第7話 高橋家の宴(プラチナブロンド)

「いててててっ!」



 リーティアさんのに思い切り引っかかり、慌てふためいた俺は足がもつれて一回転。


 引き戸のガラスを人生初の渾身の“踵落とし”で叩き割ってしまうと言う失態をしでかした。


 結果、右足の踵がパックリ割れる流血事件だ。



(うゎー、結構血が出てるなぁ。これ病院で縫わなきゃ駄目だろうなぁ)



 自分の“血”自体にビビる事は無いのだが、小学生の昔、手の甲を割れたコップで切った際、病院では麻酔もせずに、ガッツリ針と糸で縫いつけられたと言うトラウマがあり、どうしても病院に行くのが怖いのだ。


 今まで飲んでいた皆もわいわい寄ってきて、「あ~あぁ」だの、「これは痛いなぁ。」だの、「このガラス高いんじゃないのぉ」などなど、好き勝手な事をほざいている。



(おいおい、少しは俺を心配しろよ)



「あぁ、慶太さん、大丈夫ですか? ご安心ください。私が治療を致しますので!」



 リーティアさんが真剣な眼差しで駆け寄って来る。



(いやいや、うれしいけども、それさっき見たし。それに今回のはマジものの怪我だから、残念ながら手品じゃ治せないよ)



 心の中ではそう思いつつも、美少女が俺の足をそっと抱きかかえてくれるのは、気分的に非常に良いものだ。(何言ってんだろう俺)


 しかも、免許を持っててシラフなのは、母さんだけだから、病院に行くにしても、母さんの準備が整うまでは、まだ時間が掛かるだろう。



(って言うか、母さん「もー」とか言いながらガラスの破片を片付けてるけど、そんな事より俺の心配した方が良いんじゃ無い? 俺けっこう、パックリ行ってるし、かなり痛いんだよ?)



 と、その時、俺の足を抱えているリーティアさんの方が“ポゥ”と薄く輝いた様な気がして、なにげに振り返る。



「はいっ。治療終わりました。もう大丈夫ですよっ!」



 まだ俺の足を胸元に抱えつつも、ニッコリ俺に向かって微笑むリーティアさん。



「へっ?! あれ?」



 確かにさっきまでの“ズキズキ”と痛む感覚がなくなっているのは事実だ。これは決してリーティアさんの可愛さや可憐さで、痛みが紛れているのとは違う。何か“ほんわか”とした暖かいものに包まれている感覚だ。



「んんっ?!」



 早速自分の足を引き寄せて踵を確かめて見ると、確かに血の跡はあるものの、今までパックリと割れていた傷口が全く見当たらない。なんだったら踵の“ガサガサ角質”まできれいに除去されて、“つやつや”踵の出来上がりだ。



「えっ、どういう事、これも手品なの? でも、さっきマジもので、パックリ行ってたんだけど?」


(あれ、これではまるで、俺がウソを言って皆の関心を引こうとしたみたいじゃないか。格好わる! 審判、審判! 絶対これシミュレーションじゃ無いから!)



 もう一度俺はウソは言ってない! と主張する様な面持ちで、周りにたむろする面々に訴え掛けるが、皆一様に半笑いの様相だ。



「りーちゃんは怪我治癒系の魔法が得意やからぁ、そのぐらい朝飯前ながよぉ」

(翻訳:リーティアちゃんは怪我治療系の魔法が得意だから、そのぐらい朝飯前なのよ)



 アル姉が聞き分けの無い子供を諭す様な言い方で説明してくれる。



(えっ、マジもんの魔法って事?しかも誰も驚かないってどういう事? また、全員で俺を担ごうとしてるの?)



 またもや状況を把握する事が出来ず、目が点になったまま放心状態になる俺。



「だから、何度も言っとったじゃろ。魔法じゃって。いい加減信用せんかい!」



 心底呆れはてた様に話すじーちゃん。



「それに、お前もワシの血筋なんじゃから、このぐらいは簡単にできるじゃろ。後で使い方をリーちゃんに聞いとくんじゃぞ。それに治癒系は結構役に立つし、向こうの世界はそんなに安全では無いからのぉ」



 “さぁ、飲み直しじゃ”とか言いながら、じーちゃんが自分の席に戻って行く。それにあわせて他のみんなも自分の席に戻って、宴会を再開する様だ。



「え、何、どういう事なの。魔法ってそんなに普通の事なの? って言うか、誰も驚いて無いって事は、皆知ってたって事?」



 とりあえず最後まで残ってくれたリーティアさんに矢継ぎ早に質問する俺。



「えぇ、まぁ。普通ですね。慶太さんは主様の直系ですので、ほぼ全ての魔法をお使いいただく事が出来るかと思いますよ。うふふ」



 ゆるふわウェーブさせたプラチナブロンドの髪を揺らしながら微笑むリーティアさん。



「ほんとぉ! 本当なの?、あれ、俺にも出来るの? マジ、マジなの? って事は、例えば手から炎がブわーっと出るとか、アイス何とかーって叫ぶと、氷の槍が出てきて相手に突き刺さるとか? そんなん行けるの? 俺にも出来るの?」



 目を爛々と輝かせてリーティアさんを見つめ、俺の思いのたけをぶちまけてみる。



(ふぉぉぉ、テンション上がって来たぞぉ。若干二十一歳にて、ついに、ついに俺は世界を手に入れるのか! 昔から、俺は“やれば出来る子”だとは薄々思ってたけど、そうか、こう言う感じで俺の時代が来たかー。そうかそうか、いいぞぉ!)



 しかし、リーティアさんは少し眉根を寄せながら困った様子。



「うーん、そういう魔法は見た事が無いのですが……どうなんでしょう? 主様っ、炎を出したり、氷の槍を出したりする魔法って、あるんですか?」



 リーティアさんは振り返りながら、じーちゃんに尋ねてくれる。



(うん、全然関係無いけど、リーティアさんが振り返る時に、このゆるふわウェーブの掛かった髪が...こう“ふわっと”、そう“ふわーっと”と踊るんだよねぇ。すると、室内にも関わらずに、ここにだけ太陽が差すって言うかさ、本当にここだけ明るくなるんだよねぇ。しかも、例のフェロモンってヤツ? あれが周囲にふわーっと撒き散らされて、一緒に付いて行きたーい。ってなるね。すぅぅぅ……はぁぁぁ……)



 思わず、じーちゃんの方に振り返っているリーティアさんの後ろ髪の所まで近寄って、大きく息を吸い込みながら“くんかくんか”する俺。



「慶太さん、出来ない事は無いらしいんですけど……」



 ちょうど、じーちゃんへの確認が終わったリーティアさんが振り向くと、そこには、俺の“くんかくんか”状態の顔面が。



「きゃっ!」

「はうっ!」



 俺の目の前には薄っすら頬を染めて、俺の目を見つめて来る美少女。その距離約20cm。


 少し驚いたせいか、そのうるんだ瞳は大きく見開かれており、極限の可愛さを醸し出している。


 手を伸ばせば届く、いや、何だったらチョッと唇を突き出せば、彼女の頬にキスする事ぐらいは造作も無いことだろう。


 今、この時。二人に言葉はいらない。


 そのまま見つめあう二人……。その時間は永遠に続く様に思われた……。

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