第6話 高橋家の宴(ハンドパワー)
「いやいや、だぁかぁらぁ。異世界じゃあワシが神様なんだってっ!」
執拗に自分は神様だと主張してやまないじーちゃん。
高橋家の宴は大分お酒も回り、そこかしこで、歌ったり踊ったりの大騒ぎの様相だ。
「だから、それはドリ○ターズの神様コントでしょ。俺ネットで見たことあるものぉ」
結局父さんは、俺がじーちゃんのホラ話を全く信じていない事に安心したのか、適当な所でじーちゃんの相手を俺に押し付けて、ダニエラさんと趣味の車の話に興じている。
「じゃあじーちゃん、その異世界村は、いったいどこの何県にあるんだよ」
俺は真剣な眼差しで、じーちゃんに食ってかかる。
「いや、だから、岐阜県のあの有名な隕石が落ちた村の近くでぇ……って、ちがーうっ!」
……おぉ、じーちゃん乗りつっこみ出来るじゃん。
「だから、異世界はめちゃくちゃ遠くにあるんじゃ!」
顔を真っ赤にして怒るじーちゃん。
「それじゃあ、そのパチンコ異世界ってどんな所なんだよっ!」
「……そうそう、最近新機種が導入された、CR異世界!確変タイミングがなかなか、分かり辛いんじゃが、ワシの手に掛かればいっぱつ……ってちがーう。パチンコ屋ではなーい!」
「あぁわかったよ、わかったっ!、じーちゃんの気持ちは、よーくわかった!」
半ば笑いを噛み殺しながら、怒っている体のじーちゃんの様子を観察すると、どう見ても次のお題を、今か、今かと待っている小遊◯師匠と同じ目をしている。
「……だから、そのスナック異世界は、どんな所か? って俺は聞いてるの!」
「そうそう、ママさんはくたびれたドワーフなんじゃが、犬耳のチーママが可愛くてのぉ」
「しかも、2時間たっぷり飲み放題、歌い放題で、コストパフォーマンスが、最高なんじゃ」
「更に、見かけによらず、ドワーフママの歌が上手いんじゃ!」
「顔さえ見なければ、まるで小林◯子とデュエットしとる気分になれる……って、ならーんっ!」
おぉ、じーちゃん乗りがあんまり長いから、本当にあるのかと思っちゃったぞぉ。
「……でも、本当はスナックじゃ無くて、キャバクラなんだろ?」
「そうそう、キャバクラ異世界っ! 最高じゃ。ほれ、桜木町の薬局の角を曲がって二軒目に、新規オープンしたばかりじゃ!」
「……あぁ、あるある、確か古いスナックだった所、改装してたもんねぇ」
「あそこじゃ、あそこっ! 何と言ってもその店の“売り”は、店の女の子が、全員エルフの美女揃い! って事じゃ!」
何故か得意気に鼻高々のじーちゃん。
「うおぉ、じーちゃんそれは凄いなぁ!」
じーちゃんの得意気な顔なんて、どうでもいいが、美人エルフとくれば、俺もこの話に乗らない訳には行くまい。
「たまにあるコスプレイベントが秀逸でのぉ。定期開催の男物YシャツDayも見逃せんが、やっぱりここは、女剣士コスで決まりじゃ!」
「いやいや、じーちゃん。女剣士も捨てがたいけど、透け透けローブの魔法使いって線も捨てられないよっ!」
「はぁぁ? だからお前は半人前と言われるんじゃ。そんな透け透けローブなんぞ、情緒の欠片もありはせんっ!」
「やっぱり女剣士とスライムの初めての対決! ぷよぷよスライムに防具を溶かされ、必死に抵抗しつつもぉ……」
「「くっ殺せ!」」
俺とじーちゃんは、さいごのセリフを同時に叫ぶ!
