第42話 控えの間での秘め事
「……はい」
そう、素直に返事をしたリーティア。
薄暗い室内をゆっくりと俺の方に向かって歩いて来る。
少し朧気ではあるけれど、両方の手を胸の前でもじもじしている様だ。
そして、俺の目の前、もう俺がそのまま手を伸ばせば、十分抱きしめられるくらいの距離。
ここまで来れば、リーティアのその表情も、十分確認できる。
リーティアもなんだかんだで、160cmぐらいはあるから、俺より少し小さいぐらいかな。
おそらく、日本で並んで歩けば、ヒールの分を考慮すると、俺とほとんど変わらない身長になるんだろう。
ちなみに、ダニエラさんは身長179cmらしいから、ヒールなんて履かれた日には、完全に見上げる事になるなぁ。あはははは。
そんなリーティアは、俺の目の前で立ち止まり、俺にやっと聞こえる程度の小さな声で話し始めたんだ。
「皇子様、まずはお召し物をお預かりいたします」
リーティアはそう告げた後、俺が纏っていた『トガ』の端を俺から受け取ると、ゆっくりと俺の周りをまわりながら、その『布』を折りたたんで行く。
――おほほほ、そう来る訳ね。
『トガ』は、成人男性が体に巻き付ける大きな一枚布で、日本で言う所のよそ行きのアウターの様なものだ。
よく見るギリシャ彫刻なんかで、成人男性がゆったりと纏っている布がそれだ。
非常に長く、優に体を二周ぐらいしているので、もちろん一人で着る事なんて出来ない。
まぁ、脱ぐだけなら簡単なんだけど、こちらの文化レベルでは『布』は非常に貴重品らしいから、リーティアは『トガ』が床に触れて汚れない様、ゆっくりと脱がせてくれていると言う訳だ。
「皇子様、少し両腕を横の方に広げていただけますか?」
「あっ、あぁ、わかったよ」
俺は、ブラジルコルコバードのキリスト像の様に、両方の手を横に大きく広げてみせる。
そしてリーティアは、俺の手の下をゆっくりとくぐる様にして、俺の『トガ』を巻き取って行くんだ。
はぁぁぁぁ。俺の手の届く範囲をゆっくり美少女が回ってるって、いったい、どういうアクティビティなの? これ? 回転寿司? いやいや、回転なに? めっちゃ楽しい。これだけで、めっちゃ楽しい。
それに、リーティアって何回も言うけど、本当に良い香りがするんだよねぇ。
ふわっと香ってくるこのフレグランスって言うの? それともフェロモン?
女の子って、どうしてこんなに良いにおいがするんだろう。本当に不思議だ。
きっと女性の、特に美少女からは何か特殊な粒子が発散されてて、その濃度の濃い所に男性が入ると瞬時に恋に落ちてしまう様にできているに違い無い。
なんだったら、ミノフ〇キー粒子の様に、レーダや赤外線の一部についても阻害する効果が認められる可能性もあるな。
ぜひ一度リーティアにお願いして、空間のリーティア粒子 ――たった今、俺が命名―― の濃度について、じっくり、ゆっくり、きっちり、かっちり、測定させていただく事にしよう。
まぁ、それは『おいおい』で良いとして……。
それから、リーティアが結構近い所を通るから、俺の腕とかにリーティアの髪の毛が『チョッ』と触れたりなんかして……あぁ。
もう、辛抱たまらん!
と、そこで、俺は非常に重要な『ある事』に気が付いた。
およよ。待てよぉ……。
これはもしかして、そう言う事か? そう言う事なのか? いや、そう言う事以外考えられないだろう!
つまりこれ、リーティアが『わざと』やってるって事じゃないのか?
はーいはいはい。なるほど、なるほど。そう言う事ねぇ。
それならば全て合点が行くゾ!
俺にわざと両手を広げさせ、その俺の周りをリーティア自身がゆっくり回ると……。
するってーと、次に俺の目の前に来た時に、俺が『つーかまえた!』とか何とか言っちゃって、リーティアを捕まえるという
いや、いや、いや、その
いや、しかし、そうか、そうか。そうだよな。まだ若いリーティアに、いきなりご主人様の胸に飛び込みなさい! と言うのは、かなりの勇気が必要だろう。そうさ、そんな事をさせちゃいけない。
しかしだよ。服を脱がすと言う『必然』の前で、たまたま ――本当にたまたまだよ!―― 俺が目の前のリーティアを思わず抱きしめたとしても、文句の言われ様が無い。あぁ、言えるはずも無い。
はっはーん。だから最初にリーティアは、俺に念を押す様に『二人きりになれましたね!』って言ったのかぁ。
なるほど、なるほど! ようやくすべての謎が明かされたぞ。
何しろ俺は空気の読める男だからな。――真実はいつもひとーつ!
となれば、話は早い。ちょうど今、リーティアは俺の後ろ側だ。 あと数歩で俺の左腕の下をくぐる事になるだろう。
やべ。緊張して来た。ちょっとお腹いたいかも。
「はぁ、はぁ、はぁ。ふぅ……」
俺の心臓がまるで俺のものでは無い様に不規則な動きを始める。
こらこらこら! 俺の心臓! がんばれ。もうちょっと落ち着け!
加速度的に早まる鼓動に合わせて、体中に大量の血液が搬送され、俺の体温が急激に上昇して来た。
「あら……、皇子様、少しお熱が?」
ちょうど俺の左脇腹のあたりの『トガ』を回収している最中のリーティアが、すこし屈みながら俺の左腕の下をくぐって来た。
俺の左わき腹の所から見上げる様に俺を気遣うリーティア
うーん可愛い! 本当にもう、どうしてくれよう! あんな事して、こんな事までしてくれる!
と、その時、俺の脳内で緊急を知らせるアラームが鳴り響く
――警戒警報! 警戒警報!
――繰り返す。敵は最終防衛ラインに到達した! 即時、最終兵器へのエネルギーを充填、発砲に備えよ。
『トガ』の巻き取りは、およそ俺の体を二周する。すでに最初の時点で俺の目の前を通過しているので、これが最後の通過となる。
現在
つまり、現在の左手の最終防衛ラインから、右手のデッドライン迄の間に、
――総員緊急戦闘配備! 総員緊急戦闘配備!
――両腕へのエネルギー充填率98% ――ラジャー。
敵艦は前方のリーティア。敵艦が
――カウントダウンを始めます。
10、9、8……
――電影クロスゲージオープン。仰角下方修正2度。――下方修正2度……ラジャー。
俺の脳内では、最終シーケンスに合わせて、その準備が着々と進められてゆく。
――両腕のエネルギー充填率112%確認。――112%確認……ラジャー。
――最終安全弁アンロックします。 ――アンロック確認……ラジャー
この時点で
――5、4……
――総員、対ショック、対閃光防御!
――3、2、1……
――ファイヤァーー!
――ファイヤ! ――ファイヤ!
俺の脳内から発せられた指令は、脊髄を経由して、両腕の筋肉へと伝達。即座に筋肉を取り仕切る神経が命令を復唱した後、充填されたエネルギーをこれでもかと一気に消費して、
「キャァッ!」
控えの間には、リーティアの悲鳴が響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます