第5話 高橋家の宴(天丼)

「いっただっきまーす。あーんど、かんぱーい」


「いただきまーす」「いただきます」


「はい、いただきます」



「んく、んくっくっ。ぷはー、生き返るぅー」


 早速コップになみなみと注いだビールを一気飲みし、どこかのオヤジの様なテンプレの一言を恥ずかしげも無く披露するアル姉。



(じゃぁ今まで死んでたのか?って話だよな)



 せっかく気分良く飲んでいるアル姉に水を差すのもなんなので、右の鼻の穴にティッシュを詰めたまま、アル姉のうれしそうな顔を眺める。



 ようやく高橋家の夕飯が始まった。


 父さんの方も週末と言う事で結構忙しかったらしく、いつもは18時頃までには帰って来るのに、今日は1時間ほど残業をして来たらしい。


 食卓には昆布をベースとした水炊きの鍋が用意されていて、いい具合に昆布の出汁が取れたお鍋がふつふつと沸き立っている。


 今日の参加者は、じーちゃん、父さん、母さん、アル姉、ダニエラさん、(俺だけが)初顔合わせのリーティアさん、そして俺の7人だ。ばーちゃんは仕事の都合で今日はやめとくって電話が入ったそうだ。


 いつもの事だが(酒飲みの)参加者が多いので、近海で取れたブリや甘エビなんかのお刺身も用意されている。ちなみにウーロン茶を飲んでいるのは母さんとリーティアさんの二人だけ。



「おぉ、今日は豪勢だなぁ。これだけのお刺身、結構高かっただろう」



 父さんが少し遅れて入って来る。


 さっき帰宅した時に居間に顔を出したのだけど「一度部屋着に着替えて来るよ」といって自室に戻っていたのだ。その際「先にはじめててー」と言い残して行ったので、我慢しきれなくなったアル姉の先導で、夕飯(宴会)がスタートする事になったってわけ。



