第33話 行きがけの駄賃
「あぁぁぁ、食べたぁぁ。お腹いっぱい! あんなごちそう初めて見たよぉ。ねぇ、おねぇちゃん!」
私達は大きなお屋敷の中で、夕ご飯を食べさせてもらいました。
もうねっ、パンがね、パンが『ふっかふか』で、とっても美味しいの。
それにスープの中にも、たくさんのお野菜が入ってたり、なんと! お肉まで入ってたんだよ。
あんまり美味しいから、私三回もお代わりしちゃった!
ちなみに、お姉ちゃんもお代わりしてたよ!
それから私、お皿なんて『ピッカピカ』になるまで舐めちゃったの。てへへ。
「本当に美味しかったねぇ」
お姉ちゃんも、とってもとっても嬉しそうです。
「もう、お腹いっぱいで食べられませーん、ふぅぅぅぅ」
私は両手を上げて椅子の背もたれに寄りかかり、大きく後ろに伸びをします。
「……くすくすっ」
「んっ?」
……どこかで女の子の笑い声が聞こえます。
私が伸びをしたまま、更に椅子を後ろに倒して壁際を見ると、後ろの方で給仕のお手伝いしてくれていたお姉さんが、くすくすと笑っていました。
私はそのままの格好でお姉さんを見つめながらニコニコしてみます。
すると、お姉さんはゆっくり近づいて来てくれました。
「美味しかったですか? それは良かったです。でも、椅子をこんな風に後ろに倒しては危ないですよ」
お姉さんはにっこり笑って私に話かけながら、そっと椅子を元の状態に戻してくれました。
「えへっつ。ありがと! ……私はミランダって言うの。あなたは?」
「……」
お姉さんはちょっと考えた後、もう一度にっこり笑って答えてくれました。
「私の名前はヴァンナ。ケルキラ村のヴァンナと言うの」
「へぇ、ヴァンナさんって言うんだぁ。かわいい名前だねぇ。ねぇヴァンナさんはここで働いているの?」
新しいお洋服はもらえたし、ご飯は美味しいし。とっても嬉しくなっちゃって、優しそうなヴァンナさんに色々聞いちゃいました。
でも、ヴァンナさんはちょっと困った様な表情です。
「うん……、私はまだ奴隷の見習い中なの。でも、明日にはここを出て、私をお買い上げになったご主人様の元に行く事になっているの」
「へぇそうなんだ。……私もさっき奴隷市場で売れちゃったんだよ!」
「私が12,800クランで、お姉ちゃんはなんと! 38,000クランで売れたんだよぉ。凄いでしょ!」
私は優しいヴァンナさんに自慢します。
「それは凄いですねぇ。私が見習いとして働き始めてから聞いた中では、一番高い値段かもしれませんね」
ヴァンナさんはちょっと目を丸くしながら、驚いてくれました。
「へっへーん!」
私は鼻高々です。
「それじゃぁ、ヴァンナさんはいくらで……」
……パンパンパン。
食堂の入り口の方から、大きく手を叩く音が聞こえて来ました。
「はいはい、おしゃべりはそのぐらいにして、二人は応接室の方に来てちょうだい」
「ヴァンナは後片付けをお願い。終わったら今日はもう良いから、明日に備えて早く寝なさい」
私はヴァンナさんがいくらで売れたのかをとっても聞きたかったんだけど、先輩メイドさんらしい人がお部屋に入って来てしまいました。
……もうちょっとヴァンナさんとお話ししたかったのになぁ。
私達は先輩メイドさんに促され、応接室の方に向かいます。
応接室のドアは天井まで届く様な大きな扉で、さっき私達がいた食堂とは全く雰囲気が違いました。
物語の中に出てくる王様が暮らす宮殿には、きっとこういう感じの扉が付いているのでしょうね。
重く大きな扉を開くと、天井には沢山の蝋燭が灯された、大きな燭台がつるされていました。
……うぁぁぁ。キレイ……。
夜なのに、部屋の中は昼間の様に明るいのです。しかも部屋の壁には見たことも無い様な大きな絵が沢山飾られています。
そして部屋の中央には、とっても柔らかそうなソファーが置かれていて、そこには奴隷市で司会をしていた人と、もう一人太った男の人が座っていました。
……あぁ、あの俯き加減の太った人だぁ。
私を最後まで競っていた人ですね。
あの人がご主人様なのかな? でも、もう一人の禿げ散らかした人よりは、こちらの方がちょっとはマシです。へへへ。
ちょっと不謹慎な事を考えてしまいました。
「あぁ、良く来たね二人とも。新しいストラの着心地はどうだい?」
奴隷市で司会をしていた人が話しかけてくれました。
「ありがとうございます。とっても着心地が良いです」
お姉ちゃんはお辞儀をしながら答えます。私もお姉ちゃんの後ろからちょっとだけお辞儀をしました。
「二人はこちらに座って」
私達は、先輩メイドさんに促され、大きなソファーに二人並んで座ります。
どうも私達が来るまでに難しい話は終わっていて、確認の意味で私達二人が呼ばれた様です。
「こちらが、ふたりの新しいご主人様になるペトロス様だ。ちゃんとご挨拶はできるかな?」
司会の人がにこやかに問いかけて来ます。
「よろしくお願い致します。ペトロス様」
お姉ちゃんはしっかりご挨拶ができました。
「……お願いします。ペトロスさん」
私もお姉ちゃんの真似をしてご挨拶します。
「はっはっは。はい、よく出来ました」
「まぁ、本来は行儀作法などをしっかり身につけさせてからお引渡しするのが当館のポリシーなのですが、ペトロス様のたってのご希望で、明日の朝に、港の方でお引渡しさせていただく事になりました」
「二人は今日はゆっくり休んで、明日の朝、港の方に出向いてもらいますよ」
司会の人は私達が理解できる様、ゆっくりとした口調で説明してくれました。
ペトロス様もキレイに着飾った私達を見て、とっても満足そうな顔をしています。
その後、色々な事を司会の人が話してくれたらしいのですが、もうお腹いっぱいで眠くなっていた私は、何を話していたのか、良く覚えていません。
でも、一つだけ驚きだったのは、お姉ちゃんを競り落とした人と私を競り落とした人は、どちらもペトロスさんだったと言う事です。
本当にびっくり。でもお姉ちゃんと一緒ならどこに行っても安心です。良かった!
