第59話 お祝い行列

「先輩、あれって、本当に楽しいんですかね?」



 ここは神殿の中にいくつかあるダイニングの一つ。


 神殿の中のダイニングとしては中くらいの広さなのですが、中庭に面した扉を全開にすると、中庭の噴水を正面に見ながらお食事ができると言う神殿の中でも非常にお洒落な場所です。


 特に貴賓の方がお越しになられた場合にしか使われないお部屋ですね。



 先輩と私は給仕のお手伝いをする為、その部屋の壁際の所で皇子様のお食事風景を見ながら待機しているのです。



 先ほど、控えの間での一件の後、ちょうど私が先輩の部屋……今は私と同室です! から、お着替えを持って戻って来た所で、皇子様とリーティア様がお部屋から出て来られました。


 先輩はリーティア様の耳元で、ダニエラ様がお越しになった件等をご報告した後、リーティア様にそれとなく替えのお召し物を渡されながら『流血事件』について確認されていました。


 さすが先輩です。抜かりはありません。私も『流血事件』は非常に気になってました。


 しかし、リーティア様は、



「あぁ、その件でしたら私の治療魔法で元通りですよ」



 と笑顔で答えられたのです。



 そうかぁ。魔法かぁ……。



 司教様達――特にハイエルフの方々――は、いろいろな魔法が使えるとお聞きしています。


 私たちも神官になる過程でいろいろな魔法のお勉強をするのですが、まだ私は上手く使えません。


 早くリーティア様のように怪我や病気が治せる様な神官になりたいものです。


 ただ、先輩はそのお言葉を聞いた時に愕然とした表情です。



「それは……?」


「……って言うか、魔法で治るものなの? まぁ怪我と言えばケガの範疇なのかしら?」


「でも折角皇子様に開けて……」



 と、ブツブツと独り言を言っていました。変な先輩です。


 その後、ようやくダイニングでのご昼食となった訳なのですが、皇子様は何を考えているのか、リーティア様が差し出すお菓子や果物を食べる際に、毎回リーティア様の『指ごと』咥えようとします。


 その度に、これも毎回々々リーティア様は「キャッ!」とか「こらっ!」とか反応して……。



 皇子様、ちょっとメンドクサイです……。



 確かに皇子様は楽しそうですし、リーティア様もまんざらでは無さそう。


 まぁ、本人達が楽しいのであれば文句はありませんが、食事が一向に進みません。


 ちょっと後片付けする方の身にもなってほしいものですね。


 大体、私たちは皇子様達のお食事が終わらないとお昼ご飯が食べられません。


 もうちょっと、チャッチャと食事を終わらせて欲しいものです。


 私が不満げな顔で皇子様とリーティア様の様子を伺っているのに、横にいる先輩は頬を染めながら、とても羨ましそうに二人のお食事風景を眺めています。



「もぅ何言ってるの! 楽しいに決まってるじゃない」


「あぁ、羨ましいわ。私もああやってリーティア様と一緒にお食事がしたいわ」



 うん? 皇子様とでは無くリーティア様とですか。そうですか。ちょっと方向性が違う様な気がしますが、あえてここはスルーで。



「ねっ、ミルカもそう思うでしょ? リーティア様とお食事したいわよね!」



 おいおい、先輩。せっかくスルーしたのに被せて来てどうするんですか?


 折角の逃げ道塞いで何がしたいんですか? もぅ仕方が無いですね、今回は乗っておきますか。



「そっ、そうですね。私もリーティア様とお食事がしてみたいです!」



 私は精一杯の作り笑顔で、先輩にお返事しました。



「ふんっ! 何言ってるの?」


「あなたが私のリーティア様とお食事するなんて百万年早いわ! まずはもっと勉強して、神官になる方が先よっ!」



 おいおいおい、先輩。突っ込み処満載ですよっ! って言うか、上げて落とす作戦ですか! これは恐ろしい技です!


 大体、先輩が逃げ道塞いで来たんですよ。しかも何が『神官になる方が先よ』ですか。先輩だって神官見習いじゃないですかっ!



 ――本当に不本意です。



 そうは思っても、とてもそんな事を先輩に言う事なんてできません。



「……はっ、はぁ。そうですね……」



 思いっきりな棒読みで私の不満を先輩にぶつけます。



「でしょう! ほら見なさい。あなたも、もっと修行に励みなさいっ!」



 あぁ、この先輩に何を言っても効かないですね。薄々分かってはいましたが、今確信しました。



「それに見てみなさい」


「今度は皇子様が、リーティア様に食べさせて差し上げるわよ」



 何が『それに』なのかは分かりませんが、確かに今度は皇子様がリーティア様に『ベルの実』を摘まんで食べさせようとしています。



「ミルカ、見てなさいよ、今度はきっとリーティア様が皇子様の指をパクっと咥えるわよ!」



 先輩は何の権限を持っているのか知りませんが、リーティア様のこの後の行動を予知しようとします。



 ……



「ほら、リーティア、あーん、アーン!」



「もうっ、皇子様! 侍女たちが見ているのですよ。もぉぉ……」



 ――パクッ!



