第8話 新生活が始まり、カニで大儲け

今回の報酬は、冒険者ギルドの依頼ではないので金銭的なモノはないがその代りに、念願の空き家と土地を手に入れた。

と言っても放置されている家だけでも六軒あり、以前は農地だった荒れ地もそれなりの広さがあるので独り占めという訳ではない。


そんな中で自分が貰ったのは、森に近い一番大きな石造りの平屋6LDK温泉付きの家とその隣の畑である。ただし、当然荒れ放題の為、修繕と開墾、そして温泉用に源泉からの水路復旧が必要だった。


それからの二ヶ月は村の人たちの協力で、開放地の復旧と家の修繕作業の日々だったが、筋力アップと体力アップには随分効果があった。

石造りの家は造りが頑丈なだけあって床板と屋根の修繕くらいで住めそうだったが、風呂場は狭く開放感が無かったので思い切って作り直し、窓を大きくとった半露天形式にした。


そして、家が何とか住める様になった所で事件は起こった。


自分がカルノスの家から引っ越すのに色々と店で買い込み、その運搬をアルティとカルノスに頼んでいた。


キッチン用品に寝具、それに日用品などで五○○○リオンほど買い込み、さらにこの世界では超高級品たる冷蔵庫! 三○○○○リオンだ。自分の開墾バイト料が一日二○○リオンだったから約半年分か……断熱性の高い貴重な木と氷の魔力が宿る氷結石という魔法石を使っている為に高額なんだとか。


本来なら、最初の資金が一五○○○リオンしかない自分には買えない代物だったけど、大爪熊の爪二本を冒険者ギルドが六○万リオンで買い取ってくれたので、修繕と引っ越し費用の二〇万リオンに当面の生活費も確保できたのだ!

更に、机や椅子にベッドなど全部屋分の家具一式はギルさんがこれまた爪一本と交換で作ってくれた。

本来、ドワーフの細工物は高価らしいのだが自分たちの活躍に感心したのと、爪を切り落とした之定に興味が湧いた様で、うる覚えの刀の製法を教えたお礼だという事だった。


それら大量の荷物を、今日二人に届けてもらったのだ。

そしてレミィやテトさんたち村の人たちも手伝いに来てくれて荷物を運び入れ、セッティングや片付けがひと段落した時にはこの家の中に、何故かアルティとカルノスの部屋も完成していたのだった。


「……どう言うことかな」

自分がもっともな疑問を口にすると、二人はさも当然とばかりに


「「今日からここに住むんだよ」」

と答えた……そして、呆気にとられる自分に対して


「僕たちも一応、報酬を貰う権利はあるんだよ」

「そうそう、だけど家や土地なんて大層なモノはいらないからって事で、アルと相談してこの家も土地も三人共通の報酬って事に変えてもらった」

何故かドヤ顔でカルノスは親指を立てる。


はぁ~と溜息をつくが、確かに報酬は三人の物だ……それに自分はココには6年弱しか居ないことを考えると妥当な選択かも知れない。


「……まぁ、保護者の了解が取れてるなら反対はしないけど」

「「今日からよろしくね!」」


こうして三人での共同生活が始まった。


その日の夕食後、この家自慢の源泉かけ流しの温泉でゆっくり疲れを癒していると、カルノスが入って来た。


「レンヤ兄に聞きたかった事があるんだけど」

何やら真剣な表情で訪ねてくる


「何?」


「この世界の危機についてなんだけど」


あぁ、やっぱり気にしてたんだ……そうだよな、自分達の未来が掛かってるんだから


「あれから俺なりに色々調べたんだ……そしてレンヤ兄の話からこの世界の神話はある程度事実に基づいて語り継がれていると確信した」

そう言えば、カルノスは考古学に興味があるんだったっけ。と思いつつそのまま話を聞く事にした。


「で、創生神話の中で、神エーテリオンは最初に植物や虫、魚に小動物に祝福を与え種類を増やしたとあるんだけど……これって、神が降り立つ前にそれらはこの世界にあったって事なんじゃないかと思うんだけど」


「おおぉ~ 流石だね」


「やっぱり! ならそれら神の造りし生命体の宿命の外にあるって事でいいのかな?」


「その通り。それらは少し神の手が加わっていても基本は太古から進化して来たこの世界の生命体で生命エネルギーの複製が出来るから、劣化も無いしこのまま問題なく存在していくはずだ」


