第24話 フラー村と大きな鹿
翌朝、私は鳥のさえずりで目覚めた。
流石に木の上の部屋である……朝から鳥たちが五月蠅いほどだった。
「……知らない天井……木目がなんかいい……。初めてかも、鳥の声で起きるなんて……」
そんな事を思いながら体を起こし窓から外を見る。
「地上二〇メートルはあるのに直射日光は入って来ないんだ……」
この村の周辺は人が住める程の巨木が集まっている。当然その枝振りも立派で見上げても空を覆い尽くしていて太陽が見えず、時たま木漏れ日が差す程度だった。
「よく考えたら私、この世界に来てまだまともに空を見てない……」
元は私達が居た地球と変わりないはずだから、そんな変わったモノが見られる訳ではないのだろうけど……
「太陽が恋しい……それと、お風呂も……」
空を見ていないと同じく、この世界に来てお風呂に一度も入ってない……森の中では水場で身体を拭くだけだった。
だから村に着けばお風呂に入れるのかと期待していたのだけど……サウナ風呂とは……日本人の私としては湯船に浸かりたいけど、贅沢は言ってられない。
サウナとトイレはあるだけましだとつくづく思う。
二十……もとい、一七歳のうら若き乙女にはお風呂の件もそうだけど、トイレ問題は最重要課題だった。森の中では仕方ないとしても住まいに無いとか共同とか不衛生とかだと精神的ダメージが大きい。
その点この世界では問題ない様だった。
「水洗ならぬ燃焼式トイレなんてね……」
私はトイレを済ませて、サウナの準備をしながら、ある意味水洗式より高度なこのトイレシステムに思いをはせていた。
ミラ曰く、油石と言うスベスベの石材で便器を造りその下部に耐火性の箱を置く。そして内部には火炎石と言う炎の魔力を宿した魔法石を入れて置くと用を足した物は燃えて後に灰が残るだけと言うシステムらしい。
火炎石は結晶体だと高価らしいのだけど、『石』は安価で大量に手に入るのでこのトイレシステムが世界で普及したという事だった。
そして、その火炎石はサウナにも使われている
「火炎石さまさまだね……サウナも悪くないかも……これを利用すれば銭湯なんて簡単に造れるんじゃないかな~。私が造ってお風呂屋さんでも始めれば生活も安泰かも……」
この世界で自活した生活を送る。
その為の重要事項の一つ、住まいに関しては昨日解決した。この素敵な樹上の部屋を無償で借りられたのだ。
となると問題は仕事である。当初は異世界で冒険者として一旗揚げる計画を立てていたのに……
「この村には冒険者ギルドが存在しないなんて……予想外だった」
昨日の話からこの村が村らしくなったのはここ数年。それでも自称村であって、正式な村ではないという事で、公的機関の施設は一切ないという事だった。
「やっぱり、楽はさせてもらえないんだ……」
今までの経験から苦労する事には慣れているけど……異世界に来ても変わらない事には少し気持ちが沈んでしまうのは仕方ない事だと思う。
「少しは不幸体質が変わるかと思ったけど……それより、今日は村を見て回って情報収取と仕事探しをしないと」
そう気を取り直して部屋を出て階段を下りて行った。
一階まで降りると、応接場では数人のノーム達と多分、人間が談笑しているのが見えた。
背も高いし、見た目からして人間だとは思うけど、ここでは分からない……そんな事をぼ~っと考えていると、ミラが声をかけて来た。
「あら、刹那。おはよう。昨日はよく眠れたかい?」
「えぇ、お陰様で。久しぶりに布団でゆっくり眠れた」
「そうかい、それは良かった。朝ご飯はまだだろう? これから一緒にどうだい?」
「良いんですか?」
「あぁ、遠慮する事なんてないさ」
「じゃ、お言葉に甘えて」
そう言うと雑貨屋の奥へと連れて行かれた。
そこで朝食を摂りながら聞いた話では、一番近い街に行くのに帰らずの森を抜けても一〇日、迂回すると一五日以上はかかるという事で、冒険者の登録をするならその一番近い街『ゼダ魔法学園都市』まで出ないと出来ないと言う事だけど……
その街は今、戦時下にあり敵軍の『西ゲルタ軍事同盟』軍の占領下にあるという事だった。