「あっ! リーティア、ほら僕の指噛んだでしょ! 噛んだ、噛んだ。あははっ」



「もう、知りません!お返しです! うふふっ」



 ……



 本当にやりやがりましたね、リーティア様……。 先輩に行動を読まれている時点で、ダメダメな気がします。


 そんなリーティア様の様子を、本当に嬉しそうに先輩は眺めています。


 なんだったら、リーティア様が「あーん」と言うタイミングで、一緒にお口を開けてますね。


 あぁ、ほらほら、ヨダレがたれてますよ。もう、みっともないからヤメて下さい。


 そんな先輩のヨダレが床に小さなシミを作った頃。



 ――コン、コン。



 ダイニングの扉をノックする音が聞こえます。


 私は静かにダイニングの扉の方まで移動して、ゆっくりと天井まで届く大きな扉を開きます。



「皇子様に、急ぎご報告したい事があります。取り次ぎなさい」



 そこには、冷たい目で私を見つめる、ダニエラ大司教様が立っておられました。


 ヤバいです。ちょっとチビり掛けました。


 大司教様はとっても、とっても美人なのですが、真顔で命令されると冷たいを通り越して、恐怖しか感じません。



「はっはい。かしこまりました。しばらくお待ち下さい」



 私は、必死にそれだけを伝えると、急いでリーティア様の所に向かいます。



「リーティア様、大司教様が急ぎのご用件で、皇子様にお会いしたいとの事でございます」



 私は心の動揺を表に出さない様に、細心の注意を払いながらリーティア様にご報告します。



「わかりました。ただ、皇子様はご覧の様にお食事中です」


「大司教様には、しばらく廊下でお待ち頂ける様、お話しして来なさい」



 リーティア様は涼しい顔で私に指示を出します。



 ヤバいです……。


 とてもそんな事を大司教様に言う事はできません。しかし、それ以上にリーティア様にも言う事ができません。



「……かしこまりました」



 私はリーティア様の前で軽くお辞儀をすると、急いで扉の方へ向かいます。


 扉を開けると、結構な威圧感を保ったままの大司教様が、腕を組んだ状態で待っておられました。



「お待たせしました。大司教様。皇子様はただいまお食事中の為……」



 私がまだ話している最中にもかかわらず、その言葉を遮る様に大司教様が話し始めます。



「それでは直ぐにリーティアを呼んで来なさい。これは大司教命令です!」



 はうはうはう。大司教様、めっちゃ怒ってます。


 もう、目が怖いとかのレベルでは無く、存在自体がやばいです。完全に私を消し炭にする気です。



 残念ながら、ちょっと漏れました……。



「かっ、かしこまりました。しばらくお待ち下さい」



 もう一度扉を閉じると、私は半泣きで、リーティア様へご報告に向かいます。


 すると、今度はリーティア様がちょっと『イラッ』としたご様子です。



「ですから、皇子様のお食事のお手伝いをしている私が、この場を離れる訳には参りません」


「もう一度、大司教様にその様にお伝えなさい」



 無理、無理、ムリ、無理っ!


 絶対に無理です。大司教様、めっちゃ怒ってます。


 しかもリーティア様、笑顔のくせに目が全く笑ってません。


 はわわわわ。絶体絶命です。私はどうすれば良いでしょう?!


 ヤバいです! めっちゃヤバいです!



「あぁ、リーティア。僕は大丈夫だから、ダニエラさんの所に行って来てあげてよ」



 はあぁぁぁ! 皇子様、ありがとうございます! やっぱり皇子様優しい!


 って言うか、初めて皇子様を見直しました!


 これで、私の首の皮一枚、なんとか繋がりましたよ! グッジョブ皇子様!



「はい。承知いたしました。皇子様がそうおっしゃるのであれば、少し席を外させて頂きます」



 リーティア様はゆっくり席を立つと、とても優雅に皇子様にご挨拶をしてから扉の方へと向かいます。


 皇子様は何か鼻歌を歌いながらソファーに寝転んでいるのですが、どうみても大胸筋も上腕二頭筋も大した事はありません。


 先ほど助けて頂いた方にこんな事を言うのは大変失礼なのですが、どこが良いのでしょうか? 先ほどちょっと見直したのですが……



 やっぱり私にはわかりません。



 そうこうしていると、扉の外で大司教様とお話しされていたリーティア様が血相を変えて戻って来られました。



 あれ? どうしたのでしょう?



「みっ皇子様! お食事中失礼いたします」


「実は先ほどのエルフの村から二人の女性が参りまして、皇子様の『妻』になる約束をしたと申している様子」


「また村の方でも大変な騒ぎになっている様でして、お祝いを告げる村人が大挙して神殿に押しかけているとの事」


「何かお心当たりはございますでしょうか?」



 私は、そのお話を聞いた皇子様の顔から、ゆっくりと血の気が引いていくのを見逃しませんでした。

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