第34話 復讐の機会

「へっへっへ」


「それじゃぁ、早速頂くとしようか」



 トマスは口に咥えたナイフをベッドの脇に置くと、強引に少女の左右の手首を掴んで、押し広げる様に枕元へと押し付けた。


 彼女はこれから行われるであろう男の行為に恐怖しつつも、眉間にシワを寄せたその美しい顔には、反骨の気概が感じられる。



「……ねぇ、トマスおじさん」


「始める前に教えてほしい事があるんだけど……」



 意を決した様に少女は静かな声で話し始めた。



「もしかしたら……最初から私達の家を狙っていたの?」



 男は彼女の質問の真意を掴みかねたのか、怪訝な表情を浮かべながら、暫く思案している様だ。



「そうだなぁ……もうお前らとは二度と会う事も無ぇだろうからなぁ……せっかくだから教えてやろうか」



 男は少女の両手首を押さえ付けたまま、彼女の首筋から耳元までを一気に舐め上げた。



「くぅっ!」



 少女は首をすくめる様にして顔をそらし、男のその行為を耐え凌ぐ。



「へへっいいなぁ、いい表情だぁ」


「こりゃあ、なかなか楽しめそうだなぁ、へっへっへ……」



 男は彼女の嫌がる姿を見ながら、更に下卑た笑い声を上げる。


 これから自分の話す真実が、より彼女の絶望を深くするであろう事を想像するだけで、言いようの無い興奮と快感が男の脊髄を駆け登って来るのだ。



「へっへっへ、お前たちは美人姉妹でこの町でも有名だったからなぁ。俺ぁ結構前から狙ってたんだぁ」


「しかもだ。近々、マロネイア様の船が奴隷の買い付けに、この町に来るって言うじゃ無ぇか」


「俺ぁ思ったねぇ。これは一旗あげるチャンスだってね」



 男は露わになった彼女の豊な胸に、一度だけキスをする。



「俺ぁお前の親父おやじに言ったのさぁ、悪い事は言わねぇから、娘を売りに出せってね」



 男は少し遠い目をしながら話を続けた。



「だけどお前の親父はそれを断りやがった!」


「しかも、しかもだ!」


「お前の親父は村長とグルになって、俺を村から追い出そうとしやがったんだ!」



 男は自分の話す内容に自ら興奮し始め、彼女の手首を更に強く握りしめたのだ。



いたっ!」



 少女は強く握られた手首の痛さに思わず顔を顰める。



「へへへっ痛いかぁ? へっへっへ……そこで俺ぁ考えた訳だぁ」


「いっその事、お前たち二人を攫ってしまおうってねぇ」



 男はそこで言葉を一旦区切ると、彼女の右手を自分の口の前に持ってきて、握りしめられた彼女の指を解きほぐしながらゆっくりとしゃぶり始めた。



「そっそれじゃあ、どうしてお父さんやお母さんに、あんな酷い事をしたの?」



 少女は男の行為に顔を顰めつつも、気丈にも男を睨み付ける。



「あぁ、それはなぁ……」


「マロネイア様の船が港についた時、俺がタロス様って言うおえらいさんに、かくかくしかじか困ってるんですって話をした訳よぉ」


「そうしたらお前、『なんだそんな簡単な事か!』っておっしゃられてなぁ」


「自らマロネイア様の兵隊を連れて、村まで来て下さったって寸法よ」


「まぁ、まさかいきなり家に火ぃつけるたぁ、さすがの俺もびっくりしたがなぁ」



 男は当日の惨劇を思い出したのか、残虐性の浮かぶ瞳でニタリとした笑い顔を作った。



「あぁ、あんな事になるんだったら、燃やしちまう前に、お前の母ちゃんもヤッちまっとくんだったなぁ……」


「本当にもったいない事をしたもんだぜぇ」



 男はを目の前にしながら、恐ろしい事を言う。



「って事だから、俺を恨むんじゃねぇぜぇ」


「恨むんだったら、マロネイア家のタロス様を恨むんだなぁ。へっへっへぇ」