そしてその占領軍から逃れる様にして、数年前にゼダの魔法使い達が数人、この村に避難して来て、彼らが大量の通貨を持ち込んだ事で、主に彼ら相手の商売が始まったと言う話だった。
「今では外から来た人間が二〇人程この村で暮らしているね。さっき応接場で談笑していた人間も魔法使いさ」
「魔法使い……」
異世界と聞いて魔法が使えるのかと密かにワクワクしていたのだけど、残念ながら女神様が言うには、私達には魔法適性が無い様で魔法を使う事は出来ないと言われている。
だからこそ、更に魔法に対して憧れてしまうと言うものだ。
「冒険者になったら魔法使いのパーティーメンバーを見つけないと」
「おや、魔法に興味があるのかい? なんなら紹介してあげるよ」
「本当ですか⁉ 是非お願いします!」
「はっはっ、随分積極的だね。今から話すかい?」
「えっ……いいえ。帰って来てからでお願いします」
「そうかい、分かったよ。なら夕食の時に、隣の猫ひげ亭でどうだい?」
「それでお願いします」
そして私は朝食後に一人でフラー村の見学に出発した。
現在のフラー村には六〇人程の住人が居て、その三割が新参者の人間で、ミラ達ノーム族が一六人、ドワーフ族が二二人。そして最後にコボルト族が二人住んでいる。
その大半が、三本の大木のマンションに居を構えている。
それでも猫ヒゲ亭やドワーフの工房、倉庫、家畜小屋と三軒の民家が地表に立っていた。
これがフラー村の全て……
「ホントに何もない……」
大木が立ち並ぶ中にある村……薄く緑がかった木漏れ日が差し込み幻想的なんだけど……
「破棄された遺跡みたい……」
そう思ってしまうほどに人が居なかった。
ただ、工房からは木を切る音が、家畜小屋からは歌が聞こえてくる事から村の中には人が居るのだろうけど、多分他の人達は森の中で仕事をしているのだと思う。
話しによると、住人が増えた為にここから西の山脈に二キロほど行った高台に魔法使い達の協力で農地を作ったと言っていた。
それに、村の北と南には小川が流れていてそこでは魚介類も取れる様で、森の中で狩猟や採取の仕事もある事を考えれば、皆忙しいのだろうなぁ……
「なのに私は……どうしよう……」
少し村の周辺の森にでも行ってみようか……銃も弾も持ってるし……
「覗く程度なら大丈夫……」
そう自分に言い聞かせて森の奥へと進む事にした。
南の小川まで言って戻ってくると言う予定で進む。
一応村から小川までは頻繁に人が通る為か轍が出来ている様だ。よって道に迷う可能性は低いし、私は昨日村には南から入った……つまり多少なりでも雰囲気が分かる。
「危険な感じはしなかった……でも、ミラが注意する様には言っていたけど……」
少し不安を抱きながらも好奇心の方が上回っていた。
私が村に辿り着くまでに出会った猛獣は……『レッドハウリング』と言う赤毛の狼に、名前の通り巨大な『熊蛙』、そして『ブラックウルフ』の群れだけだった。
これらの猛獣はレルンの話では、帰らずの森の外には滅多に出ないらしい。となると気を付けるのは、熊に猪と狼などの獣くらいだろう。後は……鹿かな……
ミラに森に行くならと注意されたのはこの鹿の事だった。
『ビッグホーン』と呼ばれる鹿で気性が荒く悪食という事で、人はもちろん他の動物達にも嫌われていて、この鹿がやって来ると他の獲物が居なくなって猟に支障が出て、さらに木の実や山菜が食い荒らされると言う被害に悩まされるのだと話していた。
「奴らは目に付く者は皆追い払おうとするから、もし見つけたら逃げるんだよ。じゃないと角で突き上げられて、下手をすると命に関わるからね。でも狩れるなら狩ってもいいんだよ。肉も皮も角も良い材料になるからね」
「何て事を笑いながら言っていたけど……まぁ鹿は鹿なんだし銃でなら何とかなるかな。それにしても、見境なしに襲って来るなんて、空腹でなければ攻撃して来ない猛獣より質が悪い気がする……」
そんな独り言を言いながら森の小道を進んで行く。
村から少し離れるだけで木々の大きさは随分小さくなった。それでも大木と言うにふさわしい姿をしている。
