第23話 巨木の中の世界
巨樹の森をレルンと共に二時間ほど歩くと周りの木々は先ほどより小さくなり少し森の様子が変わった。と言っても私の知る木からすると十分に大きな樹ではあるのだけど……
それに、地面は思った以上に草花が少なく歩きやすい。その代りに木の幹や枝には地衣類や花達がたくさん付いていた。
私は自然に詳しい訳ではないが、それでも違和感のある森なのは何となく感じた。
「レルン。この森は普段からこんな感じなの?」
言葉が出ず、何となくのニュアンスで聞いてしまった……
「こんな感じ? あぁ、刹那も違和感を感じたんですね」
「うん」
「この一帯の森は特殊なのです。木々達が移動するのですよ」
「えっ⁉ 木が歩くの⁉ この樹はみんなトレントなの⁉」
「いえ、違います。この樹はトレント達ではありません。ただの植物ですよ。しかし根を一方に伸ばしてひと月に数メートル移動するのです」
「……単なる植物の樹が動く……確かにどの樹も根が盛り上がってる」
「その為にこの辺りの地面には他の植物が育ちにくいのです。これが帰らずの森の特徴なのです」
「……今、物騒な名前が聞こえたんだけど……帰らずの森?」
「この付近の森の通称です。正確には巨樹の森を囲む幅数十キロほどの範囲の事ですが……木々が動いて地形も変わるので地図が存在せず、磁石も使えませんので迷い込むと出て来れない事が多いのでその様な名前が付いたのです」
「……レルンは大丈夫なんだよね」
「当然ですわ。我らはこの森に住まう妖精ですから。それに毎日の様に森に入る森の民でしたら、やはり迷う事は無いでしょうね」
「そうなんだ……」
……これは、飛ばされた場所的には最悪の場所だったんだ……案内人が居なければ森を彷徨い続けて……そして……
「そう言えば、何日くらいでフラー村に着くの?」
「そうですね、このペースですと……五日位でしょうか」
「五日⁉」
それなりに体力に自信のあった私だけど、この起伏に富んだ森の中を二十キロ以上の荷物を担いで五日間歩き続けるのはしんどい……
こんな状態でモンスターに遭遇でもしたら……
「レルン。この森には人を襲う様なモンスターは居るの?」
「モンスターはおりませんよ。この森は物騒な名前が付いておりますが、基本的には神代樹を中心とした清浄の森です。多少、気性の荒い獣はおりますが魔獣の類いはおりません。ただし先ほども申し上げましたが獣や毒虫などは多数生息しておりますのでお気を付け下さいね」
「……分かりました」
それからはひたすら村を目指して歩き続けた。途中、何度も猛獣に遭遇したがレルンが居たおかげで襲われる事なく、四日目には帰らずの森を抜けた。
と言ってもそう変わり映えはしなかった。それでも地面には草花が生え森の中に小道が存在していた。
その小道を更に一日歩き続けてようやく『フラー村』に辿り着いた。
「はぁーはぁー…… 本当に五日間歩き通しだった……」
「お疲れ様でした。本当は後二~三日は掛かるのではと思っておりましたが、見た目によらず身体を鍛えていらしたのですね。感心致しましたわ」
「……どうもありがとう……」
もう限界です……最初からこんな過酷な状況になるなんて……これは、もしかしたら他の人達とは会えないかもしれない……
ゲームとかじゃない単なる現実世界……相当引きが良いか、強くないと最初の町にすら辿り着けないよねこれは……
私は相当運が……いえ、巡り合わせが良かったんだね……
「うふふ。では知り合いに紹介しますのでこちらに」
そう言ってレルンは村の中に入って行った。
フラー村はまさにファンタジーだった。
大きな樹の幹をくり抜いた家々に、木の上に造られた家、それらを繋ぐ吊り橋、もちろん地上には木造の普通の家も少なからず建っているが
「すごい……」
ゲームなんかに出てくる森の町だ……エルフなんかが住んでいそうな……そこまで思って気が付いた。
この村には、そのエルフらしき姿が見えない。どちらかと言うとドワーフ? ノーム?そんな種族ばかりが目に付いた。
……もしかして、彼らがこの世界でのエルフなんじゃ……
イメージと違う~……
そう一人で勝手に悶絶しているなか、レルンは村の中を進んで行く
「おや、レルンが村に居るなんて珍しいのぉ」
「なんじゃ、その人は? またゼダからの難民か?」
