第56話 急接近
「……もう、皇子様っ!」
リーティアの頬が俺の左胸に押し付けられる。
「はうはうはうぅぅ」
突然リーティアからの積極的なアプローチを受け、その真意を理解できない焦りと、この後の展開に対する爆発的な妄想と興奮から、俺の心臓は早鐘の様に鳴り響いている。
しかも、その心臓の音を間近でリーティアが聞いている! と思うだけで、余りの恥ずかしさに、このままここで消えてしまいたい! との強迫観念に襲われる俺。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
よし、もっ、もう迷わないぞ! そう、俺は『やれば出来る子』なんだ。
そう言えば、俺は小学生の頃からよく先生に『やれば出来る子』って言われてたんだよな。
宿題は全然やって来ない、忘れ物は多い……と、先生から叱られてばかりだった俺だけど、不思議とテストの成績はそこそこ取ってたんだ。
授業中も、校舎から見える外の景色を『ぼー』っと見つめてばかりで、通知表には毎回『注意力が散漫です』と記載される始末だ。
もともと父さんや母さん自体も『のんびり』した人だったものだから、三者面談なんかで同じ指摘をされても、両親ともに『困ったものですねぇ』で終了だった。
今でも、そのセリフを聞いた先生が、頭を抱えてため息をついている姿が目に浮かぶよ。
そんな、放任主義で育てられた『ゆとり』な俺は、特に自分から積極的に『頑張る』と言う事も無く、平穏無事な学生生活を営んで来たんだけど、ついに俺の本気を出す機会が訪れたと言う訳だ。
よし、まずは名残惜しいが……いや、本当に名残惜しいんだけど、彼女の肩から手を外すぞっ!
意を決した俺は、そっと彼女の肩を掴んでいた両手を放して……。
しかし、俺の両手両指は、俺の脳からの命令に不服なのか、離れ際まで彼女にしがみつこうとした挙句、離れてしまってからも、しばらく指が『わきわき』する始末。
次は、両腕を彼女の背中の方へとゆっくりと押し進めて行く。
そう、ゆっくり、ゆっくりと。
何しろさっきは、いきなり襲い掛かったおかげで、『彼女に避けられる』と言う大失態をしでかしたばかりだ。
さすがの俺も学習したのだ。
俺の両腕は彼女を包囲する様に配置され、次にじっくりとその包囲網を縮め始める。
俺はリーティアの様子を探るべく、俺の左胸に頬を預けているリーティアを覗き見た……その瞬間っ!。
「はっ! そうだ皇子様、プレゼントがあるんでした!」
リーティアは俺の胸に添えていた両腕を急に伸ばし、その反動で飛び出す様に俺の体から頭を放したんだ。
「ゴッツ!」「うぐっ!」
「痛ったぁぁい!」
ちょうど彼女の様子を見ようと俺が覗き込んだ所だったので、リーティアの後頭部と俺の顎がガチで衝突!
俺は顎を吹っ飛ばされた反動で、天を仰ぐようにエビぞりになってしまう。
一方リーティアは、後頭部に俺の顎が当たった事で、後頭部を押さえたまま、その場でしゃがみ込んでしまった。
「……あぁ、ごめんっ! リーティア、大丈夫?」
俺はズキズキする自分の顎を押さえながら、リーティアに声を掛ける。
「いっいえ、私の方こそすみません。突然動き出してしまって」
リーティアの方も自分の後頭部を押さえたまま、ちょっと涙目になっている様子だ。
そのままお互いを気遣う様に暫く見つめ合った後で、なぜだか急に『可笑しさ』が込みあげて来たんだ。
「……はは、はっはは。はっは、ごめん、リーティア……本当ごめんねぇへへ」
「……ふっふふふ、いっいえ、いえ。あのっふふ。私の方が、本当にごめんなさい。ふふっ」
俺はまだ座り込んでいるリーティアにそっと手を差し伸べると、リーティアも自然に俺の手を取ってくれた。
俺は手のひらの上に乗せられた彼女の手を確かめる様に、もう一度強く握りしめた後、ゆっくりと彼女を引き上げる。
「皇子様、ありがとうございます」
「いや、本当にごめんね。痛かったろ、怪我は無い?」
俺は立ち上がったリーティアの頭を軽く押さえながら、彼女に頭に怪我が無いかを確認する。
「えへへ。ぶつかっちゃいました。ごめんなさい」
「ちょっと『たんこぶ』が出来てるかもしれませんね。ふふっ」
彼女は照れ臭そうにほほ笑みながら、自分の頭を撫でている。
えぇぇっとぉ、さっきまでの『良い雰囲気』は吹っ飛んじゃったけど、なんだろうな? とってもリーティアと近くなったって言うかぁ……これはこれで、良いなぁ。うん。非常にええ。
なんだかエロさや、思惑を通り越して、今ここにいる彼女を本当に愛おしいと思える様になったって言うかさぁ……。
おぉ、俺。この短期間でちょっと成長したかも?
女の娘とも、本当に仲良しになれた感、半端ねぇぇぇ。 あれ? 俺、ちょっとワクワクすっぞぉ! なんだこれ?