 男は一通りしゃぶりつくしてベタベタになった彼女の右手を元の位置に戻すと、もう一度四つん這いになり、彼女へと覆いかぶさって来た。



「へっへっへぇ、そろそろ物語俺の話もお仕舞ぇだぁ」


「それじゃあ、たっぷり可愛がってやるからよぉ」



 男は、だらしなく、にやけた表情のまま、彼女にむかって無駄話の終わりを告げたのだ。



「……もう……いいよ」



 少女は男から顔を背け、少し俯き加減に目を閉じる。



「へっ?」



 男は拍子抜けした表情で驚きの声を上げる。



「なんだよ、なんだよぉ。折角だから最後まで抵抗してくれよぉ」


「そうじゃないと、こっちも張り合いが無えってもんだろぅ?」



 男は自分のしている事を棚にあげて無茶な事を言い始める。



「まぁ、そうは言っても姉ちゃんの方は頭が切れるって話だからなぁ」


「わざとそう言って、俺のやる気を削ごうって魂胆かもしれんが、そうは行かんぞぉ。へっへっへ」


「俺のギンギンの息子さんは、どんな事があっても止まらねぇって言ってるからよぉ」



 そう言うと、男は更にいやらしい笑みを浮かべる。



「……どの息子さんがそう言ってるの?」



「へぇぇ?」



 男は突然背後から聞こえた声に、甲高く裏返った声で反応しながらも、首だけで後ろを振り向いた。



「トマスおじさんの言ってる息子さんて、これの事?」



 男は四つん這いになった状態で自分の尻の方を見てみると、妹の方が薄闇の中に笑いながら立っているではないか。



「おっお前、いつの間に!?」


「おぉぅうぅっ、ってーっつっっっ……」


 男は突然下腹部の痛みに襲われ、その場にしゃがみ込んでしまう。 



「トマスおじさんの言ってる息子さんって、これの事でしょ?」



 彼女の右手には、本来男の下腹部に付いているはずのものが握られていた。



「これって、中に骨が入ってるのかと思ってたけど、これだけなんだねぇ、簡単に切れちゃった」



 少女はゆっくりベッドの横、月明かりの差し込む窓際まで出て来ると、自分の握っている『それ』をおじさんに見せびらかす。


 そして、月明かりに照らされた少女の愛らしい笑顔は、男のものと思われる血しぶきにより美しく彩られていた。



「てってめぇ……あいたっっ、たっ! ただで済むと思うなよぉっ!」



 男はベッドの端に置いたはずのナイフを探す。


 しかし、確かに自分が置いたはずの場所に、ナイフが見当たらない。



「トマスおじさんが探しているのは、これ?」



 妹はナイフの先端を左手でつまみ、ぶらぶらとゆすって見せた。


 その後妹は、ストンとその場にしゃがみこんだかと思うと、先ほどまで右手に握っていた男の『それ』を、ナイフで切り刻み始めたではないか。



「はあぁっ!」



 思わず声にもならない叫び声を上げるトマス。



「おじさん、このナイフ、あんまり切れないよ。上手く輪切りにならないもの、もうぐっちゃぐちゃ」



 少女は月明かりの中、可笑しそうにわらいながら、錆びたナイフで『それ』を刻み続ける。



「かっ返せ! それは……俺のぉ!」



 血まみれになった下腹部を左手で押さえつつ、男は右手を伸ばして少女の持つ『それ』を返せと言う。



「えぇーもうこれ、ぐちゃぐちゃだから、くっつかないよぉ」


「……もぉ、ポイ!」



 少女はナイフの先端に刺した「それ」を窓の外へ放り投げた。



「はぁあぁぁぁ!」



 男は放物線を描いて飛んで行く『それ』を目でおいながら、精一杯右手を伸ばす。


 しかし、当然『それ』は帰って来る訳もない。



「ゥワン!……ワンワンワンッ! グルルルッル、ゥワン!……ワンワンワン……」



 窓の外からは、投げ捨てられた『それ』を、複数の野良犬が取り合っている声が聞こえて来た。



