第23話 初めてのエルフとの邂逅

 そんな他愛無い会話を重ねて歩いている内に、遠くの丘の方に、麦の収穫に勤しむ人達の姿が見えて来た。


 この世界の気候は初夏、と言うより日本で言う所の真夏に近い気温で、麦の収穫には少し遅いようにも思えるのだけど……。


 まぁ機械化されている訳でも無いだろうし、ざっと見渡しても、八割方の畑は刈り取られている様だから、収穫完了まであと一歩と言う所なんだろう。


 そのまま麦畑を眺めながら街道脇の歩道を歩いていると、遠くの方で刈り取り作業をしていた人達が、慌てたように駆け寄って来たんだ。



 あれ? 俺、何か疑われる様な事したかな? いきなり畑の方に来たから、麦泥棒か何かと間違われているとか?



 一抹の不安から、後ろを歩くリーティアのほうへ振り返ってみたけど、駆け寄ってくる人達を見つめながらも、軽く微笑んでいる様子。



 ……うん、大丈夫そうだな。もしかしたらリーティアの知り合いかな?



 そんな俺の不安な様子に気付いたのか、リーティアがそっと俺に話し掛けてくれる。



「皇子様、村の者たちが集まって来ている様ですが、私が合図するまでは決してお話しになりませんよう、お願いいたしますね」



 村人を眺めていたのと同じ笑みを浮かべたまま、スッと顔を俺の方へ向けて確認を取るリーティア。


 心なしか目が笑っていない様に感じたのは気のせいか?



「あぁ、わかったよ。リーティアに紹介してもらうまで、口は挟まないよ」



「ありがとうございます。皇子様」



 そう言うと、彼女は視線を村人に戻しつつ、村人と俺を遮るように一歩前に出る。



 そうこうしている内に、結構な人数の村人達が、俺たちの目の前に集まって来た。



 おぉぉ。結構集まって来たなぁ、十五人ぐらいかな? 小さな子供も入れると、もうちょっと多いかな? ははっ、まだまだ集まって来るなぁ。俺って人気者なの? ってそんな訳無いかぁ……。



 俺たちの手前十歩ぐらいのところで、遠巻きにに跪く村人達。


 男性は右片膝を付き、左手は背中へ、そして右手を左肩へ当てながら頭を垂れる。女性は両膝を突いた形で、両手を胸元でクロスさせる様な格好だ。



 ……あれ? 最前列で跪いている人たちの中に数名、な『お耳』を持つ人たちがちらりほらり。



 ぅおぉぉぉぉ、来ったぁぁぁぁ! 本物のエルフだよこれ! しっかしカッコいいなぁぁぁ。



 男性も女性も畑仕事中と言う事で、オフホワイトの簡単なトゥニカやストラを着ているだけなのだけど、その均整の取れたスタイルだからなのか、とってもさまになっている。


 しかも、エルフの代名詞である金髪碧眼。もうこれは『完成された美』だな。


 特に女性の方は多少スレンダーな感じは受けるものの、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む完璧のスタイル。



 おいおいおい、マジエルフ、やってくれるぜぇ! よくいる田舎のでっぷりした肝っ玉母さんじゃ無い所がまず凄い! 『私、畑仕事の後にはヨガとエステは欠かしませんの』って感じが強烈に伝わって来るもんなぁ。


 まぁ、この世界にヨガとエステがあればだけどな。……でもヨガはありそうだな。うん。



 それ以外の人たちは普通の農家の人って感じだなぁ。ちょっと違うのは、エルフの人たちが着ている小綺麗なトゥニカじゃ無くって、わりと雑に織られた亜麻リネンの貫頭衣を着ている事ぐらいかな。


 そうそう! このエルフさん達、全員全く日に焼けて無いんだよね。どうなってるんだろう。太陽の光そのものを反射しちゃうとか? ははは、そんな訳無いか。逆にそれ以外の人たちは結構日に焼けて逞しい感じがするもんなぁ。