自然に彼女と触れ合えた事に対する驚きと、彼女との距離感を一気に縮められた安堵感が、俺の心を『幸せの空気』でいっぱいにしてくれる。
……はぁ。幸せぇ。
「そうそう、プレゼントでしたね!」
リーティアはまだ自分の頭を『なでなで』しながら、部屋のテーブルの上に置いてあった袋を持って来て、おもむろに中から何かを取り出そうとする。
「じゃーん、プレゼントのカエルさんTシャツでぇぇす」
リーティアが取り出したのは、白地に『ど根性系』のカエルさんがプリントされたTシャツだった。
「昨日、アル姉といっしょにユニ〇ロで買って来たんですよぉ」
「えへへぇ、かわいいでしょ?」
かなり自慢げにTシャツを見せびらかすリーティア。
「うん、本当に可愛いねぇ」
うんうん、可愛いよ。 もちろん、Tシャツじゃなく、『君の事』だけどね。
「えへへぇ。でしょう!」
Tシャツを誉められたと思ったのか、リーティアはとっても嬉しそう。
「さぁ、さぁ。さっそく着てみて下さい!」
「ほら、ほら。早く、早く!」
リーティアはうれしそうに俺にTシャツを渡すと、早く着る様に促してくる。
「はいはい。わかったよ。今着てみるからちょっと待って、待って」
リーティアのあまりの喜び様に、少し苦笑いしながら、自分が今着ているトゥニカを脱ぎすてた。
「みっ! 皇子様っ! もぉぉ、突然はダメですよぉ!」
「はいっ、目をつむってますから、早くお願いしますねっ!」
リーティアはそう言いながら、俺の方を向いたままで、両手で自分の目を隠してしまった。
もぉぉ何言ってるんだかなぁ、さっきは俺の胸に自分の頬を当ててたくせにぃぃ。
そんな恥じらいは全くいらない!……って事は全然ありません! いや、むしろ『大好物』で、推奨しますっ!
やっぱりこういう恥じらいが『奥ゆかしい』って言うか、日本情緒を体現しているって言うかぁ、もう、本当最高だよね!
でも良く考えたら、リーティアって、コロラド生まれのアメリカ人だったなぁ。
よくここまで日本男子のツボを押さえまくって来るとは……。
……リーティアってば、恐ろしい娘。
早速俺は、リーティアにもらったTシャツに腕を通そうとするんだけど、うまく入らない。
「あっ、あれ、リーティア。これ、ちょっと小さい! って言うか、ちょっとキツイ……かな?」
俺はTシャツに両腕を通した後、自分の頭を入れようとして、ジタバタする事に。
そんな俺の動きを察知して、ゆっくり自分の指の間から、俺の状況を覗き見るリーティア。
「あれ? 皇子様、大っきいから、入らないのかも?」
「あぁ、お手伝いしますね。えぃ、えぃっ!」
リーティアは俺の近くまで来て、Tシャツの裾を引っ張る様に助けてくれる。
俺はバンザイの体勢で、後は、頭が出れば完成なのだが、結構首回りが小さいのか、俺の頭が出て来ない。
「皇子様、ちょっと小さいみたいですから、一度に入れようとすると、破けちゃうかも?」
「焦らないで、ゆっくり、ゆっくり頭を押し込んで下さい!」
俺はリーティアの指示にしたがって、ゆっくりと頭をTシャツから出す。
――スポンッ!
ようやく俺の頭がTシャツの首回りの部分を通過。ちょっと首回り部分がヨレヨレになった感は否めないけど、まぁそこはご愛敬だろう。
「あーやっと入った。いやーちょっとピチピチだけど。何とか大丈夫だよ」
俺はようやく着れたTシャツを見ながら、リーティアに感想を伝える。
「あぁ、皇子様、本当に申し訳ありません。ちょっとサイズが小さかったから……」
申し訳無さそうな表情で、俺に謝罪して来るリーティア。
「でもまぁ、やっぱ、ユ〇クロって、最高だよね。肌ざわりが違うもの」
そんなリーティアの心配を吹き飛ばす様に、俺は上機嫌でリーティアに話し掛ける。
「皇子様に喜んでいただけて、本当にうれしいです!」
リーティアはそう言うと、Tシャツを着た俺に突然抱き着いて来て、俺の背中に手を回したと思うと、俺を『ぎゅ!』っと、そう『ぎゅぅぅぅ』っと抱きしめてくれたんだっ!
えっ? 何っ、俺。何が起こったの?
俺、もしかして、リーティアに抱きしめられてるの? マジ。マジなの?
これは現実、なの? 夢……なの?
今起こった突然の出来事を全く消化できない俺は、自分の胸元を見てみると、嬉しそうに目を細めて俺の胸に抱き着いているリーティアがいたんだ。
うっわ、リーティアここにいた。 こんな近くにいたっ!
いや、嘘じゃないんだ。本当だよこれっ!
何これ、俺、どうしよう。……本当にどうよう。
しかも彼女の結構な……そう、結構な『主張』をする胸が、思いっきり俺へと押し付けられて……もう、その圧迫感たるや、もう……何と表現するべきか。
ふっくら? いや、しっとり? 違う違う! こんもり? 全然違ぁうっ!
あぁぁ、残念ながら俺にそれを表現する語彙力そのものが無い! 申し訳ない! 童貞の
もう、はうはうはぅ……。
とっ、とにかく一度、リーティアに話しかけよう。このまま無言と言うのも変に思われるかもしれない。
「……あ、あのぉ、リーティア、ちょっと、その……君の胸がっ……大変な事に……うっぷっ……」
そこまで言いかけた所で、突然俺のTシャツに赤い斑点が浮かび上がった。
「……皇子様、どうしまし……」
俺の異変に気付いたのか、俺の胸に顔を押し当てていたリーティアがゆっくりと顔を上げて俺を見つめる。
「きゃあぁ! 皇子様、ちっ血がっ!」
突然リーティアが叫び声を上げた。
驚きの表情とともに、俺を見つめるリーティア。
そう、昨日に引き続き、俺は二回目の鼻血を出してしまったんだ……。
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