第25話 隣人は錬金術師
ロロアに簡単に現状を説明した後、ビッグホーンの角だけを切り落として三人で村へと戻る事にした。
話しによると、ゲリオールとロロアは小川に仕掛けた魚の網を回収に来たらしいのだけど、その途中でビッグホーンに遭遇したという事だった。
ただ、二人は漁師ではなく、ゲリオールの方は採掘師でロロアは狩人で、漁は二人の趣味でやっているらしい。
因みに、ビッグホーンレミの言う通り毛皮から肉、骨に至るまで利用価値が高いらしいのだけど、とても三人では処理できないので村に応援を呼びに来たと言う訳なんだけど……
私は、村に着いて再びあそこまで戻るのが面倒になって、角をドワーフの工房に運び込み、その後の事をゲリオールに任せて部屋に戻る事にした。
「なら、戻ったら呼びに行くから待っとれ。今夜は宴会だ!」
「……なぜ宴会?」
「決まっとるだろ。刹那がビッグホーンを仕留めた祝いだ。それと新入りとしての紹介も兼ねてな」
そんな事を一方的に告げて、ゲリオールは昼時で村に戻ってきていたドワーフ達を引き連れて森へと今来た道を戻っていった。
宴会か……あまり気が進まないけど、ここで生活するなら顔は売っておかないといけないし……仕方ないか。
私はそう諦めて部屋に戻る事にした。
やっぱり、初めての戦闘は予想以上に精神力と体力を奪っていた様で、今すぐ横になりたい気分だった。
そう言えば、ロロアの方はと言うと、こちらも回収には参加せず、もう一人のコボルト族に会いに行って来ると言って別れたのだが……
この村のコボルト族はその二人だけらしいのだけど……と言うか、そのコボルト族と言うのがそもそも間違いらしく、実は二人ともハイコボルトだという事だった。
「ハイコボルト?」
「そうです。俺、いや私は」
「そう畏まらないで。普段通りの話し方でいい……」
「……そうですか。では。俺とウル翁はコボルト族に稀に生まれる異端なのです」
異端か……自分と同じかも……
「ハイコボルトなんて初めて聞いたけど……やっぱり稀なの?」
「そうです。容姿は全く変わりませんが、魔力と知力が高く精霊を使役できるのですが……それが一族には不吉な象徴とされ……村を追われるのが常なのです……」
「……それでフラー村に来たと」
「そうです。ウル翁の事は聞いてましたから……それを頼りに……」
やっぱりこの世界は単なる現実だ……基本的な部分では現世と何も変わらないんだ……
ただ、より自分自身で生き方を選べるだけ……いや、責任を持つ必要が大きいってだけなのかな……どちらが良いかはそれぞれだけど、こちらの世界の方が自由度が高いのは確かだ。
そんなロロアは、なんと自分と同じミラのマンションの、しかも同じ六階に住んでいた……まさに偶然である。
そしてもう一人の六階の住人が今、私の目の前にいるメガネを掛けたこの男性である……らしい。
「おかえり、刹那。ちょうど良かった。あんたの隣人を紹介しとくよ。六〇一号室のクレイだよ。それに朝話していた魔法使いさ」
そう紹介されたクレイは……青白くヒョロッとして見えて魔法使いらしいのだけど、どちらかと言うと科学者っぽいと感じた。
分厚い本を持っているし、メガネだし……頼りなさそう……
と思いつつも、貴重な情報源である!