「慶パパ聞いて、聞いて!」


「今日魚屋の辰ちゃんのところで、“まけて、まけて”ってお願いしたら、半額にしてくれたがやぜー。すごいやろー」


「ほらほら、慶パパ、ほめて、ほめて!もっとほめてくれてもいいがんよぉ!」



 アル姉がうれしそうに父さんに報告する。


 実際には魚屋の店先に並べられていたブリを直立不動、身じろぎひとつせず、もの凄い形相でガン見しているアル姉。


 それを不憫に思った辰さんが根負けしたらしい。……とダニエラさんから聞いた。



「へぇ、アルちゃんやったねぇ。でもあんまり辰さんに無理言っちゃ駄目だよ」



 父さんが少し心配顔でアル姉に釘を刺す……が、



「……大丈夫、大丈夫っ!、辰ちゃんは私の事が大好きだから」とか何とか言いながらお刺身をうれしそうに口に運んでいる。



「そう言えば、まだ本日の得物が登場しとらんがやけど、どうなっとるん?」



 とアル姉がネコナデ声でじーちゃんに催促している。



「おぉ、そうか、そうかっ!、アルは昔からせっかちさんじゃのぉ」



 とか言いながらうれしそうに、背後に隠していた袋から一升瓶を取り出した。



「ああっ!、主様、もしや、もしやそれはぁぁ……千○鶴酒造のフラッグシップ!純米大吟醸、“千”じゃないがけー!」



 アル姉のテンションがいきなりマックスに吹き上がる。



「ふぉおぉぉぉぉぉ、生きてて良かったー、主様、今日は奮発したがやねー」



 日本酒に目の無いアル姉は、目をキラッキラさせながら一升瓶に頬ずりしている。きっと尻尾がついていたら、大変なさわぎになるくらい、ぶんぶん振れている事だろう。


 まぁこれでしばらく、じーちゃんとアル姉は静かになりそうなので、ようやく父さんが本題を切り出してきた。



「……慶太、それで就職先の事なんだが、この間は電話で全滅だって言ってたけど、どうなんだ」



 決して怒っている風でも無く、淡々と聞いてくる。



 仕方が無いなぁ、本当の事言ってみるか……。



「父さん、……俺、報道系志望だったんだけど、今年は特に就職氷河期でさ、企業側もかなり採用を絞ってるらしいんだ……」



 更に意を決して自分の思いを口にする。



「そこで相談なんだけど、もう1年っ。……もう1年だけ大学にいても良いかな」


「報道系に就職したOBに聞いたんだけど、来年には募集も増やすらしいし、俺……、もう少し英語とか勉強すれば、今度こそ就職できると思うんだ!」



 はは、言っちゃった。私立の4年制大学に行かせてもらっているだけでもありがたいのに、更にもう1年行かせてくれって……、普通駄目だよなぁ。


 ウチなんて、平凡な公務員家庭だし、仕送りも含めてかなり迷惑を掛けている事も知ってる。それなのに……俺、……やっぱ駄目かなぁ。



 言うだけは言ってみたものの、父さんの顔をまともに見る事が出来ず、思わず下を向いてしまう俺……。



「でも就職浪人って事になると、来年の就職に不利になるんじゃ無いの?」



 横合いから母さんが俺に聞いてくる。



「……そうなんだよ。そこでもう一つ相談なんだけど、短期か中期で海外留学すると、来年も新卒って事で就職活動できるらしいんだよ」



 俺は、学校から貰って来たパンフレットをテーブルの上に広げる。



「留学費用は俺がバイトで稼いだ金があるから、それで何とかなると思うんだ」


「だから1年……いや、半年で良いから、海外に留学させて欲しいんだ」



 母さんもどうしたものかと父さんの方を見て困り顔だ。すると、父さんが俺の目をみながら話しかけて来る。



「慶太、お前が、お前の生きる道を決めるのは当然の事だ」


「しかも、今回はお前が自分から言い出した事だ。だから父さんはお前の意見を尊重したいと思う」


「まぁ、ウチはそんな金持ちでは無いけど、子供はお前一人だけだし、もう一年ぐらい大学に通わせる事ぐらいは出来るだろう。なぁ母さん」



 母さんは多少苦笑いが入っているものの、父さんの決定に不満は無い様だ。



「とっ、父さん。ありがとう!」



 おぉ、久しぶりに親子の親密なコミュニケーションが取れたぁ。なんだか感動だな。これ、ちょっと俺、涙出てきた。……きっと、きっと良い会社に入って、父さんと母さんに楽させてあげるからね。



 俺が感動の場面から、将来に向けた目標を新たにした時、横合いから赤ら顔のじーちゃんが口を挟んでくる



「だったら、で勉強してくれば良かろう。あそこも標準語は英語だし、なんだったらそのまま、ワシの後を継いでくれてもええんじゃぞぉ」



 急に何を言い出すんだと目を丸く見開き、じーちゃんの方へ振り返る父さん。



「おおお、お義父さん!……突然何を言い出すんですか? そっそれは、まだこの子には……慶太には早いんじゃ無いかと思うんですよ!」



 じーちゃんの突然の提案に、父さんが驚いた様子で反論する。



「……そうかぁ、大体、慶一郎くんがワシの所に来たのがぁ……あれは十八ぐらいの時だったかぁ。もう慶太は二十一じゃろう? 遅い事はあっても、早い事は無いじゃろう」



 天井の方を見つつ、指を折り返しながら歳をかぞえるじーちゃん。



「いえいえ、この話は慶太が大学を卒業するまでは……と言うお約束だったかと。まぁ、慶太ももう一年大学に残ると言っている訳ですし、この話はまた今度と言う事で……」



 何とかこの場を乗り切って、話を終わらせてしまおうとするが、かなり日本酒が入って勢いが付いているじーちゃんの発言は止まらない。



「なーにを言っとる。本当は二十歳の時に“話す”という約束だったのを、勝手にそう言って先延ばししておるだけじゃろう?」


「もう、慶太も十分大人じゃ。話しても大丈夫じゃろう。何だったらワシが今、話してやろう!」



 えっ、何なに? この話の流れに、ものすごい重圧(プレッシャー)。


 俺、ここで重大な事実が明かされるって事なの?


 たっ、たとえば何っ、俺が父さんの子供じゃ無いとか?、えーっつ、俺誰の子なの?そっち?そっち系?いや、この流れだとそれしか無いだろう。齢二十一にして、初めて明かされる衝撃の事実!


 って事は、母さんがやっちゃったか? やっちゃったのか? そうかーやっちゃったかぁぁぁぁ。


 ……いやいやいや、この、のんびり母さんにそれは無いな。


 って事は、そもそも俺の血筋は誰もいなくて、俺、……捨て子だったとか?


 あー、その可能性は高いなぁ。良く酒屋の辰兄に、「お前、おじさんにも、おばさんにも似てないなぁ」とか言われた事があったっけ?……うん? 無かったっけ? ……でもこの線濃いわぁ。ほぼ間違い無い流れじゃーん。



 もう、どう反応したら良いか分からず、俺は瞳孔が開いたまま固まってしまう。



「うぉっほん。慶太。それでは良ーく聞け!」


「じーちゃんはな。じーちゃんは、実は...異世界の神、創造主様なんじゃ。どうだ、おどろいたろぉ!」



 …………。



 自信満々に胸を張るじーちゃん! 何が彼のメンタルをここまで強く支えているのかは知らないが、完全にドすべりだ。


 基本的に俺はじーちゃんが好きだ。大好きだっ! しかし、このタイミングでこの冗談は笑えない。全く笑えない。



「……へぇぇ。それは……良かったね」



 後でゆっくりその設定聞いてあげるから、今は黙ろうね。もう、じじいはこう言う時の空気って読めないよなぁ。俺は今、父さんから前人未到、空前絶後の俺の出生の秘密を聞かなきゃいけないんだよ。


 ただ、あえて言うなら、緊張は解けたな。これで父さんからどんな事を言われても受け止める事ができるよ。うん、そう。そう言う意味では、じーちゃんグッジョブ!だ。



 違う方向性でのじーちゃんのドすべりギャグをリスペクトしながら、再び父さんの方へ向き直す。



「父さん、俺、何を言われても驚かないよ。で、俺の秘密って何なの?」



 意を決して、父さんにそう尋ねる。


 そして、父さんも真剣な眼差しで俺の目を見つめ、ゆっくりとこう言った。



「お義父さん、そう、お前のおじいさんは、……異世界の神なんだっ!」



 おいおいおい、これだけもったいぶって、親子連携の“天丼”二段落ちかよっ!


 ……もういいよっ!

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