第2話 なぁーんアルテミシアやちゃ。
翌朝、東京駅八重洲口から新幹線乗り場へ。
しっかし、便利になったよなぁ。新幹線で2時間もあれば帰れるんだからなぁ。
あらかじめ父さんが予約しておいてくれたチケットを受け取ると、そのまま新幹線ホームへ。
昨日の
まぁ、実家に帰るだけだし、問題無いだろう。ただ、ばーちゃんの所は結構人数いるから、大きめの箱にしとこうかな。
少し重い足取りで新幹線の車両に乗り込む。
2時間なんて、アッと言う間だ。一眠りしたらもう着いてるって感じ。結局さっき買った幕の内弁当には手を付ける間も無く、地元の駅に到着する。
「おぉー
久しぶりに帰る地元は、すっかり冬の様相だ。北陸の冬はめちゃめちゃ寒い。
しかも、空はどんよりグレーの雲が垂れ込めている。
そう言えば小学生の頃、テレビで都会の子供達が写生大会かなんかで、真っ青の空に太陽を書いているのを見て、なんて画力の低い小学生達なのだろう。と、都会の小学生を小馬鹿にしていた事が思い出される。
しかし、実際に大学に入って冬の空を見上げたときに、本当に「青」一色だった事にはマジで驚かされたものだ。
北陸の冬はずーっと曇ってるからなぁ。
駅前のロータリーでお土産の「東京ば〇な」と「ひ〇こ」を抱えながら、どんより曇った空を見上げていると、遠くから軽くカウンターをあてながらドリフトする軽四が近づいて来る。
「おぉぉい、けーちゃーん、おっ帰りー。一年ぶりだねぇ。元気そうじゃーん」
冬場なのに、窓を全開にし、からだ半分をまどから出した形で大きく手を振っている亜麻色髪の外人さんが見える。
マジか! アル姉だ!
「しー。アル姉! 静かにー」
ただでさえ外人が珍しい田舎街で、軽四に乗った外人さんが大声を出せば、いやがおうにも目立つ。
とにかく黙らせようと、口の前で指を立てながら、急いで軽四の方へ走り寄る俺。
「もぉ、アル姉、ただでさえ目立つんだから、そんな大声出しちゃ駄目だよ」
「なーに言っとんがけ、けーちゃん帰って来るゆーから迎えに来てあげたがんにぃ」
(翻訳:何言ってんの、慶太ちゃんが帰って来るって言うから、迎えに来てあげたんじゃ無いの)
このガチガチ方言の外人さんは、アルテミシア=ティーラさん。通称『アル
身長172cm、スリーサイズは良く知らないけど、グラマラスと一言では片付けられないぐらい、すんごい事になっている。
たぶん、聞いたら教えてくれるのだろうけど、それはそれで、大変な事になりそうなので、聞いた事は無い。
髪の色は亜麻色で、結構大きめのウェーブがかかっており、ターコイズブルーの瞳とぷっくりつやつやの唇が合わさって、その魅力は暴力的ですらある。
ちょっと派手な衣装を着せて夜の渋谷駅を闊歩させれば、30分で100人ぐらいに声を掛けられる美人さんが出来上がる事だろう。
しかし、アル姉はそんな事を全く気にせず、今日もユ○クロのグレーのスウェットの上下に、長靴姿で登場。
本人に言わせれば、洋服なんてものは、寒く無く、暑く無く、大事なところが隠れてさえいれば、特に問題無いとの事。うーん、そんな事で本当に良いのか? アル姉。
俺が小さい頃から、ばーちゃんのいた教会でシスターとして働いていた様で、結構な年だと思っていたが、一昨年帰ったときに話していると、あんまり俺と変わらない年齢らしい。
うーん、そんな頃から、あのスタイルにこの美貌だったのかぁ。まぁ、外人さんは早熟の上に年齢がわかりにくいからなぁ。
「ささ、けーちゃんはよ乗ってかれま」
(翻訳:さあ、慶太さん、早く乗って行きなさい)
一刻も早くこの場を離れたい俺は、急いで軽四に乗り込む。
ドアを閉めるのもそこそこに、ものすごい勢いで車を発進させるアル姉。
既に冬用のスタッドレスタイヤを装着しているのか、全くタイヤが地面をグリップせず、7割がた空まわりしている様な状態だ。
「ダニちゃんにタイヤ交換してもらったがやけど、なーん、スタッドレスグリップせんがやちゃ」
(翻訳:ダニエラさん(後述)にタイヤ交換してもらったんだけど、全然、スタッドレスタイヤはグリップしないんだよね)
残念ながら、アル姉は、乗り物好きで、かなりのスピード狂だ。
去年の夏、普通に高速で1時間以上掛かる隣町までの道のりを、二十分ジャストで走ったと言う事が最近の自慢だ。
ちょうどその頃、腕試しのネックになっていたオービスが撤去されたとの情報を仕入れて、「一度最高速出してみたかったん!」と言い残し、自宅を飛び出して行ったのは、有名な話だ。
まだ時効になる期間は空いていないので、とても外では話せない。
しかもこの軽四――ダニエラさんによって――めちゃめちゃチューンされている。実際には軽四の車体に、無理やり1リッターエンジン+ターボを搭載しているのだ。600kgも無い車に350馬力以上のエンジンを搭載している事になる。
これ、完全に警察に捕まるやつだな。
ただし、そこはダニエラさんの拘りなのか、しっかり車検が通る様、構造変更申請を出して、毎年車検も受けているそうだ。――ダニエラさんもマメだなぁ――法的にも問題は無い。
もちろん、アル姉が法令を遵守して運転すれば……であるが。
「どうです、父さんや、母さんは変わり無い?」と俺が尋ねると、
「あぁ、うん、……たぶん……大丈……夫だと思う.……」
言葉尻がしぼんでゆくアル姉。これは何か問題があったのか?
「えっ、何か問題でもあったの?」
急に不安になった俺は、アル姉に問いただす。
「いやー、全然大丈夫やよ元気しとるわぁ……。 それより後ろの86が煽ってくんがやちゃねぇ」
んんっ?
ゆっくり振り返ると、田舎の暴走族の様な輩が、空ぶかししながらこの車を煽っている様だ。
恐らく、美人のアル姉を見て、ちょっかい出してやろうと言う魂胆なのだろう。
「けーちゃん、ちょっとシートベルト締めてね」
この車には、助手席にもレカロの四点式が搭載されている。俺は急いでシートベルトを締めなおす。
ちょうど次の信号が赤になったところでアル姉が追い越し車線を後ろの車に譲ると、後ろの86が俺達の車の横に並んで話しかけて来た。
「おぉ、外人さんやーん。日本語わかるー。えへへへ、どう、一緒に遊びに行こうよー。そんなぼうやよりもよっぽど楽しい事教えてあげっからさー」
うぁー、ガチガチのヤンキーだ。まだ日本の片隅に生き残っていたのか? と言うか、まだ若そうだから、そのヤンキーの芽はとうとうと引き継がれていると言った所か。既に重要文化財ものだな。
ちょっと引き気味で男の方を見ていると、視界の端に、アル姉のコメカミに浮かぶ青い筋が見えた。
「なーん、間に合っとんがやちゃ。でもちょっとだけやったら遊んだげるから付いて来られ」
(翻訳:いいえ、間に合っていますよ。でも少しで良ければ遊んであげるから、ついていらっしゃい。)
アル姉は引きつった笑いを浮かべながら輩に話しかける。
どうも、公道で、ゼロ四を始める気の様だ。
輩の方も格好を付けた様に親指を立てて応じて来た。片方だけ口角を上げてニヤリと笑っているのが更に癪に障る。
どちらの車も、信号が変わるのを待ちつつ、最高のスタートが切れる様にエンジンの回転数を合わせる。
……ボボボ……バォン、バォン、バォン、バババババ……グァォォォーーーン キィィィーーーーーーン
信号が赤から青に変わった瞬間、俺は後頭部をレカロのシートにこれでもかとめり込ませながら、両方の手で四点式シートベルトを握り締め、何とか無事に家に辿り着ける事を神様に祈った。
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