「こんにちは。クレイさん。私は木咲刹那と言います」
精いっぱいの愛想笑いを浮かべて挨拶するが……反応がない。
と言うか、クレイは私の腰に刺さった銃を凝視したまま固まっていた。
もしかして、ゲリオールが言っていた魔法銃を作った錬金術師って……
そう思い、私は腰の銃を抜き、クレイの目の前に差し出して
「もしかして、銃に興味があるのですか?」
「おおぉー……やはり、それは……本物の……異世界の銃……」
クレイはそう言って目を見開き、まじまじと銃を眺めた。
……これは間違いなさそうだね。この人が魔法銃を作った錬金術師だ。
そう確信して、話を聞こうとした時
「こら! クレイ! きちんと挨拶をしないか! これだから研究に没頭している魔法使いは世間知らずだと言われるんだよ!」
そんなミラのお叱りが、身を屈めて銃を見ていたクレイの頭上にゲンコツと共に、降っていた。
「痛っ。ミラさん、酷いですよ……」
「あんたがきちんと挨拶をしないからさ。これだから魔法使いは……」
「あのですね。何度も言いますが、私は魔法使いではなく錬金術師なんです!」
「はいはい、分かったから。まずは挨拶をしな」
ミラに怒られたクレイはまだ何か言いたそうな言葉を飲み込んで、私の方に向き直り恭しく礼をしながら
「失礼しました。お嬢さん。私はゼダ魔法学園都市の錬金術師、クレイと申します」
今までの態度からは想像できない位に様になっている……ロロアもそうだったけど儀礼的挨拶の作法が一般教養としてあるんだろうか……
この恭しい挨拶に抵抗感を感じるのは、現世の上辺の挨拶に慣れてしまったからなのか、それとも私自身の教養の無さからくるものか……
そんな事を思いながらも、再び愛想笑いの挨拶を返しておいた
「よろしくお願いします……」
その後は、ミラが用意してくれたハニーハーブティーを片手に応接間に移動した。
そして、応接間の小さな丸テーブルを囲んで座ると、我慢しきれないといった感じでクレイが質問攻めしてきた。
「あなたは本物の渡界者なんでね! という事はその腰にさしている銃は魔法ではなく本物の銃なんですね! この世界には女神様に導かれてやって来たとは本当ですか! 渡界者は皆言葉に苦労したとありましたがここの言葉はどこで覚えたのですか! その銃をもっとよく見せて頂いてもよろしいか! それから……」
クレイの勢いに引き気味でいると、隣に座っていたミラが「バンッ」と机を叩いて
「クレイ! そんなにいっぺんに質問しても答えられないだろ!」
と睨むと
「あっ、申し訳ありません。目の前に興味対象があるといつも暴走美味になってしまって……」
暴走気味? 明らかな暴走状態だったと思うけど……
「刹那。さっきの質問から、あんたが好きな様に答えておやりよ。その方が上手く話が出来そうだからね。それと、ごめんよ。渡界者の件はつい口を滑らしてしまってね」
「いいえ。気にしないで下さい。ある程度素性を知っている人がいる方が活動しやすそうですから……」
外界から隔離されたこの村では神経質に素性を隠す意味は少ない様に思えた。それよりも信頼を得て協力してもらった方が今後に繋がるだろうし……
「えっと……まずは、私は生命の女神様に呼ばれてやって来た渡界者。言葉は女神様に教えてもらった……」
「おおぉー。本物の渡界者が目の前に……最後の伝承から七〇年ぶりでしょうか」
クレイは感嘆の声をあげながらそんな事を言った。
七〇年前と言うと……第二次世界大戦中かな。既に色々な技術が在ったはずだけど……
「その人はこの世界に何を伝えたんですか?」
「確か……農法と農具、そして機械時計の技術をもたらした筈です。お陰で、食糧問題は大きく改善して、世界標準の時間も設定されました」
十分に凄い功績だ……
この世界にも標準時間があるのは便利かも。
「そして、最新の銃を持っていました」
「⁉ その銃の実用化は?」
「残念ながら。銃自体の複製は出来たのですが弾薬の製造方法が分からなかったのです」
「……やっぱり火薬の製造が問題なんだ……」
「ところで、刹那さんのお持ちの銃は……私の知るモノとは大分変わっており、随分と小さい様ですが……」
「あぁーそうですね。今はこの形が一般的な銃です。もう一挺スナイパーライフルが在るけど……これが弾丸です」
そう言って私はテーブルの上にP229二挺とマガジンから9パラ弾を取り出して置いた。
その銃を二人はマジマジと眺める。
「触っても大丈夫ですか?」
「ここの安全装置に触らなければ大丈夫」
「おおぉーこれが最新の銃ですか! 素晴らしい!」
「これって、あんたが造ってる魔法銃とは違うのかい?」
「私も聴きたい。クレイさんは魔法銃を作れるんですか?」
「えっ? はい。私の研究は魔法銃の完成ですから! それと呼び方はクレイで良いですよ」
そう言ってクレイは胸を張るが
「と言いたい所ですが、実用化には程遠いモノなんです」
と肩を落とす。
「それはどう言う……」
「威力とコストが全く合わないのです。普通に魔法を撃った方が圧倒的に威力も高くコストも掛かりませんからね。お陰でいつの間にか私以外に誰も魔法銃の研究をしなくなってしまったのです」
「その魔法銃の弾丸は何で飛ばしているの? 火薬は製造できなかったんだよね?」
「小規模の爆裂系の魔法で推進力を得ています。その為に魔法石が必要なのですが、使い捨てにするには多少値が張りまして……それ故、今では貴族や金持ちの子供のオモチャになっています」
気の毒に……
それにしても、火薬の代わりに魔法か……ちょっとP229には実用的じゃないかな……
そう言えばもう一つあった!
「音玉を作ったのもクレイですか?」
「そんな話を一体誰に?」
「ゲリオールから聞いたんだけど……」
「おや、ゲリオールと既にお知り合いでしたか。あの音玉は虫除けに開発したモノなんです! 音と硫黄、薬草の臭いで虫を」
「その音玉は火薬が使われているんじゃ⁉」
私はクレイの説明を遮って本題を聞いたが、クレイも察したのか
「あー、そうです。私か研究途中で作り出した火薬を使っていますが、とても弾薬に使える様なモノではありません。ですので音玉に使ってみたのです」
「……一応、火薬らしき物は存在する?」
「ええぇ、一応ですが……」
「……」
「どうしました?」
「実は、火薬の製造方法を知ってるんだけど……」
「本当ですか⁉」
「本当」
「是非、私にお教え願えないでしょうか!」
「……」
弾丸の製造は急務だけど……大切な事を忘れていた
「クレイ、一つ聞くけど」
「何でしょうか?」
「ここで私が火薬の製造方法をあなたに教えたら、この世界に大きな……悪影響を与える事になる可能性は」
「……あります」
やっぱりあるよね……現世の戦争を見れば分かる事……武器の選択を誤ったかな……
「刹那さんは優しいですね」
「えっ?」
クレイのそんな不意の言葉に驚いた。
「いえ、渡界者の知識や技術は富や名声を得るに十分なモノが多いのに、戦争で兵器としての利用を懸念していらっしゃるのではないですか?」
「……」
「確かに銃や火薬があれば魔法使いでなくとも爆発を起こしたり、威力のある遠距離攻撃が出来てしまいますが……心配には及びません」
「何故?」
「簡単です。既に多くの魔法使いが居るからです。残念ながら火薬の威力では高位の魔法使いの爆裂魔法に及びません。しかも遠距離から好きな場所に放てる魔法の代用には成り得ないのです。銃も然り。硬鉄鋼に強化魔法を掛けた盾や鎧には通用しないと思っております」
「……そうなの?」
クレイの力説に確信が持てず隣のミラに聞いてみた。
「さぁ~、私にはその銃も火薬もよく知らないからね。ただ、残念ながら戦争になれば大規模な破壊魔法が飛び交うのは本当さ。モンスターの中には鋼の剣を弾くのもザラだしね。そう考えるとそんな小さな武器が広まった位で戦争が起きたり、大きくなったりと言うのは考え過ぎだとは思うね」
ミラもそう言うけど……
確かに私は魔法の威力を全く知らない……その点では専門家であるクレイが言う事は正しいのかもしれない……大砲で砲撃したとしても機動力のある魔法使いには叶わないだろうし……
「分かった。クレイに教える」
「ありがとうございます! 刹那さん」
「刹那でいい」
その後、簡単に火薬の材料と製法について説明した。
だたし、これらの知識は女神様から貰ったモノで私自身には未知のモノで、当然ながら造った事などない……が、経験から得た知識まであるのが便利な所だった。
全く知らない事でも説明は出来たのだから……
問題は、製造設備である。
小規模と言っても、それなりのレベルの器具がないと難しいのだけど……
「それについては問題ありません!」
自信満々にクレイは胸を張る。
それを見てミラがため息交じりに
「はぁ~。確かにあんたの実験部屋なら何とかなってしまいそうだね……クレイ?」
「はい?」
「火事だけは起こすんじゃないよ!」
「ははは……分かってますよ」
とクレイは苦笑して答える。
「……?」
「クレイは前科があるのさ。爆発なんて日常茶飯事なんだよ! 全く……」
ああぁ、そう言う事……これは期待出来るかもしれない。
そう内心ほくそ笑んでいると
「刹那も気を付けなよ」
「……何故?」
「何故って、クレイの実験小屋が刹那の部屋の隣だからさ。離れちゃいるけど、火事になったら危ないからね」
「……」
昨日、灯りの点いていた部屋か! てっきり人が住んでるのかと思いきや……昨日は実験中だったって事なのか……
火薬なんて一つ間違えれば簡単に爆発するのに……やっぱり楽に事は進まないんだ……
そんな自分の境遇に今更思いをはせながらため息をつく。
それから夕食までの時間は、クレイの実験小屋で過ごした。
流石、独自に火薬の研究をしていただけあって黒色火薬の材料は少量ながら揃っていたのだ。なので早速実験を開始する事にした。
実験小屋の中には様々なガラス器具に、機械の様な類いの装置、そして色とりどりの薬品に微かに光を放つ鉱石と、この森の村にはおよそ不釣り合いなモノで溢れていた。
「スゴイ……」
「渡界者の方にそう言って頂けると嬉しいですね。そちらの世界では錬金術……じゃなくて、科学と言うのでしたか。それが大変発達していると聞き及んでいますので」
「確かに機械に関しては天地の差があると思うけど……ここには魔法技術があるんだよね?」
私はオレンジ色の光りを放つ水晶体を見つめながら聞いた。
「えぇ。渡界者の残した文献から先人達が知恵を絞り、この世界にある魔法や錬金術を組み合わせたモノが魔法技術となっていますが……残念ながらここでは科学と言う概念はまだまだ定着しておりません。魔法学園の錬金術師でさえ科学を本気で理解しようとしていたのは数人でしたからね」
そうだろうね……現実の世界でなら、どこでも新しいモノ、変わったモノを全体が受け入れるのには、実績と時間が掛かるモノだから……
それを考えると、ここでクレイに出会えた事は相当な奇跡なのかも知れない……
「どうしました、刹那? 少し震えている様ですが?」
「自身の幸運の消費が怖くて……」
「幸運の消費?」
「何でもない……。それよりこの水晶は何故光っているの?」
「それは、火の魔力石の結晶ですよ。魔力晶とも言いますが」
「魔力晶?」
「えぇ。純粋に魔力を溜め込むクリスタルの事です。これは自然現象に地脈と魔力溜まりの条件が揃った場所に生成される自然のクリスタルで、今まで大きな鉱脈が発見されていないので希少なんです」
「純粋な魔力を溜める……でも、これは火なんでしょ?」
「そうです。魔力石が持つのが純粋な魔力であるからこそ、各種魔法石の結晶と組み合わせればその属性を帯びるのです。つまりその魔力晶には火の魔法石の結晶が埋め込まれているのです。ですからその火の魔力晶を持って火系の魔法を使えば魔力消費を補ってくれ、更に威力までも増大するという優れモノなんです!」
「ふ~ん、魔法使いには便利なクリスタルなんだ」
「その通りなんです。しかもその大きさだと自然界の魔力を取り入れる量も多いので一生ものですし、更に魔力石には一個につき魔法を一つ埋め込めるのです! それにより誰でも魔法が使えるという訳なのです!」
クレイはそう熱く語った。
こちらでも博士タイプは知識を披露しだすとヒートアップするんだ……
でも、これなら私でも魔法が使えるって事かな?
異世界でなら誰しも夢見る魔法使い!
その疑似体験が出来るのかもしれない……と言う思いを抱きつつクレイに尋ねた。
「どんな魔法でも? 何回でも使える?」
「いえ……この錬金術の傑作でもそこまで万能ではありません……」
あ、沈んだ……
「埋め込んだ魔法の使用回数は魔力石の大きさと純度に比例する為、実用性を求めると魔力晶が必要ですし、魔力晶なら壊れない尽きない限り何度でも使えます……が、魔法の起動には多少の魔力が必要ですので魔法使いの素質が必要になります。それに、なによりもモノ自体が高価なのです。その小ぶりな結晶体でも一〇〇万リオンはします。ですから、普通は小規模かつ単発仕様でしたら安価な魔力石を使います」
そう言いながらクレイが見せてくれたのはガラス質の黒い小さな石だった。
「この魔法石は魔法銃の火薬代わりに使っているモノで、爆発魔法が埋め込んであります。ただ魔法石は一度使うと魔力を失いただの石になり砕けてしまうのです。ですから使い捨てなのですが……この石でも数千リオンはするので、実用的とはとても言えません……」
弾一発が数千リオン……
クリスタルに至っては一〇〇万リオン……私の宿代に食費、雑費込みの一ヶ月の資金が一五〇〇〇リオン。それも多分多めに貰っているはず……冒険者でひと月そこまで稼いで五年以上……
この基準で考えると、相当上級者向けのアイテムだという事か……私自身がどの程度の冒険者になれるかで検討の余地出てくるかも知れない……
けど、この村には肝心の冒険者ギルドが無いんだった。
依頼を受けて、報酬を貰う……私に出来る事は銃を活かした討伐や採取くらい。それらで生計を立てるならギルドは必須という事……
魔法銃も魔法弾丸も実用的ではなく、無理矢理使用するなら莫大な資金が必要になるのか……
そもそも研究にも資金が必要になるんじゃないのかな……と言うか絶対必要だよね……
しかし、私の唯一の資金調達手段である冒険者ギルドがココには無いという現実。
「はぁ~……」
つい現実を見てため息が出てしまった。
「どうかしましたか?」
「何でもない」
「そうですか? では、早速ですが実験を始めましょう!」
そう言って再びハイテンションになったクレイは嬉々として実験台に向かった。
私はそんなクレイを眺めながら
『何とか安く実用的な火薬が出来ます様に!』と心の中で祈るのだった。
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