木の香りを含んだ爽やかな風が時たま吹き抜けて、木々の枝を揺らす。すると、その間から陽の光が差し込み、地表のコケを鮮やかな緑色に照らし出した。
そんな景色を楽しみながらさらに進むと『ドンッ』と何かが木にぶつかる様な音が道の先の方から聞こえて来た。
そこで足を止めて耳を澄ませると……
「微かに水の流れる音……小川が近い……」
それ以外に特に何も聞こえないかな……と思ったその時
「うわぁー!」
遠くの方で叫び声が聞こえた。
これは小川の近く⁉
そう思うと同時にP229を抜いて、声のした方へ走り出した。
周りに気を配りながら走り続けると、だんだんと川の音が大きくなってきた。
もうすぐかな。
そう思った時、前方から黒い塊がコチラに向けて飛んできた。
私は急ブレーキをかけ、その場で銃を構えたが、その物体は私の手前一〇メートルほどの草むらに落下した。
そしてその物体は落下と同時に「がはっ」と言う声を発した。
私は急いで落下地点に駆け寄る。
「大丈夫⁉」
そう声をかけた落下物は、私が初めてフラー村に来た時にレルンに声をかけて来たドワーフの一人だった。
「うっ。……新入りの譲ちゃんか。早く逃げるんだ! 直ぐにビッグホーンの奴がやって来るぞ!」
「⁉ ビッグホーン……」
やっぱり事前忠告はフラグだった……て、そんな事を考えている暇はない。
「怪我をしているあなたを置いていけません。肩を貸しますから一緒に!」
そう言って私はドワーフに肩を貸して起き上がらせる。
「すまん……にしても、譲ちゃんにしては勇敢だな……。しかし儂は逃げる訳にはいかんのだ! それにケガ人と一緒では奴からは逃げきれんぞ!」
なんか、思い描いていたドワーフそのままだ……
この緊急事態にそんな事を考えていたが……なら、答えは一つ!
「あなたが逃げないと言うのなら、私も戦います」
その言葉に、目の前のドワーフは驚いた表情で
「ひょろっこいお前さんがか⁉ その小さな武器一つで⁉ ビッグホーンと戦うつもりか⁉」
と言って来る。
まぁ、当然そうなるよね。
戦った事も、狩りすらやった事のないこんな素人に、屈強なドワーフを吹っ飛ばす程の相手と渡り合えるはずがない……
私自身もそう思うけど……無謀な事を言っていると思うけど……ここで逃げたら後悔する事だけは分かっている! だから……
「ええぇ。そうです」
そう返事をすると、立ち上がりドワーフに背を向けて前方にP229を構える。
私の初めての冒険……
「仕方ない! いいか! 正面からの突進は絶対に食らうなよ! お前さんでは確実に死ぬぞ! 左右への角の振り幅も大きい! 後ろか側面から攻撃するんじゃ! いいな!」
どうやら私の態度を見て逃がす事を諦めたそのドワーフは、痛みを堪えながら立ち上がりトマホークを構えながら、そうアドバイスをくれた。
私はその様子をちらりと振り返り見るが、とても戦える状態には見えない。
この世界でもやっぱりドワーフは頑固者で勇敢な戦士なのかな……
と、それよりも、猪突猛進……猪型って事か……なら、アドバイス通りに突進を避けて側面から撃てば何とかなるかな……
そんな事を考えていると前方の大木の幹から凄い速さで枝が伸びてくるのが見えた。
えッ⁉ ニョキニョキと幹から枝が生えてくるんですけど⁉ なにあの木はっ⁉
口には出さないが内心驚愕していると
「来たぞ! 気を付けろっ!」
その声にはっとして気づいた……それが枝では無い事に……
「あれが角……」
それは大木の枝かと見間違う位に大きな角だった……
その角は、幾重にも枝分かれして先端が鋭く尖り、根元の方はヘラジカの角の様に板上になっていて、優に二メートルは超えていた。
そしてその後から現れたのは、鹿と言うには余りにも体格のいい三メートルほどのビッグホーンだった。
……鹿じゃない……完全なモンスターなんだけど、アレは……
悠然と現れたビッグホーンは、こちらを見るとそのまま頭を低くして角を突き出し臨戦態勢に入った。
「突進して来るぞ……ある程度引き付けてから避けんと方向転換して来るからな。儂が声をかけたら思いっきり横に走れ!」
