第54話 本能の叫び

「はぁ、はぁ、はぁっ……」



 今だっ!



「ふんっ!」



 俺は敵艦リーティアを拿捕すべく、渾身の力を込めて、両腕を発進させた!



 ――ブゥゥゥンッ!



 俺の両腕は『重低音』の唸り声をあげながら、一直線に敵艦リーティアに向けて襲い掛かって行く。



 取ったっ!



 俺はリーティアの体まで、あと数センチに迫った自分の両腕を視認した時、勝利を確信。


 だらしなく伸びた鼻の下とは対照的に、勝利の喜びを表すかのごとく、口角を上げる。……だが、しかし!



「キャァッ!」



 突然、悲鳴を上げてしゃがみ込むリーティア。



「ぅえぇっ!」



 俺の両腕は無残にも、先ほどまでリーティアの存在していた空間を見事に通過。


 そして、その両腕は『最大船速』の勢いを維持したままで、自分の体をこれでもかっ! と強打する!



「うぶっっ!」



 人間、渾身の力で自分自身を抱き締めると、体の各所に恐ろしいぐらいのダメージが発生するらしい。


 悔しいのでぜひ一度やってみて欲しい……と思ったりもするけど、決してお勧めはしないよ。


 それは、リミッターを外した状態で、自分自身を全力で殴ったに等しいんだから。



「ぐぐっ!……ぐえぇぇぇぇぇ」



 はぁっ……ヤベッ。めっちゃ苦しい!


 それ以上にめっちゃ恥ずかしい! 何これ、なんで空振りすんだよ?



 全く事態が呑み込めない俺は、急激に押しつぶされた肺の痛みに耐えつつ、驚きの表情でリーティアを探す。



 えーっ! 何なに? どう言う事? リーティア普通にしゃがんでるじゃん!


 例えば運よくリーティアが転んだとか? それとも急にくしゃみが出て座り込んだとかぁ?


 無い無い無い! そんな偶然あるぅ? いや、いや、絶対に無いっ! そんな学園物の恋愛小説みたいな偶然、起こるはずが無い! 断じて無い。もしあったとしたら、神が許しても、俺が許さん!



「もぉぉ、皇子様。びっくりするじゃ無いですかぁ」



 しゃがみこんだリーティアは、少し不満げなジト目で俺を見上げて来た。



「突然、両腕でつかまれそうになったら、誰だってけますよぉ」


「もぅ、本当にどうされたんですかぁ?」



「……ええっ?」



 えーっ。そう言う事なの? ただ、それだけ? 人間って、急に捕まえようとしたら、避けるものなの? ……うーん。うーん?……。避けるか? ……うーん。避けるな。俺だって避ける。


 えぇぇぇ。それじゃぁどうすれば良かったの?


 素朴な疑問が俺の脳内を支配するが、その答えは急には見つからない。



「あぁ、いや、……あの、そのぉ……リーティアが……リーティアがあんまり可愛いから、ちょっと抱き寄せてみよっかなぁ……なぁんてねっ」



 うっわ。俺、どしちゃったの俺? あまりの恥ずかしさに、一周回って本心しゃべっちゃったよ! うぁぁぁキモッ! 俺、キモッ! 絶対、リーティアに嫌われる、嫌われるぅぅぅ!


 もう、心の中では乾いた笑いしか起こらない。


 自己嫌悪による愚痴を一通り吐露した後で、自分自身のあまりにも不甲斐ない姿に、涙が溢れそうになる。



「……なぁんだ、そんな事でしたか」


「どうぞ、ご自由に抱き寄せて下さって構いませんよっ?」



 そんな俺の中での葛藤を気付く素振りも無く、床にしゃがみ込んだ時についたホコリを、『ポンポン』と払いながら、リーティアは俺にやさしい笑顔を見せてくれる。



「でもぉ、突然はダメですよっ!」


「それに……あんなに思いっきり来られては、さすがに誰でも避けますからねっ」



 そう言ってリーティアは俺から巻き取った「トガ」を、一旦横のテーブルにキレイに畳んで置いた後、いそいそと、もう一度俺の前に戻って来てくれる。



「お待たせしました。さぁ、どうぞっ」



 えぇぇぇっ!……さささ、さぁどうぞっ...って言われてもぉぉぉ!