「あらー、野良犬がもってっちゃったぁ。あーぁ」


「……猫には人気無くても、犬には大人気だねぇ」



 少女は血まみれになったナイフを右手に握りなおすと、笑顔のままで近づいて来る。



「それじゃあ、おじさん。これからが本番だよぉ」



 男はベッドで己の下腹部を押さえて蹲り、自分よりも小柄な少女を無言のまま涙目で見上げるしか無かった。



「ミランダ。そうは言っても、昨日はお腹が空いた時に、ご飯を分けてもらったでしょ?」



 姉の方が、男に切られたストラの前部分を寄せ合わせながら、ゆっくりと立ち上がる。



「いい加減な所で、……殺してあげなさい」



 姉の方も大概である。



「それじゃあ、まずはお父さんの分からね」


「あぁそうそう、あんまり大きな声を上げると、誰か来てもしらないよっ!」


「だから、声は上げない方が良いと思うよぉ、うふふっ」



 そして、ミランダはゆっくりと錆びたナイフを使って、家族の復讐を果たして行くのであった。



 ◆◇◆◇◆◇



「……ミランダ。そろそろ逃げようか」


「さっき聞いた通り、復讐しなきゃいけない相手がもう一人いるみたいだから……」 



 姉は息も絶え絶えの男の様子を見て、そろそろ潮時だと判断したのだろう。



「うん、わかった。この耳のとこ取ったら終わりにするぅー」



「……コンコン……」



 ミランダが最後の行動に移ろうとした所で、ドアをノックする音が聞こえて来た。



「……コンコン……」



 もう一度、ドアをノックする音。



「はーい、どなたですかぁ?」



 姉の方は務めて平静を装った声音で返事をする。



 ……ドンッ! バァァン!



 突然ドアが蹴破られ、屈強な兵士が部屋の中へと雪崩れ込んで来たのだ。


 二人は逃げ道を確保する為、窓際の方へ飛び退る。



「うぉっ!」「うぅぅッツ!!」



 百戦錬磨の兵士たちでさえ、思わず顔を顰め、むせ返る様な、濃い血の臭いが充満するその部屋。


 それでも戦闘態勢を維持したまま、二入に向かって短槍を突き付けて来たのは流石だ。



「ミランダ! ダメ。この人達に逆らってはダメッ!」



 今にも飛びかかろうとする妹を制止しつつ、窓の外の様子を探る姉。


 予想通り、窓の外にも大勢の兵士が配置されている様だ。残念ながら逃げ道は無い。



 その時、最初に入ってきた兵士達をかき分ける様に、大柄な兵士が入って来た。



「よぉ久しぶりだなぁ。二人とも」


「多分ここにトマスが来てるはずだが……」



 大柄な兵士はベッドの上で分解されつつある男を見つけ、ニタリと笑う。



「おいおい、トマス。えらい事になってやがんなぁ」


「まぁ自業自得ってもんだ。マロネイア家に逆らおうって時点でこうなっても仕方が無いってなぁ」



 ベッドの上の男に、嫌みな言葉を投げ掛けた後、大柄な兵士は少女達に向かって、笑顔で話し掛けて来た。



「俺はタロス。マロネイア家に仕えるタロスと言う者だ」


「お前たちはマロネイア家に買われた奴隷だ。俺と一緒に来てもらおうか」



 タロスと呼ばれた男の後ろには、奴隷市の司会をしていた男と、昨日私達のご主人様になると教えてもらったペトロスと言う男も付き従っていた。



「まぁ、詳しい事は後で教えてやる。まずは付いて来い」



 タロスと名乗る男は彼女達に背中を見せると、さっさとドアの外へと、出て行ってしまった。



 姉は、その男タロスが立ち去ったドアを睨みつけたまま動かない。


 暫くして、姉は思い直した様に妹の手をひき寄せると、男の後を追って部屋の外へと出て行くのであった。

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