いつの間にか私の横に立っていたドワーフが言ってきた。
私はその話を聞きながら考えていた……
絶対の自信をもって突進して来る……それはつまり、正面からなら的はズレないという事……あの大きさに9ミリパラでどの程度ダメージが通るか……それなら急所に撃ちこんだ方が……
「距離はおよそ五〇メートル……ねぇ、何メートルくらいで避けるの?」
「……およそ一五メートルくらいかの……大丈夫か?」
「十分」
私はそう答えたが、多分このドワーフの思う答えの内容とは違うはずだ。
そう言ってP229を構える……当然、今まで本物の銃なんて撃った事もなかったが、ここに飛ばされる前に思う存分射撃訓練をしてきた。
その感覚を思い出す様に、右足を後ろに引いて少し前傾姿勢を取りグリップを握る右手に左手を添えて両手で構えて、サイトでビッグホーンの頭に照準を合わせる。
一応、二挺拳銃スタイルを目指してシングルハンドでの訓練を重点的に行ったが、今回は命中率重視のダブルハンドでいく。
だからと言って一発で仕留める気はない……確実に倒す為に次装填を考えずに一六発全弾打ち尽くすつもりで……
そんな私の姿勢に違和感を覚えたのだろう隣のドワーフが再び声をかけてくる
「お前さん、分かっとるんだろうな⁉ わしが声をかけたら横に走るんじゃぞ⁉ ええか! 避けるんじゃぞ!」
「分かってる……」
そう答えつつも狙いを定めて微動だにしなかった。
「……本当か⁉ 何か嫌な予感がするぞ……」
ドワーフがそんな不安を言葉にした瞬間、遂にビッグホーンが動いた!
警告の通り、ビッグホーンは頭を下げ、角を突き出したまま猛突進して来た。
しかしそのスピードは予想以上だった為に、あっという間に残り到達距離が三〇メートルを切った。
私の頭がそう認識すると同時に、引き金を引いていた。
一発、二発、三発と連射する。
その発射された弾丸は……もしかしたら強靭な頭蓋骨に阻まれるかとも危惧していたけど……そのまま、ビッグホーンの頭を撃ち抜き血飛沫が上がる。
しかし、そのまま突進して来るビッグホーン……
立て続けに更に四発の弾丸を打ち込む私……
それでも突進して来るビッグホーン……
再び、トリガーを引こうとした私は、横からの衝撃で苔の絨毯の上に倒れ込んだ。
「ちょっ、何を⁉」
「死ぬ気かっ⁉ 早う立てっ! 逃げ……」
『ドシャ』
その衝撃は、何かを撃ち出して攻撃する私が、突進して来るビッグホーンを避ける気配が無い事に焦りを覚えたドワーフのタックルだった。
しかし、その場から逃げる前にビッグホーンは、突進する勢いそのままに地面にぶつかり倒れ込んで動かなくなった。
それを見て唖然とするドワーフであったが……ビッグホーンの角は私が立っていた場所に十分過ぎるほどに届いていた……
……危なかった……
「……ありがとう」
私は立ち上がり、土を払いながら一応礼を言っておいた。
「お前さん……一体何をした……」
ドワーフは動かなくなったビッグホーンを凝視しながら訊ねてくる。
「それに、その音玉の様な炸裂音を出す魔法銃の様なモンは一体……」
さて、何て答えようか……銃で……
「炸裂音を出す魔法銃?」
私はオウム返しの様に聞き返していた。
「完全に死んどる……こんな小さな穴で……」
ドワーフはビッグホーンの死体をマジマジと観察していて、こちらの声が耳に入っていない様だったので、P229を見せながら
「これは銃。これで撃った弾丸の後がその穴。それより、さっきの炸裂音を出す魔法銃と言うのは何?」
「なんじゃ、それは魔法銃ではないのか?」
「これは単なる銃……」
「……よう分からんが、魔法銃ってのは村の変わり者の錬金術師が造った魔法を撃ち出す武器の事だ。と言うても大した威力は無かったが」
「この世界にも銃が存在したんだ……」
でも魔法を撃ち出す……やっぱり銃弾を作れなかった事の代替品?……
「で、その銃も打ち出す時に炸裂音がするの?」
「ん? いや、炸裂音の方は音玉の方だ。力いっぱいモノにぶつけると炸裂音と共に硫黄の煙が出るアイテムで、これも錬金術師が造ったもんだが、気になるのか?」