「かぁぁ、じーちゃん。いい、いいよぉぉ。でも最初にスライム出てくるって言って無かったじゃん。それは反則だよぉ」
「だから、何度も言わせるな。お前が半人前と言われるゆえんがここにあるのじゃ。女剣士と来たら、スライムは必須条件に決まっておろう?」
「まぁ、そう言われて見ればそうかもなぁ」
「「あははははははっ!」」
俺とじーちゃんは、お互いの目を見ながら、たとえ年齢は離れていても、同じ戦場をさすらい、幾多の苦難をともにした戦友の様な友情を胸に、硬い握手をかわした。
「スコン、スコーンッ!」
「もー、何下らない事言ってるの、リーちゃんがドン引きしてるわよっ!」
俺とじーちゃんは、母さんの持つお玉で一回ずつ叩かれた。
「母さん痛いって、お玉、マジ痛いよ」
急激に現実に引き戻されて隣を見ると、烏龍茶のグラスを両手で持ったまま、口元は半笑いながらも、ドン引きしているリーティアさんがいた。
「「たは、たはははは」」
お互い乾いた笑いの応酬。
俺が目を醒ましてからは、何度も、何度も「先ほどは申し訳ありません」と謝られ、本人的にも、かなり反省していたみたいだが、これで一気に引かれたな。
それにしても、リーティアさん、本当に可愛いなぁ。
プラチナブロンドの髪に碧眼、物語の中に登場するリアルお姫様だ。
年齢は高校生ぐらいか、少しあどけなさも残しつつ、大人の階段をのぼり始めた少女の持つ特殊なフェロモンがプンプンする。
(ほほー、これはたまらん)
しかも「アル姉は別格として」、かなりの立派な物が、その存在感を主張してやまない!
あぁぁ、俺、さっきあれで落とされたんだよなぁ。って事は、あれが、俺の背中にナニしたって事で、しかも、かなりの密着だった訳で……。あっやば、また鼻血でそう。
これ以上、リーティアさんを見つめると、俺の鼻血が大変な事になりそうなので急いでじーちゃんの方に向き直る。
「まぁ、なんだ。じーちゃん、その異世界って魔法とか使えんの?」
あまり急に違う話題に飛ぶのもロコツなので、当たり障りのない所から改めて再スタートだ。
「おう、使えるよっ!」
じーちゃんは、俺の疑問をあっさり肯定。何言ってんの? って言う、俺を小馬鹿にした雰囲気だ。
「そうだのぉ、リーちゃん何か見せてやってくれ。ほら、ワシのは、スゴ過ぎるやつばっかりじゃからのぉ」
おいおい、じーちゃん、そこんところは、他人任せかよ。無茶振りじゃん。
「リーティアさん、こんな無茶振り、真に受けなくていいからね」
さすがにこれは申し訳ないと思い、リーティアさんの方に向き直る。
「いえ、ご心配には及びませんよ」
俺の心配をよそに、自信満々のリーティアさん。
どちらかと言うと、ここで失地挽回と行きたい所なのだろう。
「私が出来るのは、主に治癒関連ですので……少々お待ち下さい」
と言って、まずは、いそいそと左腕の袖を肩までまくり上げる。
更にテーブルの上に置いてあった果物ナイフを右手に持つと、やおら自分の左腕に“ブッスリ”と突き刺した。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
あまりの出来事に思わず叫び声を上げてしまう俺!
都内でこれだけの声を上げれば、直ぐに警察が飛んで来るレベルだが、田舎の散居村をなめてもらっては困る。
隣のじーちゃんの家まで、ゆうに100m以上離れているのだ。騒音問題全くなし!
(この子どうなってるの? 自分の腕にナイフ刺しやがった!サッ、サイコパス、ホンマもんのサイコパスや!)
そのまま、ゆっくりナイフを引き抜くと、血がドクドクと流れる左腕を、右手でそっと押さえつけ、なにやらブツブツと独り言を始めた。
「かっ母さん! 大変だ! リーティアさんが手を切った! 直ぐに救急車呼んで!」
慌てて、立ち上がり、台所にいる母さんの方へ駆け込もうとするが、足がもつれて思うように足が前に出ない!
――ドンガラガッシャーン!
そのまま、台所と居間を仕切っているガラスの引き戸を、俺の前転からの踵落としで粉砕。
「けっ慶太さん、大丈夫ですか!」
慌てて駆け寄って来るリーティアさん。
「いやっ!、そんなこんなコトより、君の腕がっ!」
思わず叫びつつ、彼女を見ると、彼女の左腕には傷一つ見当たらない。
「えっ、ど、どういうこと……?」
すると、奥からじーちゃんがゆっくり近づいて来て、両方の手のひらを見せながら、こう言った。
「これが、ハンドパワーです!」
満面の笑みのじーちゃん。
おいおいおい、手品かよぉぉぉぉー!
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