プロピュライア祖父が創造主の異世界でとりあえず短期留学希望
神谷将人
序章
第1話 あたしは悪くない!
「……あっ、
携帯から無遠慮な声が聞こえてくる。もう夜の十一時だ。こんな時に電話して来るのは『アイツ』だけなんだけど……。
「……いや、まだ来て……」
少し逡巡した後、何とか話を誤魔化そうとしてたところで、会話が強制キャンセルされる。
「うそ言うなよぉ。月曜には連絡あるはずって言ってたじゃん。わかってんだぞぉ。残念会してやるから、今から出て来いよ。いつもの所にいるからさぁ」
飯田とは大学に入ってからの悪友として付き合って来たが、酒癖が悪い意外は本当に良いヤツなのは知っている。たぶん、こいつなりに、俺を励まそうとしてくれているんだろう。
ただ、どうしても色々な事があって、今は飲む気になれない。どう断ろうかと、思わず自分の部屋のベッドの上で正座する。
「……いや、俺、明日は実家に帰るんで朝早いんだよ。頼む。見逃してくれっ」
先週、最近の就職戦線大崩壊状況について実家に電話で話したら、父さんから一度帰って来いって言われたばかりだ。しかもネットで電車の予約までしてくれると言う厚遇ぶり。
父さん怒ってんだろうなぁ。でも、あんまり怒る様な人じゃないからなぁ。まぁ、ちょっと呆れてるって感じか。でも帰りたくねぇなぁぁ。
一瞬、こいつの誘いに乗って、居酒屋まで行こうか?との想いが頭をよぎる。
「おい、けいた~。今だったらまだ美紗ちゃんも居るぞー。久しぶりに会いたいだろぅ?」
んんっ。なぬ? なぜそこに彼女がいる? って言うか、なぜにお前が『美紗たん』と一緒に飲んでるんだ?
美紗たんは、先月別れたばかりの彼女だ。クリスマスまで後一ヶ月。これからと言う時に、初めて彼女が出来て浮かれ放題だった俺は、たらふく飲んだハイボールに押されるがまま、あんな事やこんな事を企んでしまい、即日レッドカードを受けた身だ。
美紗たんが、こいつと飲んでるって事は、もしかしたらもう一度『よりを戻したい』って事なのか?
いや、そうだろう。絶対にそうに違い無い。それ以外に一体どういう意味があるんだよ。
もともと美紗たんは優しい子だ。あんな事やこんな事があったって、絶対に俺を見放したりしないはずだ。
だってコミケにも行ったし、今年の東京ゲームショウだって、朝からあの行列に並んだんだ。しかも、恋人達の聖地、東京ディズ〇ーランドだって行ってる。あっ! 実際にはシーの方ね。
そうだっ!、そうに違いない。きっと彼女は俺の事をまだ愛してくれてるんだ!
俺の中で、『美紗たん』の行動の全ての辻褄が合い、完璧な『美紗たん』像が再構築された頃。
「お~い、けーた。今美紗ちゃんに聞いたけど。さすがに手も握って無いのに、『ピー』な事や『ピー』な事しちゃ駄目だろぉ」
「美紗ちゃん、ドン引きしてるぞー。だいたい童貞のくせにお前はだなぁ……」
……さらに電話の向こうから美紗たんの「―――ほんと、無いわぁ」との声が聞こえて来た。
悪いっ、今俺のHPはゼロを通り越して、マイナスに埋没したわ。しかも、飯田ぁ、お前との関係もこれまでだな。もう二度と会うことは無いだろう。
俺は、そっと携帯の通話を切った。 こんなに携帯が重く感じられることが未だかつてあっただろうか?