……衝撃で爆発する仕組みなら……火薬が存在する⁉
「おっと、悠長に死体を眺めてはおれんかった! あやつの手当てをしてやらんと!」
そう言ってドワーフは小川の方へと走り出した。
そう言えば、仲間が怪我をしてるって言ってた……
それを思い出して私もドワーフの横を一緒に走りながら、気になっていた事を聞いてみた
「今更だけど、あなたの名前は何て言うの?」
「そう言えば、お互い知らんかったな。わしはゲリオール、見ての通りドワーフだ。お前さんは?」
「私は、木咲刹那」
「えらい変わった名だな。まぁええわい。それよりロロアの奴は生きとるか心配じゃ」
そんな話をしながら走り続けると、目の前の大木の根元に左胸から大量の血を流した獣人が倒れていた。
「ロロアってドワーフじゃなかったんだ」
「ん? ああぁ、奴は村に住むコボルト族だ。まぁ狩りの相棒かの。おい! ロロア! 生きとるか⁉」
「あ……あぁ……何とか……」
ゲリオールの問いかけにロロアと言うコボルトは弱々しい声で答える。
近くで見てみるとビッグホーンの角の一撃を左胸に受けたのだろう、胸当てに穴が開いていた。
「流石に急所をずらした様だが……この傷と出血では……」
「はは……ゲリオールよ……気に病むな……俺がしくじっただけだ……」
……確かに見た目にも助かりそうに無い傷だけど……信頼を得る為にもココは試してみようかな。
そう心に決めると私は胸元から神代樹の実を取り出し、ロロアの横に腰を下ろす。
「私が治す……確かコボルト族は森の民なんだよね?」
「あぁ、そうじゃが……この傷を治すには高級治癒ポーションがなくては……」
えっ⁉ ポーションでこの傷が治るんだ……まだまだ情報を集めないといけないな……
「ポーションは持ってないけど……森の民ならこの力が効くはず……」
そう言うと私は、神代樹の実をロロアの上にかざした。
すると、神代樹の実はその色と同じ緑色の光を放ち、そこから光の粉が落ちロロアを包み始めた。
「これは……もしかして、神代樹の実か⁉」
ゲリオールが隣で驚きの声を上げている内に光の粉はロロアを覆い尽くした。
すると、みるみるうちに傷口が塞がり出血も止まった……そして光が消えた時には全ての傷が治っていた。
……想像以上に凄いアイテムだった……私は森の民じゃないけど、これを貰ったって事は私にもこれと同じ効果があるのかな? ……今度レルンに聞いてみよう……
「もう大丈夫」
「なんとっ⁉ あの傷を一瞬で、しかも体力まで回復させるとは……凄いの」
「俺は……いったいどうなったんだ? 傷が……塞がっている?」
ロロアは自身の体中を確かめながら言った。
「治癒ポーションを使ってくれたのか?」
その問いに私は首を横に振る。
「いや、村には薬師はおらんし、ポーションも在りはせんのはお前も知っとるだろ。この譲ちゃんが神代樹の実を使ってくれたんだ」
「何⁉ 神代樹の実を⁉ という事は森の神人様⁉」
そう言うとロロアは起き上がり身を正して私に片膝を着いて恭しく頭を下げた。
これには私も戸惑った。
森の神人? 神代樹の実って森の民にはこんなに特別なモノなの? ……でもミラはそうでも無かった様な……
そんな事を考えながら目でゲリオールに助けを求めた。
「仕方ないの……ロロア! いくら森の民だからと言って、いきなり初対面の相手にその態度では……見てみ、刹那が戸惑っておるぞ」
ゲリオールの言葉にロロアは顔を上げて、私が戸惑っている事を知って更に頭を下げた。
「申し訳ありません! 命の恩人たる神人様を困らせるなど……」
「いえ……そうされる方が困るのですが……」
「申し訳ありません!」
「ぶっ! はっはっはっ! ……ロロアよ! それでは何時まで経っても話が進まんぞ!」
小鳥のさえずりと小川の音だけが聞こえる静寂の森を、しばしの間、私達のやり取りを見ていたドワーフの笑い声が支配する事になってしまっていた。
……恥ずかしい……もう帰りたい……
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