 もう一つ気になるのが、村人達の右手に太陽っぽいを象った薄い赤や白の刺青が入っている事だよなぁ。この土地の風習なのかもな。まぁ、なんとなくだけど、エルフが薄い赤で、人は白、と言う感じにも見えるけど、どうなんだろう? 後でリーティアに聞いてみるか。



 そんな風にぼんやり村人の集まり具合を見ていると、おもむろにリーティアが、集まった村人達に向かって、大音声で話し始めたんだ。



「皆の者、良く聞けぇぇいぃ!」


「こちらに御座しますのは、今上神であらせられるレオニダス全能神様の皇子、獅子王ことレオンティウス様ににあらせられるぞぉ」


「図が高い。控えおろぉぉぉ!」



「……ひぃっ!」



 エルフさん達以外の人達は、声にならない様な音を発しながら平伏し、最前列に居並ぶエルフさん達も更に深々と頭を垂れる。



 ええっ! ウソ? 今叫んだのリーティアなの?


 どういう事? 今、何が起きたの? さっきまでの清楚な感じ、どこ行っちゃったの? えぇぇ、ちょっと怖いっ! 大声出すなら出すって、最初に一言ひとこと言っといて欲しかったよぉ。俺、いま完全に『ビクッ!』ってなっちゃったじゃん! めっちゃビビってるみたいで恥ずかしぃぃ!


 しかも、しかもだよ! 『図が高い』って、どう言う事ぉ!? 俺は『水戸〇門』じゃ無いってぇの! どうなってんのこれ?


 それに、それにだよっ! 俺の名前は『高橋たかはし慶太けいた』。どこにもレオンティウスなんて、厨二病みたいなミドルネーム入って無いって。俺、どこからどう見ても『純国産』の私立大学四年生、地方出身者、しかも童貞だよっ! ……あぁ悪かったな。



 俺は絶句したまま硬直。


 しかしリーティアの方はと言うと、彼女の威圧的な言動により、村人達へ十分俺の『威光』が伝わったとでも感じたのだろうか、得意満面の様子で俺の方へと振り返る。


 ちょっと上気した顔で、かわいい小鼻がぷくっと膨らんで……。そんな愛らしい表情のリーティアは、いかにも『さぁ褒めて!』と言った雰囲気満々だ。



 もぉ、なんだよぉぉぉ。そんな事言いながらの、この表情っ! なになに? ギャップ萌えしろって事なのぉ。あんまりにも可愛すぎて、もう今すぐここで抱きしめたいよぉ。この娘、マジ神っ!



「皇子様、村人の準備が整いました。何かお聞きになりたい事があれば私におっしゃってください。皇子様の玉音を村人に下賜する訳には参りません。私の耳へ小声で囁いて頂ければ、皆の者には私から尋ねますからねっ」



 さも当然の様に振舞うリーティア。


 村人達には笑顔を維持しつつも、睨み付ける様な厳しい視線を投げかけ、それとは打って変わって、俺には慈愛にみちた微笑みを寄せてくれる。



 とことん俺に優しいな。リーティア……恐ろしい娘。



 その時『村長』っぽいエルフが、意を決した様に話し始めたんだ。と言っても跪いて、頭をたれたままなのだけど……。



「ハイエルフ様にはご機嫌麗しゅう。しかもこの度は誠に尊き、皇子様への拝謁の栄に浴し、恐悦至極にございます」



 へえっ? ハイエルフ様? 誰がハイエルフ?



 今更ながらに、周囲を見渡す俺。



「……ねぇリーティア。『ハイエルフ様』って誰の事?」



 と、リーティアに耳打ちしようとして、その愛らしい横顔に顔を近づける俺。


 ちょうど『そこ』にあったのは、エルフ特有の『細長い耳』。



 ……あぁぁうん。そうだよねぇ。実は最初から俺、薄っすらとだけど気付いてたよ。あぁ、本当さ。結構前から『エルフ』と会ってたんだ。俺……。

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