第14話 ねこのみーちゃん(前編)

「いやー楽しかったなぁ……」


 長かった宴会もようやく中締めとなり、母さんからは、(疲れているだろうから)と言われて、一足先にお風呂を頂く事に。しかも、今はもう客間の布団の中だ。


 本来は自分の部屋で寝れば良いのだけども、元の俺の部屋は既にアル姉が占拠していて、いつも実家に帰ると客間に布団を敷いてもらっているのだ。


 どうも、明日は朝から異世界?へ行く準備があるとかで、リーティアさんもアル姉の部屋に泊まって行くみたいだし……。


 母さんの話によると、リーティアさんが「自分は既に俺に下賜された身なのだから、当然ここに残るし、一緒の部屋で寝るっ!」と言って聞かなかったらしい。


 さすがに、同じ部屋はどうか? と言う事で、母さんが無理やり説得して、アル姉の部屋に泊まる事で納得させたそうだ。



「うーん……」



いやいや、俺的には一緒の部屋で寝ても問題はない。そう、全く問題はない。


 まぁ、問題が発生しないのか? と、問われれば、あながち、そうとも言い切れなくもないかも知れない事は、吝かでは無い様な気がしないでもない。


 もちろん、主人の当然の権利として「一緒の部屋で俺は寝る!」と男らしく主張する事も出来ただろう。



 ……うむ、是非そうしたい。



 が、空気の読める俺は、もちろんそんな主張はせず、アル姉の敷いてくれた客間の布団の中で、ちょっとモジモジしている訳だ。ははは。



 もうひとつの手(手?)としては、俺は元の自分の部屋で寝る! と主張して、アル姉やリーティアさんのいる部屋へ俺自らが赴く。と言う方法も考えられるだろう。


 おぉ? これはいい方法じゃないか?


 しかし、その場合は両手に花は良いのだけども、さっきリーティアさんと約束した、“あの”続きをつつがなく遂行するには、「二人きり」と言う条件をクリアする事ができない。


 ……そうなると、アル姉が邪魔と言う事になるのか?


 いやいや、あのアル姉だぞ! どこに邪魔な要素が有るんだ?!


 あの甘え上手なアル姉の事だ、きっと「けーちゃん、今日はちょっぴり寒いから、昔みたいに一緒に寝よっか?」とか、言い出すに違いない。


 そうなると、リーティアも決して黙ってはいないだろう。


 「私は皇子様の一番奴隷なのですから、アル姉と言えどもこれは譲れません。皇子様は私と同じ布団で寝て頂きますっ!」とか言っちゃって、後には引かない感じだな。あの娘、結構頑固そうだしな。


 するってーと、まぁ二人でもめ出す事になるわなぁ。……へへへへ。



 やれ、「けーちゃんは昔から私と一緒だったのっ!」やら、「皇子様の面倒は私が見るんですっ!」やらやら。


 こう、川の字で並んだ布団の間で、二人から両手を引っ張られて、「あいててて、痛いよアル姉ぇ」、「おっとっと、変な所に触れちゃってるよリーティアさん」とか何とか言っちゃって……。


 おいおい、困ったなー、はははは。


 しかし、そこは年の功、アル姉が上手くリーティアさんをなだめすかして説得し、結局真ん中の俺の布団で三人がぎゅうぎゅう詰めで寝る事になる訳だな。


 そうなると、「けーちゃん、ちょっぴりはみ出しとるから、もっとくっついていい?」とかアル姉が言い出して、あのダイナマイトボディがぎゅーっと。


 更に、負けず嫌いのリーティアさんも「私の方がはみだしてますぅ」とか言っちゃって、俺にぎゅーっと。


 おほほほほほ。こりゃたまらん。やべ、鼻血出そう。



 両手で枕をぎゅーっと抱き抱えながら、ちょっとクールダウンするため深呼吸を繰り返す。



「ふう……馬鹿バカしい。寝よ寝よっ」



 一通り妄想の大海原を泳ぎ回って疲れた俺は、心にいくつものモヤモヤを残しつつも、かなり飲んだ酒の助けもあり、ゆっくり、ゆっくりと夢の中へと吸い込まれて行った。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「みー、みー」



 まどろみの中でみーちゃんの鳴き声が聞こえる。


 多分、今日は誰の布団に潜り込もうかと考えながら、廊下をうろついているのだろう。



 ぼーっとした頭の片隅で、(そういえば、今回は、まだみーちゃんに挨拶してなかったなぁ)とか、思いながら、廊下に向かって、多少ろれつの回らない口調でみーちゃんを呼んでみる。



