プロピュライア祖父が創造主の異世界でとりあえず短期留学希望

第３話 チョークスリーパーホールド

「ただいまぁ。あぁ疲れたぁ」

　――どちらかと言うと精神的に……

「あぁ、お帰りなさーい。結構遅かったねぇ。アルちゃん迎えに行ってくれてたはずだけどぉ」

　台所から母さんの声が聞こえる。なんだカンダで、もう夕飯時だ。台所の方からは夕飯の良い匂いも漂ってきた。

　母さんの声を聞いて、ようやく無事に帰ってきたんだ……と、安堵する気持ちが沸き起こる。

　あの後“ゼロ四”はブッチギリで圧勝。しかしそれでは腹の虫が収まらなかったのか、輩の８６はそのままものすごいスピードで追いかけて来たのだ。

　その後も１時間ぐらい山間の狭道でカーチェイスをやらかして、結局、輩の８６が峠道でスピンした所で試合終了。

　去り際のアル姉の高笑いが耳から離れない。

　アル姉って、昔からあんな感じだったっけ……。うーん……。全然あんな感じだったな。うん。全く変わって無い。

　頭の中で、これまでのアル姉の悪行三昧を思い返してみるが、なんら遜色の無い事柄しか浮かんで来なかった。

　ひとりごちた所で、居間に入る。

　北陸ではもうコタツの季節だ。　早速お土産の東京ば〇なを広げつつ、コタツに入る。

　あぁぁぁ暖ったかい。冬はコタツに限るなぁ。

　実家は古いが、思いの外広い。もともとあった古い民家を再生して作ったらしい。

　この辺りでは、自分で一軒家を建てて、初めて一人前と認められる雰囲気だから、父さんも結構頑張ったのだろう。

　持ち家率日本一をなめてもらっては困る。

　元は名家らしく、天井には樹齢何百年という黒塗りの自然木が梁として使われており、その佇まいは純和風建築で、好感が持てる。

　居間も十二畳ほどある和室に、十人は座れる長方形の掘りごたつがしつらえてあるのだ。

　元々は練炭ごたつだったらしいけど、さすがに今は電気式だ。ネコ（みーちゃん）が入って寝てしまうとそのまま天国行きだからな。

　せっかくだから、もう少し掘り下げると、練炭ごたつだと、もちろん人間もヤバイ。母さんが小さい頃は、コタツでうたた寝をしていると、ばーちゃんに結構怒られたそうだ。

　――コタツの話はもういっか。

「あれぇ、アル姉はどうしたの。一人で帰って来たのぉ？」

　お鍋の道具や食器などをお盆に載せて、母さんが居間に入って来た。

「いや、家の前まで乗せて来てもらったんだけど、車置いて来るって」

　アル姉はじーちゃんの家のヘルパーさん兼、近くの教会のシスターだから、本来はじーちゃんの家に住み込みで働いているんだけど、俺が東京に行ってから殆どこの家で暮らしているらしい。

　俺が出て行った後、家が寂しくなると言うことで、母さんがばーちゃんに頼んだみたいだな。

　まぁ、アル姉が居れば、家の中は明るいだろうなぁ。ほぼ、リアル・サ〇エさんだからなぁ。

　ちょうどその時、台所の方で何かが吹き零れる様な音が聞こえ、いそいそと母さんが台所に戻って行く。

「ねぇ、父さんは？」

　少し大きな声で台所にいる母さんに尋ねる。

「もうそろそろ帰って来るんじゃないかなぁ。あ、そうそう、今日はおじいちゃんも来るって。久しぶりに慶太の顔が見たいそうよ。だから今日はお鍋にしておくねぇ」

　おー、じーちゃんも来るのかぁ。

　もともと、じーちゃんの所にもお土産持って、寄って来ようと思っていたのだが、アル姉のカーチェイスのおかげで時間切れになっていたのだ。

　じーちゃんとは何故か気が合うんだよなぁ。俺が国立全滅して東京の私大に行くって言い出した時も、じーちゃんだけは賛成してくれたからなぁ。

　じーちゃんは若い頃は海外で仕事してたらしいけど、ここ数年は日本で暮らしてるらしい。

　今年の正月は確か仕事の都合で会えなかったんだよな。でも、もう八十歳ぐらいだったっけ。いい加減、日本でゆっくりすれば良いのになぁ。

　早速、自分で買って来た土産のお菓子を開けると、ひとつ摘んで口に放り込む。

　……ちょうどその時。

「ただいまぁ。美穂さーん。お醤油買ってきましたぁ」

　後ろの襖が開き、聞きなれない女性の声が聞こえて来た。

「んー？」　

　俺は『東京ば〇な』をくわえたまま、ゆっくりと後ろを振り返る。

「んっがっんん！」

　『ギシッ』と言う音が聞こえたとたん、何者かにチョークスリーパーホールドを完キメされたのだ。

　この状態では意識が飛ぶまで十秒も掛からない。

　まずいっ！　これ落ちるな。いくら無防備だったとは言え、大の大人を後ろからガッチリホールドできるとは並大抵の腕力じゃないぞっ！

　即座に負けを認め相手の右腕を三回タップするが、一向にホールドする腕を開放する様子が見受けられない。

「不法侵入者さん。今すぐ負けを認めるか、このまま締め落とされるか、二者択一ですよ。さぁどうします？」

　背後から鈴の音が鳴る様なかわいい声が聞こえてくる。

　えぇ！　マジか、女の子かよ！

　確かに女性らしい細い腕が、逆にガッチリ俺の首に食い込んでいて、的確に頸動脈を圧迫してくる。

　また、声音だけ聞いていれば、年端も行かない少女が精一杯背伸びして迫力のある声を出そうとしている感じで、隣で聞いていれば微笑ましいものなのだろうが、行動は完全にプロの殺し屋の技だ。

　声は可愛いが、こいつ言ってる事がムチャクチャだなぁ。おい、俺はさっき三回タップしてるってーのっ！

　落ちそうになる意識を必死で食い止めながら、もう一度相手の右手を三回タップ。

「さぁ、どうします？このまま締め落としちゃいますよっ！」

　こいつ、全然分かってねぇ！　おいおいおい、チョークスリーパーホールド知ってるくせに、プロレスのルール知らないのかよぉ。

「さぁ、『ＹＥＳ』か『ＮＯ』、はっきり言って下さい」

　この子馬鹿なの？　完全にキマってるんだから、しゃべれる訳無いでしょ！　しかも『ＹＥＳ』と『ＮＯ』でどう答えろってぇの？　『ＹＥＳ』だったらどうなるの？　ねぇ、『ＮＯ』だったらどうなってたの？

　薄れ行く意識の中、遠くから母さんの声が聞こえてくる。

「あぁぁ、リーちゃん。それウチの子だから、締め落としちゃ駄目だよぉ」

　のんきかっ！……。