レルンが村の中を進むとそんな声をかけられるがその度に笑顔で誤魔化したり、この子は私の知り合いですと簡素な説明だけで先を急いでいた。
「あの人達は?」
「彼らは森のドワーフ達ですよ。気さくで心優しい方々です」
「森のドワーフ?」
「もとは地下のドワーフ王国に住んでいた者たちですが、数十年前にこの地にやって来て村をここまで大きくしたのです。ここは元々ノームやはぐれコボルトが数人住んでいただけの場所だったのです」
「エルフじゃなかったんだ……」
「エルフ? ふっふっふっ、本当に刹那は面白い事を言うのですね。でも彼らにもエルフ達にもその話はしてはいけませんよ。絶対に怒りますから」
「分かった……」
また笑われてしまった……
何か、レルンには私の変な部分を出してしまっている気がする。
「因みに、エルフ達はこの辺りにはおりません。もしかしたら旅人や冒険者のエルフになら会えるかもしれませんが可能性は低いかもしれません。刹那はエルフに会いたいのですか?」
「ん~そう言う訳じゃなく……私達の世界で異世界の話と言えばドワーフやエルフが一般的だったので興味があったっていう程度」
「あら、そうなんのですね。という事はこれから会うモノも少し違うかもしれませんね」
「その人はドワーフじゃないの?」
話しの流れから、私はてっきりドワーフの村長にでも会いに行くのかと思っていたが
「彼女はノームなのです。ほら、目の前に見えるあの巨木の集合住宅の女主人です」
そう言われて目の前の巨木を見てみると、窓の数からして内部は最低でも五階層はありそうだった。
さらに樹上には幹と枝との間にも部屋が造られているのが見えた。
集合住宅……巨木のマンションか……でも
「レルン。ここにお世話になるのは良いとして、村長さんに会いに行かなくていいの?」
「そう言えば、まだこの村の事を詳しくお話していませんでしたね。先ほども少し言いましたがこの村は元々個々の集まりでしかありませんでした。それはドワーフ達が来てからも同じで少しずつ集まって今に至るのです。ですので、便宜上フラー村となってはおりますが村長や行政機関の様なモノは存在しないのです」
「え? という事はここは正式な村じゃないって事?」
「そう言うことです。一応、皆が協力して生活はしておりますが基本は自給自足になります」
ああぁ……やっぱり楽は出来ないんだね……
森の中で自給自足……就職口なんてあるんだろうか……
そんな不安を抱きながら、異世界生活の拠点になる巨木のマンションを眺めていた。
「刹那、こちらがここのオーナーであるミラです」
巨木のマンションに入るとそこは半分が応接間になっており残り半分は雑貨屋になっていた。その雑貨屋にいた年配の女性をそう紹介された。
見た目は人と変わりないが背は低く少しふっくらとした人の良さそうなおばさんだった。
ノーム……森や山に住む妖精族。
だから同じ妖精族のレルンと親しいのだと言う。
「この子が女神様に託された渡界者の娘さんだね。ここの大家と雑貨屋の女主人をやってるミラだよ。よろしくね」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
「なんだい、元気がないね~。若いんだからもっとしゃんとしないと」
「ミラが元気過ぎる様に思えるのですが。刹那は慣れない森の中を五日間も歩き通しだったので疲れが出たのでしょう。部屋は用意できていますか?」
「もちろんだよ。最上階の六〇三号室を用意しておいたよ」
そんな二人の会話を聞いて疑問に思った
「レルンはいつミラさんに連絡とったの?」
「刹那に会ってから、念話で話しを……。そうですね、念話とは魔法の一種で一〇〇キロ圏内の登録している者と会話ができるのですよ」
「そうさ。四日前にいきなりレルンから念話が飛んできてさ、女神様に頼まれた渡界者を連れて行くから住める場所を用意してくれって言われてね。急遽、物置に使っていた部屋を修繕したのさ。木の中じゃなく外の部屋だから風雨の影響はあるけど快適な部屋だよ」
どうやら、フラー村に向かっている最中にレルンが色々手を回していてくれた様だった。
「でも、私はそんなにお金を持っていないのですが……」
この世界に来るにあたって当座の資金として貰ったのが金貨三枚、一五〇〇〇リオンだけだ。生活水準は地域差があるので一概には言えないが大体生活費三ヶ月分くらいだったはずで、そこに家賃や必需品を買い揃えると一ヶ月ほどでそこを尽きるのではないかと心配になっていた。しかし……
