第65話 黒髪に褐色の肌の少女

「ほっほっほっ……これは愉快、ゆかいっ」



 テルマリウム内に掲げられた、薄暗いランプの明かりの元、南方大陸から奴隷として連れられて来た娘達の見分けんぶんが続いて行く。


 一糸まとわぬ姿の娘達は、一人ずつランプの元へと引き出され、下卑た笑い声を上げる男達の要求に従い、様々なポーズを取らされるのだ。


 時にサロス、タロスの二人が、娘達に無理難題の格好をさせるものだから、余りの恥ずかしさに泣き出してしまう娘も出る始末。


 そんな娘達のあられもない醜態を、座の余興としているのだろう。



「うむ、うむ。確かに見目麗しき娘達ばかりだ。タロス、今回はご苦労だったな。誉めてとらそう」



 アゲロスは上機嫌で今回の功労者であるタロスを褒めそやした後、傍仕えのメイドに目配せをすると、己が手にした黄金の盃の方へ、なみなみとワインを注がせている。



「ははっ! アゲロス様にお褒めいただき、このタロス、恐悦至極に存じますっ!」



 タロスの方も喜色満面の笑みで、娘達に汚いヤジを浴びせ続け、この思わぬショーを存分に楽しんでいる様子だ。


 

「フーム……それではそろそろ、味見と行くかのぉ……ほっほっほっ」



 アゲロスは上気して脂ぎった額をひと撫でした後に、いやらしい笑い声を上げる。そして、早速一人目の娘を指名しようと舌なめずりをした所で『ふっ』とある事に思い至った。

 


「おっと、そうであった、そうであった。今回はタロスの慰労を兼ねて、生娘一人を褒美に取らせる約束であったなぁ」


「おい、タロス。好きな娘を一人選ぶが良い。その娘を其方に与えよう」



 そう告げるなり、アゲロスは手にした黄金の盃から一気にワインを呷るが、その半分以上が彼の喉を通る事なく、頬から首筋を伝って流れ出ている始末だ。もちろん、そんな事を気にするアゲロスでは無い。



「……いやぁ。さすがにその様な過分の褒美はぁ……!」



 普段は、良く言えば豪放磊落、悪く言うと気遣いのない粗野な行動の多いタロスだが、この時ばかりは流石に恐縮した体で曖昧な返答をする。



「弟よ。アゲロス様がここまで言って下さるのだ。余計な遠慮は逆に不敬となろう。己が望みを申し上げて見よ」



 そんな弟らしくない様子を見かねた兄のサロスが、苦笑しながらも助け舟を出してくれた。そして、そんな兄弟のやり取りを眺めていたアゲロスも、満足そうに頷いている様だ。



「そそそっそうですなっ! それではお言葉に甘えて……私はこちらの娘を拝領致したくっ!」



 タロスはそう言いながら、豊満な胸を両手で覆い隠す様に立ち尽くすヴァンナを指さした。



「ほっほっほ。タロスは昔から巨乳に目が無いのぉ。それではその娘はタロスに……」



 とアゲロスが言いかけた所で、ヴァンナが突然浴槽の縁へと駆け寄り、己が想いをアゲロスへ訴えかけ始める。



「アッアゲロス様っ! お願いにございます。私はアゲロス様の様な高貴な方に見初められる事を夢見て、これまでこの身を磨いて参りました。お慈悲でございます。何卒私をアゲロス様のお傍に置いては頂けないでしょうかっ?」



 ヴァンナのその突飛な行動に、少し呆気に取られていたアゲロスではあったが、なおも真剣に訴えかけるヴァンナの様子を見て、根負けした様にタロスの方へと向き直る。



「うぅぅむ、タロス。この娘、この様に申しておるが、ヌシはどう思う?」



 アゲロスがこう聞くと言う事は『この娘を自分に寄越せっ!』と言っているのも同義である事を、流石のタロスも感じ取っていた。



「……いや、もしアゲロス様さえよろしければ、私の方は問題ございません」



 タロスの方も、主からの申し出に苦笑しながら返答をする。



 そんな一連の主従の様子を見ていた他の娘達の中から一人、黒髪に褐色の肌を持つ大柄の美しい娘が名乗りを上げた。



「アゲロス様っ! 私もアゲロス様にお仕えする為にここまでやって参りました。せめて、私のこの体をご堪能いただいた後でお決め頂いても、遅くは無いかと存じます。きっと、きっとご満足いただける事でしょう!」



 その娘は言うが早いか、浴槽の縁に跪くヴァンナを避ける様に前へ進み出ると、ゆっくりと浴槽の中にまで入って来る。



「ほっほっほっ、積極的な娘は嫌いでは無いゾっ。して、其方はどの様にして私を楽しませてくれるのかのぉ?」



 アゲロスが浴槽に寝そべりながら、口角を上げ、鋭い眼差しで褐色の少女を見据える。



「ふふふふっ、アゲロス様。私に全てをお委ね下さいませ……」



 褐色の肌を持つ娘は、そう言い放つと、己が裸体を惜しげも無く晒しながら、アゲロスの前に仁王立ちになる。


 そして、頭上で束ねていた艶やかな黒髪をほどくと、アゲロスを見下ろす様な妖しい目線のまま、大きく首を左右に振ってその長い髪をたなびかせた。


 先ほどまでの畏まった髪型から一転、ルーズに揺れ動く長い髪が、急に彼女を少女から大人の女性へと変貌させる。



「………アゲロス様、是非お手に取ってお確かめ下さい」



 褐色の肌を持つ少女は、アゲロスの右手をそっと持ち上げると、自身の左の乳房にそっとあてがってみる。



「……うぅぅむ。なかなか良いのぉ……」



 少女の豊満な胸を手に満足そうに頷くアゲロス。そして、己が胸を弄ばれる少女の方にも、恍惚とした表情が見え始めている。



「……アゲロス様っ……そろそろ……」



 少女は興奮した様子でそう告げると、己が右手を自身の茂みの奥へと分け入らせ、アゲロスを迎え入れる準備を始めるとともに、その愛らしい唇をアゲロスの口元へと寄せて行く……。



 ――ブシュッ!


 ――ダポンッ! ザパァァァ……。



 褐色の肌を持つ少女がアゲロスに口付けをしようとした刹那、彼女の股間に伸びていた自身の右腕が肩口からバックリと切断されて、浴槽の中へと落下した。



「うぎゃぁぁぁぁぁ……!」



 その娘は突然の事に絶叫しつつも、後方へと飛び退る。



「弟よっ。あれほど言ったであろう。美しい娘は必ずその素性について調べておけと……」



 冷静に弟を諭すサロスの右手には、いつの間にか刃渡り60cmにも及ぶ大柄のダガーが握られていた。



「くっ!……はぁっ!」



 褐色の肌をもつ少女は、右腕を完全に失い、肩口から大量の血液を浴槽にばらまきながらも、左手で己が股間から数本の『針』の様なものを取り出すと、アゲロスに向けて投げつける。



 ――カン、カンッカンッ!



 少女から放たれた『針』は、一直線にアゲロスの胸元へと飛び込んで行くが、その直前で空しくも、サロスの持つダガーにその行く手を遮られてしまう。


 その様子を確認した少女は、この時点で己が行動の失敗を確信したのであろう。その場で自身の舌を噛み切ると、眉間にシワを寄せ、無念の表情のまま、力なく浴槽の中へと崩れ落ちて行った。



「アッアゲロス様ご無事でございますかぁ! ……あっ兄者ぁ!」 



 万が一、サロスのダガーが少女の放った『針』を打ち漏らしたとしても、己が体でそれを受け止めようと、タロスは覆いかぶさる様な体勢でアゲロスを守っていたのだ。



「うん、うむ。ワシは大丈夫じゃ。……サロスに、タロス。よく守ってくれた。大義であった」



 多少の動揺はあるものの、目の前で少女が一人惨殺されたにも関わらず、僅かの時間で自分を取り戻す事が出来ると言う事自体、このアゲロスと言う男がタダ者では無い事を物語っている。



「うーむっ、折角の宴が台無しじゃのぉ」



 騒然となっているメイド達を後目に、己が顔に飛び散っている少女の返り血を、自身の右腕で雑に拭い去るアゲロス。


 まるで気に留める素振りも見せないのは流石だ。



「アゲロス様、大変な不手際をお見せしました。此度の騒動の責任は、全て私の弟であるタロスにございます。ご許可頂ければ、そのそっ首、この場で切り落として進ぜましょう」



 サロスはそう告げると、少女の血で真っ赤に染まった浴槽に跪き、己が手に持つダガーをアゲロスへと差し出した。



「ふっ……心にも無い事を……」



 アゲロスは少し興ざめした様子で、芝居がかったサロスの行動を戒める。



「ワシが『タロスの命を奪え』とは言わぬと分かっておってのヌシの物言い、先を読みすぎると言うのも、時には鼻に付くと言うものよぉ。のぉサロスよ」


「ヌシが本気でタロスの命を差し出そうと言うのであれな、ワシに確認などせず、既にタロスの首はこの湯舟に浮いていたであろうよ」



 アゲロスはそう告げると、すこし忌々し気に、未だに跪くサロスに視線を投げかける。



「いえ、滅相もございません……」



 なおも跪いたまま微動だにしないサロスは、アゲロスからの言葉による責めを受けたにも関わらず、冷静に話を続けた。



「我が血を分けた弟とは言え、我らはアゲロス様の持ち物。私が許可無くタロスを害する事などできようはずもございません。ただ、一つだけお許しいただけるのであれば、タロスへ死をお与えになる時は、このサロスへも自害のご許可を賜ります様、お願い申し上げます」


 それを聞いたタロスの面には、頬を伝って流れ落ちる涙が見て取れた。



「……ふんっ。そんな事は分かっておるわっ。此度の件、本来であればタロスへは死罪を申し渡すべき所であるが、刺客の毒牙からワシを守ってくれたサロスの功に免じて不問とするっ!」



 いつの間にか兄であるサロスの影で小さく跪いていたタロスは、更に申し訳無さそうに頭を垂れている。



「よって、今回の刺客の件は無かった事になった。つまりタロスの功績に対して娘を授ける件はまだ残っておるからなっ! これは嫌と言うても必ず受け取らせるから覚悟しておけっ!」



 アゲロスはそれだけを告げると、苦笑いをしながら、いまだサロスとタロスが跪く浴槽を後にしたのであった。

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