



 やっぱ異世界と言えばエルフでしょ。これはマジ行かねばなりません。あー携帯置いて来たよ。って言うか持ち込んじゃ駄目ってじぃちゃんに言われたんだもんなぁ。あぁ、やっぱり持ってくれば良かったなぁ。『正義せいぎ』に自慢してやりたかったなぁ。



 俺の食いつきが思いのほか良かったせいか、彼女の方もとっても嬉しそうだ。



「……そういえば、リーティアさんの生まれって、異世界こっちなんですか?」



 エルフの村に向かって、比較的大きな街道を歩き出す二人。


 俺は、美少女との『無言』な状況に耐えきれず、まずは無難な話題から振ってみる事に。



 そう言えばこの街道、わりと大きめの石を隙間無く引きつめたもので、大型の馬車でも2台が十分にすれ違えるような大きさがある。


 しかも街道の両脇には十分な広さの歩道も整備されており、異世界にしては市民サービスが行き届いていることに驚きだ。


 歩道の脇には鈴蘭の様な小さな花が植えられていて、良く手入れされているけど、誰が手入れしているのかな。



「それは、こちらの世界のお話しをした方がよろしいでしょうか? それとも本当のお話のほうが……」



 小さく遠慮がちな声は聞こえるけど、彼女はうつむき加減で、その表情を見ることができない。



 まぁ、嫌そうな雰囲気は無いから、もう少し突っ込んで聞いてみるか。



「もしよければ、どっちの話も聞いてみたいなぁ。本当に、もし良ければだけどね。それに、どうして『じぃちゃん』の所で働き始めたのかも気になるしねぇ」



 彼女は少し思案したのち、俺の目を見ながら返事をしてくれたんだ。


 でも、根性無しの俺は、すぐに自分から視線を外してしまう。


 ……そりゃそうさ。こんな美少女の直視になんて、耐えられる訳無いだろ! 何しろ俺は童貞だからな。 あぁ悪かったな、童貞で。



「こちらの世界であれば、ザキントス村の出身でございます。フルネームはリーティア=ザキントスと申します」


「私、このリーティアと言う名前をとても気に入っているんです。何しろ主様にお付けいただいた名前だそうですので。うふふっ」



 先ほどまでのうつむき加減からうって変わって、俺の顔を見ながら満面の笑顔で話すその姿は可憐の一言。



 うんうん。ええよ、ええよぉ。すっごく可愛えぇ。もう、これだけでご飯三膳は行けるな。辛子明太子といい勝負だよ!



「……ただ、本当の所を申し上げますと、出身はアメリカのコロラドです」



「へぇぇ。コロラドかぁ。……って、いやマジ! リーティアさんアメリカ人なの?」



 ええっ! それにしては日本語上手すぎるんですけどっ!



 俺の頭の中には、次々に疑問が沸き起こってくる。



「ただ、あまりの事については皇子様にはお話ししない様、主様からご指示いただいておりますので、お話しできるのはここまでなのです」



 眉根を寄せながらの少し困った様な表情をする少女。



 う~んっ!、これはこれでええっ! はいっ『美少女の困り顔』頂きました。 更にもう一膳おかわりしとこか。



「でも『じぃちゃん』は、どうして本当の事は言っちゃいけないって言ってんのかなぁ?」



「恐らくではございますが、主様ご自身から皇子様にお話しされたかったのでは無いでしょうか? 主様は茶目っ気がおありになりますので」



 右手で口元を隠しながら『くすっ』と笑うリーティアさん。



 いやいやいいや、あんな『じじぃ』から君の秘密を聞いたって、面白くもなんとも無いよ。って言うか誰得なんだよ。それ。『じじぃ』の茶目っ気なんて興味ねーっての。



「うーん、そうなのかぁ……」



 俺がじーちゃんの謎言動についてしばらく考えていると、リーティアさんは、俺が彼女の回答を不満に思っているとでも考えたのだろう。



「もちろん、ご下命であれば、このリーティア、どの様なことでも皇子様のご要望にお答えさせていただく所存ですよ」


「それから、私のことは、リーティアとお呼び捨て下さいませ。私、既に主様から皇子様へ下賜された身でございますっ!」



「えっ? あっあぁ、分かったよ」



 はうはうはう! どんな要望にも答えますってかぁ! 若い娘が絶対に言っちゃいけないワード、堂々の第一位やないかい! さもないと、あんな事や、こんな事までOKって事か? そういう事なのか? いやいや、そういう事になっちゃうぞぉ!



「あっ! そんな私の事より、これから参りますエルフの村では、決して村の者、特に年若い娘には、決して手をお触れにならない様、お気をつけ下さいませ」



 今度は急に懇願する様な表情で、俺の承諾を得ようとする彼女。



 おぅおぅおぅ! なんでぃ、なんでぃ。するってーと何かい? もう嫉妬かい? 嫉妬だってーのかい? ご主人様が他の娘に手を出すのが我慢ならねぇって事かい? 早くも彼女気取りったぁ太てぇ野郎だぁ。かぁぁぁっ、モテるご主人様は辛いねぇ。へっへっへっ!



 いや、しっかし、美少女に嫉妬されるってこんなに気持ちいーとは思わなかったなぁ。人生初の経験だぞっ!



 あっ……なんでだろう。ちょっと涙がっ!



 俺は突然の涙を拭いつつ、彼女の要望を受け入れる。



「あぁ、わかったよ。リーティアさん...じゃなかった、リーティア。リーティア以外には絶対手を出さないから安心して」



 大人の余裕を表現すべく、渾身の笑みを浮かべながら約束する俺。



 けど、リーティア以外には手はって事は、リーティアには手をって事だかんね。わかってるよね。げへへっへへ!)



「はい。ありがとうございます。是非その様にお願いいたします」



 俺の真意を理解したのか、していないのか? それでも俺に肯定してもらえた事で嬉しそうな笑顔を見せるリーティア。



 おほっ! それじゃぁ遠慮なく、後ほどその様にさせていただこうか。ぐっへっへっへっへっ。と内心の笑いをかみ殺す俺。



 その後も……。



「リーティア!」



「はい、皇子様っ」



「ねぇ……リーティア!」



「なんですか? 皇子様っ! うふふっ」



「いやいや、ちゃんと名前を呼ぶ練習をしておかないと、突然のときに困るからね。 ねぇリーティア!」


「はい。そうですね。皇子様」



 くーっ! 名前を呼ぶと言う、美少女との会話がやめられない、止まらない。


 異世界最高ぉぉぉ!


 俺の異世界渡航目的の95%は、今日、この時点で達成された。

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