幕間

第27話 美穂ちゃんとアルちゃん(ビール工場・前編)

「みんな行っちゃったねぇ」



 ダニエラさんとリーちゃんは、息子の慶太を連れて、プロピュライアを通って異世界にお出かけです。


 最近の時差は大体二時間遅れぐらいなので、今の時間が午前八時頃だから……、向こうは十時頃かな?


 少し遅れちゃいましたね。



 本当はもう少し早めにお出かけする予定だったのですが、ミカエラがリーちゃんのお仕置きのせいで、何を食べても『イガイガの実』の味がすると言って大騒ぎ。

 

 いつもは沢山食べるみーちゃんなのに、全く食欲が無いそうです。



 ずーっと台所の横で寝転がってミーミー泣いています。結構哀愁がありますが、眉毛がゲジゲジになっているので、思わず笑ってしまいます。うふふっ。



 まぁ、あんまり可哀そうなので、私が元に戻してあげました。


 それにリーちゃんにも「ミーちゃんいじめちゃダメでしょ?」って、ちょっとお説教しておきました。



 リーちゃんは「だって、美穂さん聞いて下さいよ……」って、そこから長々と経緯の説明……。


 逆にリーちゃんを宥めるのにすんごく時間が掛かってしまって、朝ごはんが遅れちゃったのよね。



「美穂ちゃん、お皿洗い終わったよぉ」



 台所の方からアルちゃんの声が聞こえて来ます。


 私がみんなをお見送りしている間に、朝食の後片付けをしてくれていたのです。



「アルちゃん。アルちゃんも行きたかったんじゃないの?」



 今日はアルちゃんとお買い物の約束をしていたので、アルちゃんはお留守番です。


 もしかしたら、アルちゃんもみんなと一緒に異世界の方へ行きたかったんじゃないかな?



「ううん、そんな事無いよぉ。けーちゃんの方はダニちゃんも、リーちゃんも一緒だからねぇ。それに今日は美穂ちゃんとお出かけなんだもん!」



 嬉しそうに答えてくれるアルちゃん。ちょっと安心しました。



「美穂ちゃん、見てみてー。じゃーん、お弁当作ったんだよ」



 アルちゃんはとっても家事が上手です。あんな短い時間でお弁当まで作ってくれました。



「わぁすごいねぇ。アルちゃん。でもこんなに沢山どうするの?」



 アルちゃんの作ったお弁当は三段のお重になっています。今日のお出かけは『二人』だけなので、いったいどうする気なのでしょう。



「えぇぇ、だって今日はビール工場に行くがんよ! ちょっこしかおつまみ無かったら困るやろ?」

(翻訳:えー、だって今日はビール工場に行くんでしょ! 少ししかおつまみが無かったら困るでしょ?)



 アルちゃんは飲む気満々です。



「まぁ……そうだねぇ。それじゃあ遅くなるから、行こうか?」



 私は冬物のファーの付いたベージュコートに、インナーは白いニット。スカートには豹柄のスカートを合わせてみました。ちょっと攻めたコーデです。えへへ。



 アルちゃんは……。



「アルちゃん。まさかその恰好で行く気じゃ無いよね」



「へ? そながよ。だめなん?」

(翻訳:え? そうだよ。だめなの?)



 結局アルちゃんはいつものグレーのジャージに、冬場お気に入りのカーキ色のM1ジャケットを羽織っています。



「でも、長靴は履いてかんよ?」

(翻訳:でも、ゴム長靴は履いて行かないよ?)



 アルちゃんは真面目な顔で答えますが、そんな事は当たり前です。



「もー、アルちゃん、ちょっとこっち来て」



 私はアルちゃんの部屋に彼女を引っ張って行きます。



「アルちゃん。ほらほら、ここにこんなに沢山、ダニエラさんからもらったお洋服があるでしょ?」



 実はアルちゃんはダニエラさんから沢山の『お下がり』をもらっています。


 ダニエラさんはとってもオシャレさんなので、一度でも袖を通したお洋服は、よっぽどのお気に入りで無ければ、すぐにアルちゃんや、近所の女の子達に配ってしまいます。



「えぇぇぇ。だって、ダニちゃんのお洋服って、動き辛いんだもん!」



 アルちゃんは、ちょっと困った顔をして、ほっぺを膨らませています。



 もぉぉぉ、そんな、ちょっと困った顔のアルちゃん……とっても可愛いです。


 折角こんなに可愛いのに、ジャージだけでは本当にもったいない。これは何とかしなくてはいけません。


 

「今日は帰りにショップで女の子らしいお洋服を買うから、行く時はちょっとボーイッシュで行きますか」



 アルちゃんの不満など聞いていられません。私のコーデ魂に火が付きました。


 とりあえず、アルちゃん一推しのM-1ジャケットは残して……、シンプルなトップスに、黒のスキニーを合わせてみましょう。



 うん、我ながら良い出来です。まるで雑誌の表紙から抜け出て来た様です。



 って言うか、ダニエラさんにもらったお洋服を適当に着せておけば、もともとアルちゃんはダイナマイトボディ&プロポーションなので、それなりに見えてしまいます。まぁ、良く出来て当たり前ですね。


 そう思うと、アルちゃんで色々着せ替えして遊びたくなってしまいますが、今日はぐっと我慢です。



 あえて言うと、ダニエラさんのお洋服は少しお姉さん系+ブランド物が多いので、私の好きなフェミニンな感じが不足しています。……これは一大事です。



 よし、今日はそのあたりを中心に漁って来ますか。うーん、今から楽しみです。



 さて、玄関で私は秘蔵の黒のロングブーツ装着です。えへへ。


 実は今日の為にこっそり通販で買っちゃいました。もちろん、慶一郎さんには内緒です。えぇ、絶対に内緒です。



「アルちゃん。長靴は……」


「もう、美穂ちゃん、履かんって!」

(翻訳:もう、美穂ちゃん、履きませんよ!)



 そう言って、アルちゃんは下駄箱の奥からヨレヨレのコンバースを持ち出して来ました。


 うーん。……まぁ。今日のアルちゃんのコーデであれば、アリはアリですが、本来であればM-1に合わせたショートブーツ一択でした。うーん、痛恨です。


 さすがにダニエラさんの靴は大きすぎるし、私の靴はちょっと小さすぎます。


 これは、靴も見て来なければいけません。最近では通販で何でも買えますが、やっぱりショップで色々着せ替えして楽しむと言うのは、それはそれでやめられません。



「慶一郎さーん、それじゃ行ってきまーす。お昼はアルちゃんがお弁当作ってくれたので、お台所のお重を見て下さいねぇ」



 玄関から、お留守番の慶一郎さんに呼びかけます。



「はーい。分かったよー」



 居間から慶一郎さんの声が聞こえて来ます。今日は土曜なので役場はお休みです。朝食後は釣りの道具を持ち出して来て、何やら念入りにチェックしていましたが……興味が無いので、まぁ良いでしょう。



「それからみーちゃんにもご飯あげて下さいねー。夜には帰って来ますけど、ちょっと遅くなるかもぉ……また電話しまーす」



 それだけを言い残すと、さぁ、さっそくお出かけです!



 行きはアルちゃんの運転で行きますが、アルちゃんの軽四はとても座席が硬くて座り心地が悪いので、今日は私のリッターカーです。


 と言いつつ、この車もダニエラさん監修の元、エンジン換装のハイパーマシンになっています。


 エンジンは1.5Lターボで300馬力超との事。街乗りを意識して、少しマイルドなチューニングになっているそうですが、全く分かりません。


 シートも換装しています。だけど、このシートはちゃんとリクライニングも付いているので、街乗りでも苦にはなりませんね。


 最初に見かけた時に、ダニエラさんが車内にロールバーを溶接しようとしていたのですが、さすがにそれは止めてもらいました。


 ダニエラさんが言うには、「流石にロールバーを入れないと、このシャーシでは400馬力に耐えられませんよ?」と、この人何の冗談を言っているのかしら? 的な驚きの顔で見られちゃいました。


 いやいやいや、ダニエラさん。400馬力の方を止めてください。


 結局ロールバーは却下。馬力も絞ってもらいました。



「さぁ、行きますよぉ!」



 アルちゃんの掛け声とともに、車は前輪を空転させつつ、爆音をあげて発進します。



 ……フォンフオォン、グゥォォォォォン……キィィィィィン……。



 後半、かなりターボが利いてますね。凄い爆音です。


 ちなみに、ビール工場までは約280Km。普通は四時間ぐらい掛かる道のりですが、途中のトイレ休憩を入れても、現地に十一時前には到着しました。


 色々計算が合いませんが、お巡りさんごめんなさい。

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