第三章 太陽神殿(皇子ルート)

第35話 美少女三姉妹

「皆の者、鎮まれ! 鎮まれぃ!」



 リーティアが大音声で叫ぶ。


 エレトリア郊外に広がる麦畑の一角では、今まさに、奇跡の瞬間に立ち会った人たちの歓声が渦巻いていた。



「皇子様の御前であるぞぉ。鎮まれ!」



 本当に助さん格さん状態だなぁ。この後、印籠が出てきたら笑っちゃうけどなぁ。



 リーティアの群衆操作の手際に感心しつつも、その流れが某時代劇とそっくりな点は、どうしても笑いを誘われる。


 ようやく落ち着きを取り戻し始めた村人達は、再びその場で跪き始めた。


 ただ、一様に興奮冷めやらぬ様子で、それぞれ頬を紅潮させながら、隣の村人と神への賛美について話し合っている様子だ。



「神子様、ハイエルフ様。本当にありがとうございます」


「何とお礼を申し上げれば良いのか……」



 恰幅の良い村長エルフは、流暢な日本語で感謝の意を述べてくる。



「いや、神は常に皆の側におわすのだ。言葉としての感謝は不要。日々その気持ちを持って暮らしてくれる事こそ、神族である皇子様の願いである」



 俺は一度もそんな事言って無いのに、あたかも俺が日頃からそんな話している『体』で、返答をするリーティア。



 ……もう、本当に俺の出番無いな、はははは。



 俺は半ば呆れた様子で、リーティアの自信満々な態度を見上げるしかない。



「もしよろしければ、私どもの村の方へお越し頂けないでしょうか? ぜひ、この村の特産である『ウリ』など、ご献上させていただきたく存じます」



 おっ『ウリ』かぁ。 俺、結構ウリとかスイカ系統好きなんだよねぇ。



 俺が好物の『ウリ』の話に、ちょっと相好を崩しかけた所を、しっかりと見ていたリーティア。



「皇子様も、この暑い中お歩きになり、喉も乾かれた事と思われる」


「……それでは、その方の申し出を受け、馳走になるとしよう」



 リーティアは大仰にうなづくと、しっかり俺の方に振り向いて、小さな舌をペロリと出しながら、ウインクをしてくれたんだ。



 いやぁ、マジか! いやいやいや。マジかぁぁぁ!


 この世の中に、本当に舌を出してウィンクする3D三次元人種が存在するなんて思わなかったわぁ!



 俺の見識はどれだけ狭かったんだろう。視野狭窄とはこの事だ!……って何の事だ?


 世の中は広い。本当に広いっ!


 絶対こんな事するやつは、2D二次元の中にしか存在しないと思っていたよ。何しろ顔面で二つの動作を同時並行でこなすには、非常に高度な演算処理機能が必要と言われている。


 通常、顔面操作を実行する場合、脳神経が行き届くのはせいぜいが一か所が限界だ。


 しかも、ウィンクすらままならない、どんくさい人達も数多く存在する。


 その高度な技術を要するウィンクを難なくこなししつつ、しかもペロリと舌を出すと言うダブルでの高等テクニック!


 すでにこれは神業! 常日頃からの厳しい鍛錬により、完全にルーティーンとして、脳神経では無く脊髄反射のレベルで体に叩き込まれていないと、とても実現する事が出来ない芸当と言えるだろう。


 と言う事は、リーティアは毎夜々々、お風呂に入った時に、三十分以上かけて、ウィンクとペロリのコンボ技を修練していたとでも言うのか?


 ……いやいやいや、違う。断固として違うっ!


 リーティアの様に可憐で、健気な少女が、毎日の大切なお風呂タイムで、そんな欺瞞に満ちた特訓を行っているはずが無い! そうだ。神が許しても俺は許さないゾ!


 ……と言う事は、もしや……。


俺は恐るべき結論を自ら導き出した事に、背筋の凍る思いをする。


 ……つまりだ。


 この最高の魅惑コンボが、『自らの修練で導き出されたものでは無い』との前提から考えられる結論。……それは、生まれながらにして持つ『先天的遺伝』の可能性しか考えられないと言う事だっ!


 それはあたかも、二重まぶたの美人が存在し、えくぼを持つ美少女が存在するがごとく、ある一定の割合で高度な『美』を体現する『美人』と言う特定種族の中には、『ウィンク』と『ペロリ』を同時実行できてしまう、『神の祝福』が下賜されたとしたとしか言い様の無い、高貴な人達がいると言う事に他ならない。


 あぁ、この事実に気づいたのは、恐らく世界でこの俺が最初なのだろう。急ぎ、大学で論文の提出について教授と相談せねばなるまい。


 題名は……そうだな。「異世界における高度顔面操作技術と、遺伝継承との相関関係に関する実証」と言った所か。


 これは忙しくなるぞぉ。とりあえず、飯田せいぎに連絡せねば!


 俺は思わず腰のポケットに手を突っ込んで、携帯電話スマホを探そうとするけど、もちろんポケットなど付いている訳も無い。



 うぉぉぉしまった! 携帯電話スマホ忘れて来たぁ……!