「みーちゃん、おいでー、おいでー。お布団に入れてあげるよー」



 その声が聞こえたのか、みーちゃんは器用に襖をそっと開けて入って来た。



「……みー」



 俺はみーちゃんを招き入れる様に少しだけ布団をめくってやると、“するりっ”と俺の布団に入り込んでくる。



 あーやべ、みーちゃん、温ったかーい。



 ねこは人間よりもずいぶんと体温が高いのだろう。急に体がぽかぽかしてくる。



 みーちゃんずいぶん大きくなったなぁ。アル姉に沢山食べさせてもらってんのかなぁ。



などと、どうでも良いことを考えていると、みーちゃんがおもむろに俺のパジャマのズボンの中に顔を突っ込んで、俺の下っ腹をザリザリの舌で舐めて来たのだ。



「……もぉー、駄目だよっ」



 より温かい所を探しているのか、更に潜り込もうとするみーちゃんを“ひょい”と引き離し、両手でぎゅーっと抱きしめる。



「はい、みーちゃん、ねんねするよぉー」



俺は、とっても温かくて、ふわふわなみーちゃんの二つの膨らみに顔を埋めながら、深い眠りに落ちて行くのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ……私はミカエラ。


 数日前、海岸近くの洞穴で、怪我と病気、更には空腹で動けなくなっていた所を、今のご主人様に拾われたの。


 私を拾って下さったのは、神様に直接仕える、とっても偉いハイエルフと呼ばれる方らしいわ。


 神殿でエルフの方達がそう話しているのが聞こえたもの。



 そのとっても偉いハイエルフ様でも、私の病気は治せなかったらしいわね。私は促されるまま、プロピュライア(神界の門)をくぐる栄誉を与えられる事になったのよ。


 この世に残された妹の事が本当に気がかりだったけど、ハイエルフ様でも直せない病気なら仕方が無いわ。


 生き残る為には、どんな事でもしてきた私ですもの。門の先は地獄に決まってる。でも、ここよりひどい地獄なんてない。そう思えば、私に不安や恐怖は無かったわね。


 そして、プロピュライアをくぐると、そこには……うーん?


 少なくともそこは地獄では無かったわねぇ。


 でも、天国とも少しだけ違う様な……。



 そこでは、神族様とハイエルフ様が見たこともない衣装を着て暮らしていたの。


 お屋敷も結構古めで、エレトリアとは違って、木で作られた小さなお家。


 いえいえ、とっても広いのよ。広いのだけど、でも……前のご主人様のお家よりもかなり……かなり狭い感じ……。



 うーん。意外と神様って質素な暮らしをされているのね。



 でも、ここが天国寄りなのは、間違いないわ。


 まだ3日しか暮らして無いけど、毎日とっても美味しいご飯が食べられるの。毎日よ!毎日。


 最初は食べ方が汚いって、少し叱られたけど、最近は誰も私のご飯を取らないって分かったから、ゆっくり食べる様にしているの。


 そうしたら、全然叱られなくなったわ。


 それに、新しいご主人様は、いつも私が食べ終わるまで頭をなでながら、微笑んでいてくれるのよ。とっても幸せな時間なの。


 もう、ご飯とご主人様が居れば、他には何もいらない。……もちろん、ご飯が先よ。



 こんなことなら、もっと早く神界に来れば良かったわ。



 もう、天に召されてしまった私には、妹を迎えに行く事は出来ないけれど、妹が神界に来た時に、また一緒に暮らせると思うと、その日が本当に待ち遠しいの。


 それから、今日はご主人様と一緒にテルマリウムに行ったの。



 何しろお家の中にテルマリウムがあるのよ! 前のご主人様のテルマリウムよりもかなりこじんまりとしてはいるけどねっ。



 今日はご主人様の他にも、もう一人のハイエルフ様も入って来られたわ。


 一緒にお湯の中に入ると……あぁー、気持ちいいー……。


 私達の仲間には、あまり濡れるのを好まない者も多いけど、私は別。テルマリウムは最高よ。


 お湯の中でハイエルフ様を眺めていると、そこには大きな丸い玉が1,2,...4個浮かんでる。


 なぜかしら、すごくフミフミしたくなる。



 ……フミフミ、フミフミ……。



 とりあえず、ご主人様のをフミフミしてみる。


 ご主人様はにっこり微笑んでくださって嬉しそう。私も嬉しい!


 もう一人のハイエルフ様にもフミフミ。


 あっ、ちょっと爪立っちゃった。



「スパーン!」



 即刻、そのハイエルフ様から、軽く記憶が飛ぶぐらい叩かれたわ!



「みー! みー! みー!」



 私は直ぐにご主人様に助けを求めたの。


 どうやら、このハイエルフ様の身体は、ご主人様よりもっともっと偉い皇子様の物だから、傷を付けては駄目らしいの。



 それを最初に言っておいて欲しかったわ。



 このハイエルフ様、顔は笑っておられるのだけど、目は全く笑って無いの。……怖い。


 このハイエルフ様だけは、逆らっては駄目ね。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ふぅ、良いお湯だったわ。


 少し鼻歌を歌いながら、寝床の方へ歩いていると、誰かが私を呼んでいるの。



「……おいでー、おいでー……」


 まだ、神語はよく分からないけど、「おいでー」は覚えたわ。


 呼ばれたら行かなくちゃだわね。


 でも、この時行かなければ……と後で後悔することになるとは、思ってもみなかったのよ。

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