第15話 ねこのみーちゃん(中編)
「みー」
神様の家の扉の多くは、木と紙で出来ているの。珍しいでしょ。
小さな私でも簡単に開けられるわ。
でも、初めてこの家に来たとき、思わずこの扉で爪を研いでしまったの。
そうしたら、私の病気を治してくれた、とっても偉い女神様に、とんでもなく叱られたの。そう、とんでもなくよっ!
何しろ、その日は「ご飯無し!」って、言われたのよ!
もぅ信じられない! そんな事ってある? ねぇ、ねぇ、あなたっ、どう思う?!
さすがに、私も不味いことをしたわ。……とは思わずに「この女神様、ちょっと壊れてるんじゃないの?」って思ってしまったの。
今思えば、不敬もはなはだしいわね。
しかも、その後「もう死んでやる!」って言って部屋を飛び出してやったわ。
でも良く考えたら、私、もう天に召されてたわね。てへっ。
でも、本当は知っているの。
その日の晩ご飯は、私のご主人様のご飯が2倍になっていたの。本当よ。
私のご主人様は「あー食べきれないわー」って言って、残りの半分を私の方へそっと置いてくれたの。
あの、恐かった女神様も、見て見ないふり……。
みんな、素直じゃないのよねぇ。私全部知ってるんだから。
だから、私も反省する事にしたわ。もうこの扉で爪は研がないって。
それに、昨日は爪を研ぐ為の、大きな丸太を持って来てくれたの。これでなら、いくらでも研いでいいんだって。
もー本当に優しい人ばかり。
最近は、辛い事や、苦しい事が多かったから、そんな皆の優しさが嬉しくて、昨日はずっと泣いていたの。
そうしたら、ご主人様が、また私の頭を優しく撫でてくれたのよ。
そのまま私が泣きつかれて眠ってしまうまで、ずーっといっしょにいてくれたわ。
なんてすばらしいご主人様なのかしら。
一生、ご主人様に付いて行くわ。でも、もう天に召された後だから、本当にずーっと一緒なのかも。
……幸せ。
そんなご主人様が大事にしている扉だから、細心の注意でそっと開けなきゃ。
扉をそっと開けると、その中に音もなく滑り込んだわ。
……スッ
私達は、獲物を狩る時も音をたてずに近づく事が出来るの。種族的な特性なのかもしれないわね。
部屋の中は少し薄暗いけど、少し開いた扉から差し込むほのかな光があれば十分。
私、かなり夜目が利くの。
中にいたのは、ご主人様よりも、もっと、もっと偉いと言う、例の皇子様の様ね。
皇子様は自分が横になっている褥を少し持ち上げて、そこに入る様に促して来たわ。
だいたい、男の人のする事ってみんな同じね。
そんなに偉い人から夜伽に誘われたのだから、絶対に断る訳には行かないわね。
そんな事をしたら、私の沽券に関わるし、もしかしたら、私のご主人様の名誉にキズが付くかもしれないもの。
精一杯ご奉仕しなければいけないわね。
皇子様の褥はとっても温かい。もともと、あまり寒いのは得意ではないの。
このまま皇子様といっしょに眠ってしまいたい。……と言う思いが押し寄せて来るわ。
でも駄目ダメ。そんな事は出来ないっ!
何しろ、ご主人様よりも偉い男の人に、褥に誘われたのよ。私の出来る限りのサービスを提供して差し上げるわ。
皇子様が着ているのは、とても不思議なお召し物なの。どこから入れば良いのかしら?