流れ落ちる涙と鼻水を拭いもせぬまま、自分の布団に倒れ込む。
その後、何度も携帯の着信音が聞こえて来たが、もちろんHPの無い俺が電話に出る事はなかった。
◆◇◆◇◆◇
その頃、居酒屋で……
「あいつ、携帯の電源切りやがったな」
何回かけ直しても電話に出ない慶太に多少あきれながら、自分の携帯をテーブルの端に置く。
本当は、仲間内で慶太の内定決定祝勝会をやろう、と言う想いで始めた飲み会だったのだが、運悪く慶太の元カノである美紗ちゃんが乱入してきたのだ。
どうも、女友達との二人連れで、合コンの帰りだったらしい。
最初は終電までの時間合わせだった様なのだが、美紗ちゃんの友達はさっさと一つ前の快速で帰宅。
残された美紗ちゃんが、突然くだを巻きはじめた次第。
「大体ねー、あいつは女心がわかって無いのよぉ。ねー真琴、聞いてるぅ?」
ちなみに真琴は俺じゃないよ。俺の彼女の橘真琴。同じ大学の4年生だ。
最初は、俺と真琴と慶太の3人での飲み会のはずだったんだけどなぁ……。
「はいはい、聞いてるわよ。もぉぉその話、何回目なのよぉ」
元々、真琴と美紗ちゃんは高校が同じで昔から仲が良かったらしい。真琴の話によると、美紗ちゃんは、大学デビューで、高校の時はすごくおとなしい子だったとか。
だとすると、面影は全く無いな……。
「大体さぁ、初めてのデートがコミケって、どうなのよっ!」
「最初に言っておくわよ。私はデブが嫌いなのぉ!」
「だって、コミケってデブばっかじゃん!」
おいおい、今、全国2,000万人のコミケファンを敵にまわしたぞ!
「そりゃ初めてのデートだもの、おしゃれして行くわよ! ヒールの一つだって当然履いて行くわよっ」
「それがあんなに広い所を歩かされて、ヒールが折れるは、心まで折れたわよ!あたしのフェラガモどーしてくれんのよ!って話よっ」
「まぁ、私もどこに行くのか聞いて無かったのは悪かったわよ。でも最初に聞いてりゃ、スニーカーでいったし、何だったら好きなBL作家さんぐらい調べて、同人誌の一冊や二冊、買いたかったわよっ。でも、もう私の心が折れちゃったのっ!」
「初めてのデートなのよっ! あぁーもうっ、ほんと無いわぁぁぁ!」
……まぁそら、大変だったわなぁ。
「で、さすがに言ったわけよ。今度は舞浜あたりがいいかなぁって。もう、直接言わないとどこに連れられて行くのかわかったもんじゃ無いわっ!」
「そうそう、二人でディ〇ニー行ったんだろ。良かったじゃん。なぁ真琴ぉ」
「えっえぇ、そうねぇ」
真琴も上手く話を合わせてくれる。
ようやく落とし所が見えたなと、フォローしたつもりが、さらにどつぼにはまる。
「だからあんた達はダメだって言うのよっ!」
「夏の真っ昼間に、何が悲しくて炎天下の『ランド』なんて、まわらなくちゃいけないのよっ!」
「炎天下なんて、美白女子の最大の敵じゃない!」
「もう、化粧なんてガタガタよっ。後半行ったら化粧室なんて素性がわからない妖怪顔の女だらけになるのよっ! 本当にもう、どうしてくれんの!」
「いゃぁ、どうしてくれって言われても。大体美紗ちゃんがランドに行きたいって言ったんだろ?」
「アンタ本当に何言ってんの? あんた馬鹿なの? せめて行くんならスターライトパス一択でしょ! 当たり前の選択じゃない! なんでそんな簡単な事が分かんないのよっ!」
「で、さすがに私も言ったわよ。次は屋内がいいかなって。それから、ちょっと暗めの方がねぇ……って。もう、そうなったら、都内の映画館で決まりってもんでしょ!」
「そしたら、あいつ、なんて言ったと思う? ――次はゲームショウに行こう! って言うじゃない!」
「もう、信じられない。正直、あっ、この子、とっても残念な子なのかな? って思うわけよっ! 何でよりにもよって、最初に戻るのよっ!」
「さっきも言ったわよねっ! 私はデブでハゲが大嫌いって!」
……おいおい、ディスりの幅が広がってるぞぉ。
「あぁ言う所はデブとハゲとメガネばっかりなのよっ!」
おいおい、更にメガネが追加されたな。もうこれで全人類の75%は敵に回したな。
「しかも、しかもよっ! 集合が朝の四時ってどういう事ぉ?」
「あいつは言ったわよ。『日がのぼって無いから良いよね』って。もーどーなってるの? アイツ言葉が通じないのぉ?」
「しかも開場は十時だって言うじゃない! 六時間も炎天下に並んでどうしろって言うのよっ! こっちはi〇hone買いに来たわけじゃ無いっつて言うのよっ!」
ここで一気に大ジョッキに残ったグレープフルーツサワーを飲み干す彼女。
ダァン!! 勢いよく空になったジョッキをテーブルに叩きつけると、振り向き様に叫ぶ。
「同じのもう一杯っ! 超特急でよっ!」
「はーい、よろこんでぇ!」店員は多少びひりながらも、空いたジョッキを片付ける。
「そんなこんなで先月久しぶりに二人で渋谷で飲んだのよ。そしたら、全然知らない人と意気投合しちゃって、たいして強くも無いくせに、ハイボールガブガブ飲む訳よっ!」
「当然、すぐにつぶれちゃって、わたしが介抱しながら駅まで歩く事になったって流れよっ!」
「そしたら、あろうことか、手も握った事が無かったのにアイツったら、道玄坂の方とか行こうとするじゃない!」
「しかも、しかもよ! 急に抱き付いてきて、私の……私のを……もっ! 揉もうとしたのよっ!」
「あぁぁ、そら慶太が悪りぃな。そんな急になぁぁ」
……心底同情する俺。
「そうよっ! そうなのよ。なかなかわかってるわねぇ」
急に意気投合した様に、ニヤリと笑う美紗ちゃん。
「そうなのよっ! 急に来られても困るの! そう、私にだって準備があるのよっ!」
「だいたい、その日のコーデテーマは、前回のゲームシヨウで把握したあいつの趣味から計算して、『美人家庭教師』だったのよっ!」
……はて? 話が見えませんぞ?
「わざわざJ〇NSで赤の萌えメガネも買ったわよっ!」
「って事わよ! 当然スカートはタイトスカートよっ。って事は、スカートの下はガードルに決まってるでしょ!」
「女のガードルなめちゃダメよぉ! ほぼ鉄板よっ! 簡単には脱げもしないし、履けもしない強者なのよっ!」
「そんな状態で、道玄坂になんて行ける? ねぇ、あんた行ける? ……私は絶対無理っ!」
「大体、あんた、鉄板撫でて楽しい? ねぇ、言ってみなさいよっ!」
「……たっ、楽しく無いです!」
「そうでしょ! そんな鉄板尻撫でさせる訳には絶対行かないのよ。そこは女のプライドにかけて、絶対に譲れないわっ!」
丁度そこで、よせばいいのに、隣の会社員がチャチャを入れる。
「おじちゃんなら揉んでやってもいいゾお……」
完全にセクハラ親父だ。
「うるせぇ。クソおやじ! これでも揉んでなっ!」
美紗ちゃんは、そう言うなり、自分の胸元に手を突っ込んで、黄色いレモンパフを2枚取り出し、おやじに投げつける。
「喜べ! 感触はおんなじだぞ。さっさとそれもって田舎に帰れ!」
威勢良く啖呵を切る美紗ちゃん。
「……もぉどうすれば良かったのぉ。最初に言ってくれれば、もっと揉みやすいコーデにしたのにぃ……」
「ケータのばかぁ。……くぅぅ」
「おいおい、いきなり電池切れで、最後は寝落ちかよ」
俺は真琴と顔を見合せながら、深いため息をついた。
「くぅぅ、けーたぁぁ好きっ! ……むにゃ、むにゃ。くぅぅ」
「……まあ、……何とかしてやらんといかんなぁ……」
机にうつ伏せになったまま、よだれを垂らして眠っている美紗ちゃん。居酒屋の夜は更けて行く。
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