第32話 奴隷市
「ほら、着いたぞ。みんな降りるんだ」
トマスおじさんに促され、私達は荷台から降りて行きます。
小さな荷車と言っても、私の身長ぐらいの高さがあるのです。
私とお姉ちゃんは荷車の車輪を上手く伝って降りる事が出来ましたが、私と同じ歳ぐらいの女の子達は、大きなお姉さん達に手伝ってもらっています。
……みんな一様に疲れ果てている様子。
なにしろ昨日から何も食べていないのですから。しかもトマスおじさんにもらうのは小さな水筒に入った水のみ。
私とお姉ちゃんは、優しいトマスおじさんにご飯を少し分けてもらえたので、何とか動けましたが、他のみんなはかなり辛そうな表情です。
「おぉトマス、遅かったなぁ。どこで油売ってたんだぁ……ったく」
「明日の朝には船が出るから今日中に売れるやつは売り払って、上玉だけは船倉に入れておけよぉ」
銀色の甲冑に身を固めた兵士がトマスおじさんに話しかけます。
この兵士が身に着けている甲冑の胸には赤い紋章が刻まれており、恐らく少し位の高い兵士だと言う事が分かります。
兵士に話しかけられたトマスおじさんは卑屈な笑いを浮かべています。
「へっへぇ。タロスさん、すんません」
「
タロスと呼ばれた兵士は、トマスおじさんの言い訳をまともに聞く事もなく、軽く右手を挙げて立ち去って行こうとします。しかし、数歩あるいた所で突然立ち止まり、もう一度トマスおじさんの所へ戻って来ました。
「そう言えばトマス、昨日の二人はどうした。あの二人は俺が買い取るから丁寧に扱えよ」
その兵士は念を押す様にトマスおじさんに命令します。
「へっへぇ。もちろんでございまさぁ。タロスさん」
またもやトマスおじさんは、とてもいやらしい笑いを浮かべながらその兵士に媚びを売るのです。
結局その兵士はそれだけを言い残すと、波止場の方へと足早に歩き去って行きました。
トマスおじさんは、その兵士の姿が雑踏の中で完全に見えなくなるまで、下卑た作り笑顔を消す事はありませんでした。
その後、私達全員は腰ひもを麻の長縄で繋ぎ合わせられ、一列になって海辺近くの小屋の方へと連れて行かれました。
小屋の前には小さな井戸があり、一番年長と思われる女の子が、か細い腕で井戸から水をくみ上げます。
女の子達は競い合う様にその水に群がりました。
もちろん、私達も先を争って水を飲みます。
海辺に近いからでしょうか。水は少し塩分を感じるのですが、飲めなくはありません。
しばらくすると、トマスおじさんは小屋の中から小さな籠を持って現れました。
籠の中には黒パンがたくさん入っていました。おじさんは黒パンを一人に半分ずつちぎって渡してくれたのです。
女の子達は渡された黒パンを
……次は私とお姉ちゃんの番。
トマスおじさんは他の女の子達から見えない様に、上手く影をつくりながら、黒パンを一人に一つずつ渡してくれました。
……やっぱりトマスおじさんは優しい。
私とお姉ちゃんは、他の女の子たちに見つからないよう、一つは洋服の中に仕舞い込み、もう一つのパンを二人で半分コにしました。
トマスおじさんは全員に黒パンを渡し終えると、今度はまだ黒パンと格闘している女の子一人ひとりのストラを脱がせ始め、井戸の水を使って素手で念入りに女の子の体を洗い始めます。
おそらくこれから奴隷市で私達を売るつもりなのでしょう。
体に何か異常が無いかを確認したり、値踏みをしているのかもしれません。
なんだかお姉ちゃんと私の体を洗う時、他の女の子よりも長く念入りになっていた様に思うのですが、気のせいでしょうか……。
その後、体を洗ってもらった女の子達は、順番に今まで着ていたストラを自分で洗い、近くの簡単な柵に掛けて干して行きます。
もちろん、その間は着るものが何もありません。
みんなは裸のまま、小屋の日陰に身を寄せる様にして座っているだけです。
南方大陸は雨期でもなければ、いつも強い日差しが照り付けています。洗濯したストラもしばらくしたらすぐに乾くでしょう。
どこまでも続く青空……雲一つありません。
急に何もすることが無くなったからなのか……女の子の一人が急に泣き始めてしまいました。誰か一人がそうして泣き始めると、それにつられていつの間にか全員が泣き始めてしまったのです。
ただ、大きな声で泣くと、トマスおじさんに叱られそうなので、みんな声を殺して泣くのです。
「うっくっくっっっっ、お父さん、お母さん……」
私もつられて泣き始めてしまいました。
しかしふっと横を見ると、お姉ちゃんだけは、遠くに見える海岸線を見つめながら、ただ何も言わず、何かを考えている様に見えました。
◆◇◆◇◆◇
奴隷市は夕方から開かれました。
奴隷市の会場は町の広場の中央に設えられたテントの中で、それぞれの奴隷商人が集めて来た奴隷を売り買いする様です。
私達も麻の長縄に繋がれた状態で、一列になってテントの袖の方で待機します。
私たちの近くでは、様々な奴隷商人たちがいろいろと情報交換をしていて、その話が絶え間なく聞こえて来ました。
どうやら、戦士や普通の男奴隷については昼間に開催される奴隷市の方で売買される様です。だけど、女奴隷、特に
また、本当は
よほど高く売れる奴隷で無ければ、ここで他の業者や駐留している兵士達に売ってしまった方が良いのだそうです。
私達はテント袖で蹲りながら出番を待ちます。
そして、テントの中に入る時には全ての衣類を脱いで、裸の状態で入って行くのです。
「1,000クラン!」
「……1,100クラン!、他は無いか……1,150出た!」
「後は無いか……」
……カンッ!