「家賃なんていいさ。女神様の使者からお金なんて貰えないよ。それにエルエトンが認めたって言いうじゃないか。神代樹の実を授かったんだろ?」
エルエトン……神代樹の実……
「ああぁ、これの事ですね」
初日にエルエトンと言う木々の王から貰ったレアアイテムを取り出した。
「ほほぉー。本当に神代樹の実だね……。いや~癒されるね~」
「癒される?」
「その神代樹の実は木々に生命力と活力を与えるだけでなく、森の民に癒しをそれこそ、疲労回復から怪我や病気の治療、そして魔力の回復までこなすアイテムなのです」
「そう言う事さ。だからその近くにいると私やこの大木も元気になるのさ。そして、その実の力は選ばれた者にしか引き出せない。だから森の民をその実を持つ者を敬うのさ」
そんな力があったんだ……だから森の民なら喜んで協力するという訳なんだね。
「ではミラ、私は戻りますので刹那の事をよろしくお願いしますね」
「わかったよ。任せていきな」
「レルン。色々とありがとう」
「礼には及びませんよ。それに刹那はこれからが大変なのですから、頑張って下さいね。森の中なら幾らでも協力しますから」
そう言ってレルンは森へと帰って行った。
「じゃ、刹那。部屋に案内するから付いて来て」
「ありがとう、ミラさん」
「ミラでいいよ。私の事は母親だと思って頼ってくれていいからね」
そう言って階段を登り始めるミラの後を追った。
その途中、ここの話をいろいろ聞く事が出来た。
この樹のマンションには二四部屋あり、ノームとドワーフそれに数年前から人間が住んでいるという事。風呂はサウナ式で食事は自炊が基本。隣接する食堂で摂る事も出来るらしい。
そもそもこの村は外との交流が少ない為、お金の流通が少ないという事で、主に物々交換が行われているという事だった。
しかしそれは、私にとっては大きな問題だった。
「ミラの話からすると、生活の為には狩猟や採取をするという事で良いのかな? そしてそれらを物々交換するという事で」
「それで正解だよ。この村は自給自足が原則で、たまに商人たちが来る位だからね。ここではお金なんて殆ど使わないさ。ただ、最近はゼダからの難民がやって来たから昔よりはお金の流通があるけど……」
ゼダからの難民?
近くの街で災害か戦争でもあったのだろうか……
まだまだ知りたい事はあるけど大事な事を確認しておかないと
「ミラ。一つ聞きたいんだけどこの村には冒険者ギルドはある?」
大木の中を最上階まで登りそこから幹の上に出ると、直径数メートルはある枝が、そこから四方八方に別れしていた。
その枝分かれした付け根部分に四件の小屋が立っていて、中央には小さな池を囲む様に花が咲く庭があった。更に北と西隣の大木へと繋がる二本の吊り橋が架けられていた。
そこに在る小屋はどれも蔦とコケに覆われていて、独特の雰囲気を漂わせていた。その中で六〇三号室は東側の小屋だった。
これ、崩れたりしないのだろうか……そんな不安を抱いてしまう外観だった。
他の三軒の内、両隣の二軒は明かりが点いていたので入居者が居るのだろう。
「悪いね、こんな部屋で。なりはこんなんだけど中は十分綺麗だし頑丈だよ。この最上階の部屋は他に比べて狭くてね。物置代わりに使っていたんだけど、独り身の者には十分な広さがあるから住み心地は保証するよ」
そう言って案内された室内は、ミラの言っていた以上に綺麗で広く住むのに何の問題もなさそうだった。それにベッドには既に布団が用意されていた。
「その布団はサービスだよ。はい、これが鍵。それじゃ今日はゆっくり休みな」
ミラが部屋を出て行った後、改めて室内を見て回り、そしてベッドに横になった。
異世界に来てからずっと野宿だった……寝袋に木々の枝を仰ぎ見て毎晩眠る……それでもたまに現れた様々な色のホタルや光る植物が夜の森を幻想的に演出してくれて嫌いではなかった。
「でも、やっぱり布団で寝むれるのは落ち着く……」
無事に村まで辿り着けた……明日はここで生活する為に……もっと色々調べないと……
そんな事を考えている内に私はあっという間に眠りに落ちていたのだった。
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