とりあえずお腹のあたりから攻めてみようかな。
……どうやら正解ね。
ここから、皇子様の中に入って行けそう。
いきなり入って行くのでは、風情も何も無いわね。ここは私の高度なテクニックでお腹を舐めて差し上げるわ。
「ペロペロ、ザリ、ザリリリ...。」
私の舌はちょっとざらざらで、とっても気持ちが良いって評判なの。
ほら、ほら。皇子様も喜んでいる様ね。
お腹の方は、こんな所かしら。それじゃあ、そろそろ本丸へと向かいましょうか。
……ゴソ、ゴソッ
あら? 皇子様は急に私を捕まえて、抱き抱えられてしまったわ。おかしいわね。これからが本領発揮なのよ。
そのまま私を自分の目の前に持ってきて、ぎゅーっと抱きしめて来たの。
もう、皇子様ったら積極的ね。きっと私のテクニックが凄すぎて、我慢できなくなったって事ね。
それなら仕方が無いわね。このままぎゅーってされててあげる。
「くー」
でも、そのまま皇子様は私の胸に顔を埋めて、かわいい寝息をたてながら眠ってしまわれたわ。
んもぅ、これからって時なのに。仕方が無いわねぇ。
とっても偉い神様って事だから疲れていたのかもね。
私もちょっと嬉しくなっちゃって、皇子様の頭を撫で撫でしながら、ぎゅーってしてあげたの。
……私、皇子様の事、ちょっと好きかも。
私の大好きな人ランキング、ちょっと恐い女神様を抜いて、堂々の第二位にランクインね。
もちろん、第一位は、ご主人様よ。
その時、皇子様の頭ごしに、私が入って来た扉が見えたの。
そこには、私のご主人様が、中を覗いていたのよ。
「みー」
ご主人様、見てみて。私ちゃんと皇子様の夜伽のお相手をしているのよっ!
ちょっと誇らしげにご主人様に目配せしたの。
そしたら、ご主人様はすごく慌てた様に、私に手招きするのよ。まるで早く帰って来いって言ってるみたい。
でも最初に誘って来たのは皇子様なのだから、私から勝手に褥を離れる訳には行かないわ。
それに皇子様は私の胸の中で。もうぐっすり眠っておられるの。
安心しきったお顔を見ていると、このまま一緒にいてあげた方が良さそうね。
なぜか、ご主人様はとっても慌てた様子で、廊下の左右をきょろきょろ。そして、おろおろしながら何度も、何度も私に「帰って来い」って促すの。
だ・か・ら、皇子様がぐっすりお休みだから、私は動けません!
やれやれ。困った事を言うご主人様ですねぇ。
その時、急にご主人様が扉の前に背中を向ける様にして、まるで誰かから扉を隠そうとしている様子。
はて? 誰か来たのかしら。
皇子様に抱きしめられながら、皇子様の頭越しに扉の方を見ていると、ご主人様の足の間からもう一人のハイエルフ様が部屋の中を覗いて来たの。
最初は良く見えてなかったのかしら、少し目を細めて中を伺っていた様だけど、私と目が合った後、だんだんその瞳が驚きとともに見開いて行くのが分かったわ。
「……マズイッ!」
私の中の野生の本能が、最大限の(命に関わる)緊急事態である事を告げている。
私は何か過ちを犯したのね。
もう一人のハイエルフ様は、両目は驚きで見開かれたままの状態で、それ以外の顔の表情は完全に失落しているわ。
さっきテルマリウムで見た、乾いた笑顔に恐怖したけれど、あれはまだ可愛い方だったわ。
今のこの顔は、憎悪と言うだけでは説明できない、相手を完全にこの世界からチリ一つ残すこと無く抹消すると言う、強い決意が波動となって押し寄せて来る表情をしている。
「……殺られるっ!」
私は「死」を覚悟したわ。
あぁ、私はもう天に召されているのだから、死ぬことは無いの。と言う事は、これから地獄に行く事になるのかしら。
あまりの恐怖に、ピクリとも出来ない私。
ハイエルフ様の体からは、小さなイナズマの様な光があちこち迸ってる。
ダメ。今動いちゃ絶対に駄目。
今動いたら負けよ。負け=死よ!
私なら出来る。ハイエルフ様が動いた瞬間、私は後方へ飛ぶわ。そう、私なら出来る。
私は以前に、グレーハウンドの爪を同じ方法でかわした事もあるのよ。失敗はしないわ。
ご主人様は、既に扉から離れ、廊下の向こう側で両手で顔を覆ってるわ。きっと見てられないのね。でも本当は、しっかり指の間から事の成り行きを見ていらっしゃる。
ご主人様に恥ずかしい所は見せられない。
さぁ、きなさい! 勝負よ! 白い悪魔!
こうして、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます