第26話 皇子光臨のわけ

「さぁ、気を取り直して行こうか」



 そう言うと俺は、何事も無かった様に、不安な表情を見せるセリシアの方へ向き直った。


 こう言う事は引きずっちゃ駄目だ。あくまでも何ごとも無かった様に、平静を装って。そう、平常心、平常心。俺の心には清らかな水が流れていて、まるで滝行を行う僧侶の様な心境になるんだ。あぁ何か、遠くの方から滝の音や、小川のせせらぎが聞こえて来た。様な気がするぞぉ。うん、そんな気がする。



「はい、よろしくお願いいたします……ねっ! 皇子様」



 リーティアの方も全く気にしていない様子で、前と同じ様に俺の右耳に囁きかけて来てくれる。



 ちょっと、「ねっ!」と言うところが気にならないでも無いけど、そこはスルーしておこう……あえて。


 俺は、頭の中の煩悩を振り払う様に二回ほど首を振った後、「うしっ!」と気合を入れ直した。



 さてさて、改めてセリシアと、左右で彼女の手を握っている美少女達をよく観察してみると、二人とも、セリシアと非常に良く似た顔立ちをしている様だな。



 まごう事なき、美少女三姉妹だ。特に鼻筋から目元に掛けてのラインが瓜二つだ。


 それにしても、これだけの美少女を持つ父親はうらやましい限りだなぁ。俺だったら毎日家に帰るのが楽しみでショウガナイだろうな。


 夕食の時間には「パパ今日もご苦労様っ!」とか言いながら、ビールをこう、注いでもらってだなぁ、「あぁぁ、とっとっとっと、プはぁぁ。生き返るなぁ」とか言っちゃって、娘達から「もう、パパっておじさんみたぁいっ!」とか言われちゃって、「いやぁぁ、はっはっは、何かほしいものは無いのか? 何でも買ってやるぞぉ。はっはっは」とか言っちゃって、もう、本当のパパなのか、ナニのパパなのか、全然わからなくなって来ちゃったな。ははは。



「それでは、皇子様。昨日少しご説明しました通り、まずは『画面』を開いてみて下さい」



 リーティアの言葉に、急に現実に引き戻される俺。



「あ、あぁ、わかったよ」



 俺は、セリシアに手を翳したまま、自身の『画面』起動を念じる。


 すると、俺の目の前50センチぐらいの所に、幅30センチ、高さが50センチぐらいの半透明の薄い板の様なものが具現化した。


 感覚的には、25インチぐらいの縦型のディスプレイが表示された様な感じだな。


 後で聞いたところによると、みんなは単純に『画面』と呼んでいるらしい。


 基本的に本人にしか見えないそうだけど、ちょっとした手続きを行えば、複数の人の間でも共有化出来るらしい。


 昨日、じーちゃんの家でリーティアに教えてもらった時には、とにかくたまげた……死語か? ……ものだ。


 新しいゲーム機を買ってもらった子供みたいに、ソフトも無いのに画面をつけては消してを繰り返し、昨日はこれだけで小一時間は遊んだな。ははは。


 リーティアの話によると、どうもじーちゃんの眷属であれば、全員これができるらしい。ちなみに、リーティア達にもできるそうだ。


 んんん? まてよ? 昨日は気にならなかったけど、それって、リーティアもじーちゃんの眷属って事なのかぁ? んん? それしか考えられんな。


 ……あれ?


 今、ものすごぉぉく重要な事に行き着いた様な気がするぞ。って事は俺とリーティアは『血のつながった親戚』って可能性があるってことなのか?


 えぇぇぇ! って事は、もしこの先、俺とリーティアが恋仲になって、あんな事やこんな事や、って言うか、主にエッチな事になったとしても、そこには超えられない『血縁の壁』があるって事なのかぁ?


 おいおいおい。冗談じゃ無いぞぉ! じーちゃん何て事してくれてんだよ。本当に勘弁してくれよぉ。孫にじーちゃんの尻拭かせるんじゃねぇよぉ! 俺の恋心返せぇぇぇっ!


 はぁあっ! そう言えば、さっきリーティアの名前って、じーちゃんが付けたって言ってたよなぁ。


 うぉおぉぉぉ。完全にアウトじゃん! グレー通り越して、完全に真っ黒じゃん!


 はうはうはう! 俺の二度目の恋はあっけなくも儚く、ここで散ってしまうのかぁ……しくしく。


 いや、いや、いや? 待てよぉ?……確か、結婚できないのは三親等の親族までだった様な気がしてきたぞぉ?



 俺は、頭の中で、とあるラノベの疑問を解決する為、つい先日検索した『結婚できる親族の親等』を思い出してみる。


 確か、俺の『母さん』は『じーちゃん』の一人娘って聞いた事があるから、少なくとも俺の従姉妹って言う事は無いはずだ。って事は、『じーちゃん』の兄弟の孫、もしくはもっと遠い親戚って事も考えられるだろうけど、少なくとも三親等って事は無いはずだ。


 まぁ大体、あんな西洋風の娘が近親者の訳が無いな! ……なんだなんだぁ、うぉー急にやる気が出てきたぞぉ。心配して損しちゃったよぉマジで!



「それでは、その状態で『エラーチェック』と『ログの表示』を行ってください」



 またしても、リーティアからの囁きで、我に返る俺。



 やべやべ、また妄想の世界に行っちゃってた。では、早速っと。



「エラーチェック、ログ表示っと」



 リーティアに促された通り『コマンド』を口にすると、画面上には飛ぶように文字が表示される。


 時折赤や黄色いメッセージラインが表示されるので、おそらく問題のある箇所が見つかっているのだろう。


 表示される文字列はとても目で追える様な速さでは無いが問題ない。


 昨日自分でやってみた時には、最後にサマリ情報が表示されるんだよな……便利だなこれ。


 突然、滝の様に流れていた文字列が停止し、チェック結果が表示される。



「エラー箇所が12件、ワーニングが73件。って出てるな」



 どうも視神経に関係する部分にダメージがある様な事が書かれているのだが、さすがに内容まではわからない。


 最後の行には、『修復を試みますか?(Yes / No)』と表示されている。



「リーティア、最後に修復しますか? って出てるけど『Yes』で良いんだよね」



 それ以外に選択肢は無いのだが、一応確認しておこう。



「はい、『Yes』で構いませんよ。……さすが皇子様のお力は絶大です。……他とは比ぶべくもありません!」


 とかなんとか言いながら、そこはかとなく、俺を持ち上げてくれるおだて上手のリーティア。



 うんうん、かわええやつ。後で褒美を取らせてやろう。そう言えば昨日は『おこた』で「東京ば○な」を美味しそうに食べてたから、あれが好きなのかな? 今度イチゴ味バージョン買って来てあげよっと!



「それじゃ、『Yes』でっと」



 画面上で『Yes』を選択したとたん、どこかからともなくハスキーな女性の声が聞こえて来たんだ。



「皇子様。ご指示いただきました件、承知いたしました。修復を開始します。修復にはおよそ15秒程度かかります。そのままの体勢でお待ちください」



 ちょっと艶のあるクールビューティ系のお姉さんが声優をやったらこんな感じになるだろうなぁ。と言う声が頭の中に響く。ちょっとゾクゾクする様な好い声だ。



「え、何、今リーティア何か言った? 何か急に声が聞こえて来たんだけど」



 慌ててリーティアに確認すると、リーティアはさも当然と言った様子で返答して来る。



「それは、サクラ様の声かと思いますよ」


「私達では、めったにお声掛け頂くことは叶いませんが、さすがは皇子様。いつでも近くにサクラ様が寄り添っておられると言う事なのでしょうね」



「サクラ様って、誰? どういう事?」



「サクラ様は、聖賢母様とも呼ばれている最高精霊様です。私達の力の及ばない事に対して、見守り、励まし、ご助力下さる大変ありがたい精霊様なのです」



「ほぉぉ、そういう事」



 まぁ、異世界なんだし、精霊様が居たって問題は無いはなぁ。



 そうこうしている内に、セリシアの体が薄く輝き始めたと思うと、彼女の周りだけ無重力空間にでもなった様にほんのすこしだけ“ふわり”と浮かび上がる。


 確かにセリシアの周りで何らかの力が働いている様だ。



「「「おぉぉぉぉぉ……」」」



 周りでその様子を見ていた村人から大きなどよめきが巻き起こる。


 両側でセリシアの両手を握っていた姉妹も目を見開いたまま唖然とした表情だ。


 その後、時間の経過とともに、彼女の体の輝きは少しずつ落ち着きを取り戻し、十分に落ち着いたと思われた所で、リーティアがセリシアに声を掛けた。



「さぁ、セリシア。もう大丈夫です。恐れる事は無い。ゆっくりと目をあけなさい」



 セリシアはリーティアからの声がけの意味を上手く理解できていないのか、まだ呆然とした様子だ。


 セリシアの右手を握っていたお姉さんがセリシアに耳打ちをする。すると、少し逡巡しつつも、セリシアはゆっくりと目を開けた。



「Oh..., Mommy... Granny..., I can see. I can see! My eyes are visible.」



 そのとたん、村人からより一層のどよめきと、歓声が巻き起こる。



「It's a miracle. amazing! amazing! God is on our side! God is on our side!」



 村人達は、あるものは叫び、あるものは祈り、そしてあるものは涙を流し、次々に皇子神の子を褒め称え始めたんだ。


 残念ながら全て英語で……。



 あぁ、そうだった! 俺、異世界ココに、語学留学しに来たんだった……。

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