 俺が面食らっていると、さらに言葉を付け加えるリーティア。



「大丈夫です。今度は逃げませんよ?」



 リーティアは両方の手を後ろ手で組んだまま俺の前に立ち、その端正な顔を俺の方に向けつつも、少し恥ずかしいのか、両方の瞳は伏し目がちに下を向いている。


 俺とリーティアの距離は、およそ六十二センチメートル――慶太による目測調べ。


 残念ながら正確な定規が無いので、正しい数値を公開する事は出来ないのだが、俺の中の画像処理班の測定の結果、前後の誤差は六パーセント未満であると推定される。



 もう、二人の間を遮るものは何も無い……。 



 いやいや、なんだったら、リーティアの前方に配置されている二つの双丘ショックアブソーバーが俺と彼女を隔てる巨大な隔壁であると言えなくも無い。


 しかし、残念ながらその隔壁バストを含めてリーティアなんだ。


 隔壁それ自体は俺にとって何の障害物にもなりはしない。 まとめて面倒見るので、どーんと来いっ! はっはっはっはっは。何言ってるんだ俺?



「あっ……あぁそう……だね」



 俺は精一杯の強がりと、大人の雰囲気を醸し出しながら、リーティアの提案を肯定。


 そうさ、ここで断る理由なんて何も無い。


 何しろリーティアが了承しているんだ。俺は素直にリーティアのご厚意に甘えれば良いんだ。



「……ふぅぅぅ」



 俺はゆっくりと深呼吸をして、心を落ち着かせる。


 俺はこれまで二十一年生きて来て、一度も女性をその手に抱いた事が無い。


 あぁ、正確には一昨年、近所で生まれた赤ちゃんおんなのこを抱いた事はあるが、まぁそれはノーカンだろう。



 まっまずは、どっ……どうすれば良いんだ?



 昔、飯田せいぎに思い切って聞いた事がある。『その時はお前の中の本能おとこが勝手に何とかしてくれるよぉ』なぁんて気軽に言っていたけど、残念ながらこの後に及んで、まだその本能おとこさんがとんと現れてくれない。



 やばいっ!


 時間だけが刻々と過ぎてゆく。


 さすがにリーティアにも不審に思うだろう。


 俺がそっとリーティアの顔を覗き込むと、同じように見上げて来た彼女と目が合う。



「……大丈夫ですよ。さぁどうぞっ」



 再び優しく促してくれるリーティア。



 うがぁぁぁ!! 何が大丈夫なんだかなぁ! 全然大丈夫じゃないよぉ。


 もう俺、どうしよう! ねぇどうしよう! どうしたら良いと思う?


 心臓も脳みそも爆発しそう。もうキュン死確定!



「……ふぅ」



 頭の中が混乱パニックで『真っ白』になった俺は、とりあえず深呼吸を一つ。


 待てまて、俺。落ち着くんだ、俺。こんな機会、二度と無いかもしれない。


 って言うか、二度と無いに違いない。



 この後に及んでようやく決意が固まった。


 俺はやるっ! 俺はやるぞぉぉ!


 俺はリーティアの両肩にゆっくりと手を伸ばし、その肩に触れようとする。



 ――ピクッ



 俺が軽く触れた瞬間、少し驚いたのか、彼女の肩が少しだけ震えた様に感じたのは俺の気のせいなのか? ただ、もう俺の気持ちは止められないっ!


 そのままの勢いで、彼女の肩をゆっくりと手の平に包み込む。



 はうはうはぅっ! 女の娘の肩って、小っさっ! 本当に小っさっ! しかも柔らかぁぁぁい。マシュマロみたぁぁい。


 ねぇねぇ!こういうのを華奢きゃしゃって言うんだよね。 そそそっそんな事より、初めて女の子に触っちゃったぁぁぁ、俺……。どうしよう俺っ! どうなるの俺っっ!



 両肩に触れられても、そのまま伏し目がちに下を向いたままのリーティア。



「はうはぅはぅっ……はあぁぁぁぁぁ!」



 俺は、本能のおもむくままに、今まで発した事の無い様な声を上げてしまう。



 はあぁぁぁっ! ついに俺の中の本能おとこさんが登場してしまったぁぁぁ! ……でもカッコ悪ぅ?!

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