「はい、そちらの旦那が1,150クランで落札です。はい、おめでとうございます」
……パチ……パチ……
まばらな拍手が聞こえて来ます。
どうも、私達の相場は1,000クランから1,500クランの間ぐらいなのでしょうね。
次はいよいよお姉ちゃんの番です。
私は、お姉ちゃんが脱いだストラを預かります。
「頑張って! お姉ちゃん」
よく考えたら、何をどう頑張るのかわかりません。
「うん、ありがと。行って来るね」
お姉ちゃんはにっこりと笑いながら、全裸の状態でテントの中に入って行きました。
「おぉおおぉぉ……」
テントの中から大きなどよめきが沸き起こります。
「はい、いきなり8,000出た!」
「次は11,000……15,000……、はい、20,000来たよ!」
お姉ちゃんの値段はどんどん上がって行きます。
「35,000、すごいぞぉ、35,500……、35,500クラン! さぁもう無いかぁ!」
「おぉぉっと、38,000来たぁぁぁ!」
……カンカンカンッ!
「そちらの旦那様が、38,000で落札です! おめでとうございます!」
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
……パチパチパチ!! パチパチパチ!!
歓声とも、どよめきともとれる様な声と、盛大な拍手がテントの中から聞こえて来ます。
暫くすると、お姉ちゃんがテントの中から出て来ました。
帰りはトガの様な大きな布を、背中からマントの様に羽織っています。でも、それは、ちょっと上気した様に頬を赤らめたお姉ちゃんに間違いありません。
「お姉ちゃんすごいね! 38,000クランだって!」
私は帝国のお金の事はあまり詳しくはありませんが、さっきの相場から考えると、普通の人の四十倍近い値段が付いた事になります。
私はお姉ちゃんにお祝いを言おうと駆け寄ったのですが、見知らぬ男の人に押しとどめられてしまいました。
奴隷市の係りの人達なのでしょうか。
これまでの扱いとは全然違い、お姉ちゃんの周りには、屈強な四人の男の人が警護に付いていました。
しかも、いつのまにか足元には華奢なサンダルを履き、私達がいたテント脇の広場では無く、広場横にある大きなお屋敷の方へ進む様に促されています。
お姉ちゃんは、私の前を通る時に、笑顔で声を掛けてくれました。
「大丈夫! ミランダも早くおいで!」
そう言って、お姉ちゃんはお屋敷の中に入って行ったのです。
「おねえちゃん凄い! 凄すぎる!!」
もう、お姉ちゃんは一躍お姫様です。これは私も頑張らなくてはいけません。
さぁ、私もテントの中に呼ばれました!
私もお姉ちゃんに負けない様、精一杯頑張ってお姫様になるのです。
私は颯爽と今まで着ていたストラを脱ぎ捨てると、自信満々でテントの中に入って行きました。
テントの中は沢山の松明が掲げられ、ステージは昼間の様に明るく照らし出されています。
私はステージの中央に立つと、右斜め上の方向を指さしながら、ステージ下にいる多くの観衆の人達にむかって『ニヤリ』と笑い掛けました。
……もちろん全裸です。
「おっ、おぉぉ……ははは……」
あれ? さっきのお姉ちゃんより、ちょっとどよめきが少ない様ですね。
しかも、後半に少し笑い声が入っているのは?
「はっはっは。この子も元気いっぱいですね」
「それでは競りを開始します!」
司会らしい男の人が競りの開始を告げます。
「2,500!」
「……2,800!」
あれ? ちょっとスタートが低すぎやしませんか?
「12,800……もう無いか? もう無いか?……」
……カンカンッ!
「それでは、そちらの旦那様が12,800で落札です! おめでとうございます!」
……あれ? 変だぞ?
後半に、会場の後ろの方にいた太って俯き加減のおじさんと、ちょっと禿げ散らかした小太りのおじさんの間で金額が吊り上げられ、結果的に10,000の大台を超えて落札してもらう事が出来ました。
まぁ、お姉ちゃんの半分にも届きませんでしたが、私は妹なので仕方が無いでしょう。
私は落札後、お姉ちゃんと同じ様に大きなトガを羽織らされ、二人の大きな男の人に守られる様にテントを後にしたのでした。
……でも、ちょっと悔しいのはなぜでしょう? はて。
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