 ……などと、妄想をしている内に、あっと言う間にエルフの村へ到着。


 この村にも本当の名前があるらしいけど、住んでいるのが殆どエルフなものだから、単純に『エルフの村』と呼ばれているらしい。


 また、ようやくここまで来て分かった事だけど、やっぱりあの恰幅の良いエルフは、村長だった様だ。



 ……ふぅ、これで余計な『ルビ』振らなくても良いぜぇ。すっきりした。



 村長の家は、村の中央部に建つ割と大きめの建物だ。


 その作りは、レンガで積み上げられた壁に、白い漆喰の様なものを塗布した、割と瀟洒な造りの家で、屋根瓦には赤く薄いレンガ状のものが組み合わされて、その屋根赤茶のコントラストが非常に美しい。


 この世界に来て、初めて丘の上から眺めた、エレトリアの街なみも、同じ様な作りになってるんだろうなぁ。



 村長の家に招かれた俺たちは、村長からの長々しいお礼の挨拶を受けてから、ようやく村長の奥様が用意してくれた『ウリ』に手を伸ばす事に。



 まぁ『ウリ』って言ってたけど、完全に『スイカ』だな、これ。



 これが結構甘いスイカウリで、冷蔵技術も何も無さそうな家なのに、結構ひんやりしたスイカがこれでもかと提供されて来る。


 後から聞いた話だけど、このあたりの土地では、山の方からの雪解け水が自噴しているらしく、その自噴池にそれぞれ、スイカウリを冷やしているそうだ。



 ……ははは。ウチの田舎と似てるなぁ。



「皇子様、村長が、村の集会所の改築の件で相談があるとの事でございますので、少々席を外させて頂きます。すぐに戻って参りますので、このままここでお待ち頂けますか?」



 にっこり微笑みながら確認するリーティア



「あぁ、構わないよ。いってらっしゃい」



 うん、ええよ、ええよっ。行っといで。もう、リーティアだったら何でも許しちゃう!



 そういえば、さっきから村長とリーティアがいろいろ話している様だったけど、殆どがネイティブな英語だから、途中からチンプンカンプン。完全に聞き流しだ。


 俺は元々文系なので、多少英語のヒアリングは出来たはずなんだけど、ここまでネイティブでは殆ど聞き取れない。……無理無理無理。



 ……もう少し『英語』勉強しないとなぁ。



 そんな事を思いながら、村長とリーティアが村の集会場の方へ連れだって歩いて行くのを、村長の家の窓からスイカ片手に眺めてみる。



「へぇぇ、村長の家の前って、結構大きな広場なんだなぁ」



 俺がそのまま『ぼー』っと窓の外を歩く村人エルフの人達を眺めていると、さっきの美少女エルフ三姉妹が、窓の下迄ちょこちょこやって来て、手招きしながら、俺に出てこいと促しているみたいだ。



「おっ! もう元気になったのかな? よかったねぇ。今出て行くからちょっと待ってて」



 もちろん、そんな長いセリフを英語で言えるはずもなく、ガチな日本語で返事をする俺。……ちょっと恥ずかし。


 俺は、大きめのスイカをいくつかつまんでから、村長の家の玄関から顔を出すと、そこには先ほどの美人エルフ三姉妹が並んで出迎えてくれたんだ。



「あぁ、わざわざお礼なんて良いのに……」



 何か英語でお礼を言っている様なのだけど、やっぱりちんぷんかんぷん。たははは。


 まぁ、身振りや手振り、顔の表情なんかで、感謝の気持ちを伝えたいのは良く分かる。



 ……うーん、こんな時って、何て言うんだっけ? あぁそうそう。



 俺は満面の笑みを浮かべながら、左側のちょっとお姉さんっぽい美少女エルフに向かって、右手を差し出してこう言った。



「ノープロブレム!」



 その美少女エルフは非常に驚いた様子で、何か英語で話しかけて来るが、全くわからない。



 ……あぁそうさ。まったく分からない。



 ただその表情からして、特に嫌そうでは無く、モジモジしている様子を見ると、少し照れているだけだろう。


 ここは大人の包容力を見せる所だな。


 俺はすかさず、彼女の右手を取ると、ゆっくりと大きく握手する。



「シェイクはーんど。はい、これでお友達ね」



 次に俺はその右側にいる、長女とおぼしき少女の右手を紳士的にさっと取り上げる。



「はいはい。君もシェイクはーんど。こっちもお友達っと!」



 二人はその驚きに目を丸くしたまま固まっているみたいだな。


 何やら二人で慌てふためいた様に話し始めたけど、まぁ顔は笑っているから、喜びあっているんだろう。



 まぁそれはそうだろう。なんてったって『神様』に握手してもらえたんだからな。


 俺だって『お釈迦様』が出てきて握手してくれたら、めっちゃ喜ぶだろうしなぁ。



 そうこうしているうちに、リーティアと村長が集会所の方から歩いて来るのが遠くに見えたんだ。


 俺はリーティアに向かって大きく手を振りながら駆け寄って行く。


 もちろん、この後『大変』な事になるとは露とも知らずに……。 

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