しばらくすると、お姉ちゃんの隣で船を漕いでいる私を見るに見かねたのか、司会の人が私達に部屋に帰って、もう休む様にと言ってくれました。
私は、お姉ちゃんと先輩メイドさんに支えてもらいながら、お部屋の方に連れて行ってもらいました。
お部屋は二人部屋になっていて、小さなベッドが二つ用意されていたのです。
私はお姉ちゃんにベッドの端まで連れて来てもらうと、後は自分でベッドの中に潜り込みます。
……あぁ、このベッド、お家のベッドよりもふっかふかで、とっても寝心地が良いです。
私はお姉ちゃんに「お休みなさい」も言わず、そのまま深い眠りに落ちてしまいました。
◆◇◆◇◆◇
「……おい、おいっ!」
薄暗い暗い部屋の中、声を殺した低い男の声が響く。
もちろん部屋の中には明かりになるものは何も無い。ただ中庭に面した窓が少しだけ開け放たれており、そこから差し込む月明かりで、部屋の中はうっすらとではあるが、見通せる程度の明るさを保っていた。
「おい、お前、
更に男は執拗に問い詰めて来る。
「うぅーん……」
男が馬乗りの状態になっている所為なのか、シーツの隙間から、すこし苦しそうな声が漏れ聞こえて来た。
更に男はシーツの端を少しめくる。
すると、月明かりの中に、まだ幼さの残る美少女の顔が露わとなったのだ。
「へへっ、当たりだぁ。こりゃ
男は右手で腰に差し込んでいた錆びたナイフを取り出すと、左手で自分が組み敷いている少女の口元を押さえ付けた。
「……んっ? んんんっ!」
ようやく目が覚めた少女。
彼女は突然の出来事に大きく目を見開き、自分の口元をふさぐ男の手を必死に振りほどこうとする。
しかし、そこは大人と子供の力の差。男の手は微動だにする事は無かった。
「おいおい、暴れるなよぉ。このナイフが見えねぇのか?」
「暴れないって約束するなら、この手はどけてやるよぉ」
「ただし、ちょっとでも大声出してみな。すぐにこのナイフでドスンだぞ!」
男はドスの利いた声で少女を脅す。
すると、少女は大きく目を見開いたまま、観念した様に数回頷いた。
「よぉし、いい子だぁ。そうでなくっちゃなぁ、げへへへ」
男は下卑た笑いを浮かべながら、少女の口を押えていた左手を退けた。
「はぁ、はぁ、……どうして? トマスおじさん!」
少女は月明かりに照らされた男の顔を見て、驚きの声を上げる。
『トマスおじさん』と呼ばれた男は、見ようによっては、吐き気を催すぐらいにいやらしい笑みを浮かべながら、彼女を見下ろしていた。
「へっへっへ」
「お前たちが明日には本国に連れて行かれるって聞いたからなぁ。最後のご挨拶ってやつさぁ」
「それになぁ……」
トマスは右手に持ったナイフを少女のストラの首元に当てると、一気に胸元まで切り裂いた。
「ひっ!」
少女は驚きのあまり大声を上げそうになるが、トマスのその狂気的な行動を恐れてか、何とか自分の悲鳴をかみ殺す。
切り裂かれたストラの下からは、少女のものとは思えない成熟した女性の胸と、月明かりにてらされて怪しく光る白い素肌が露わになっていた。
「なぁに俺も今日でこの町からおさらばするんでなぁ」
「行きがけの駄賃ってやつさ。ちょっとお前の味見をして行こうと思ってよぉ」
トマスは右手にもったナイフで、なおも少女のストラを切り裂こうとする。
「おじさん、昨日は見るだけって約束したじゃない!」
少女はトマスの所業を非難する様に言い放つが、トマスの行動は止まらない。
「そうだなぁ確かに昨日は銅貨三枚で『見るだけ』って約束したっけなぁ」
「でもなぁ、男ってヤツぁよぉ、見たら触れたくなり、触れれば抱きたくなるって生き物よぉ……こればっかりは仕方ねぇやなぁ」
「まぁ、それに38,000クランの体ってやつも、一度でいいから味わってみたいと思ってなぁ」
トマスは右手に持ったナイフを口にくわえると、ゆっくりと自分の服を脱ぎ始めたのだ。
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