それを聞いたカルノスは少し考え込んでから


「……なら、それらを多く摂取すれば……エネルギーを取り込めたりは出来ない?」


何となく含みのある、何か他に言いたそうな事がある、そんな話し方に聞こえた。

多分、ある可能性に気付いているのだろう……


「それは無理みたいだね。生命誕生の時に取り込まれるしかない様だよ」


「そうか……」


そう言って俯く。

そんなカルノスの姿を見て確信した。ならばこちらから答えようと決めた。


「仮定の話として、もしこの世界で生命エネルギー溢れるそれらの種を殺し尽せば、それらが持っていた生命エネルギーは世界に解き放たれると思う」

自分の言葉に、カルノスは一瞬体を震わせたがそのまま黙って話を聞いていた。


「ただし、それでは自然界のバランスが崩れて結局は他の生命体も滅ぶだろうね。それに、根本的な問題として、世界中で同時に殲滅出来なければ誕生スピードの差から、再び生命エネルギーは植物や小動物達に戻るだろうし」


「そ、そうだよね……他の種を犠牲にしても意味ないよね」


そう、力なく笑いながら顔を上げる……それを見て少し心が痛んだがここまで来たら最後まで認識しておいた方が良いだろうと言葉を続けた。


「そうでもない。その殲滅対象が生命エネルギーを大量保有し消費する人種や亜人種の場合なら状況は一変するだろうね。そもそも今回の原因は想定以上の人口増加が原因なのだから」


つまりは戦争こそが問題解決の早道だと言える……ある意味でこの事実は戦争の正当化、殺人の肯定にもなりうるものである。


「っ⁉ ……」

カルノスは青ざめた顔で絶句している。


そうなるよな……戦争被害者である彼には酷な話だ。

以前聞いた戦争がこの事実を元に起こされたのなら、種の存亡が掛かっているのだから諦めろと言われている様なモノだろう。


しかし、もしそうなら、その戦争はジェノサイドを伴ったもっと悲惨なモノになっていてもおかしくないと思えるのだが……そんな話題は無かった。

もしかすると他に何か在るのかも知れないけど……


それよりも今はカルノスの方が先だな。


「多分、カルノスはその可能性に既にたどり着いていたんだろ?」

自分の問いかけに無言で頷く

「その不安を今まで抱えてたのか……もっと早く話してくれれば良かったのに」

そう言ってカルノスの頭に手を置く。


「そうしたかったけど、事実を知るのが怖かった……認めたくなかったのかも」

まぁ子供には、と言うか自分でも重たい事実だし……

出来れば知りたくないし認めたくないよな。


「いいか、種族存亡の危機があったとしても戦争で攻められた国がそれを黙って受け入れる理由は無いんだ。元々この世界にも昔から戦争はあったんだろ?」


「うん。歴史では各種族が勢力を拡大する上で何回も起きてるはずだよ」


「そうだろ。つまり戦争自体の理由は色々で種族存亡も理由の一つでしかないのさ。今回の戦争だって敵国は軍事連合なんだろ? 種族の存亡を大義名分にするなら他国の殲滅が優先されるはずさ。だからこの戦争も色々な欲望が入り混じって動いているんだ」

自分のそんな熱弁をカルノスは真剣に聞き入っている


「だからそんな相手国のエゴや都合に、こちらが付き合ってやる理由は無い! 攻められたらやり返す権利はあるし、恨みを晴らす権利も当然ある。だからカルノスが戦争に抱いている感情を押し殺す必要はないのさ。今まで通り自分の気持ちに素直に従えば良いんだ」


「世界の危機を救う事は神様や女神様に任せて置けば良いんだよ。それに、そのヒント探しに召喚されたのは自分達なんだから気にしない! カルノスやアルティ達の未来は自分が守ってやるさ!」


なんて大それた事を言う自分目がけて、目をうるうるさせたカルノスが飛びついて来た。


「レンヤ兄―。ありがと~」


かわいい弟の頭を撫でながら、ふと、こういう事実はゲームとかならもっと後の方で開示されるんだろうな等と変な事が頭をよぎる。


また明日から頑張らないとな。こんな事言っといて生き延びれなかったらカッコ悪いし。


そんな事を考えていたら、風呂の扉が開いて

「いつまで風呂に入っているのかな~」

とお怒りのアルティが現れたので二人して慌てて風呂から上がったのだった。

 


この世界に来て三ヶ月。やっと独立拠点の家を手に入れた……

これがゲームや漫画なら既に中ボスでも倒して国の一つでも救っているのだろうけどね。

現実は、ようやく冒険者としてのスタートラインに立っただけだ。それも実戦経験は先日の大爪熊の件だけ。それでも開墾と家の修復作業のお陰で体力も筋力も相当アップした。


そしてこの世界にも慣れ始めた。

今は季節的には夏なんだろ……来たころに比べれば明らかに日差しが強いし毎日の様に夕立がくる様になった。それに伴い森の木々は葉を大いに茂らせ、色とりどりの花を咲かせている。

この地域は一年を通して温暖な様で、森はジャングルとまではいかないが亜熱帯の森といった雰囲気が漂っている。


そんな森が村の中まで侵食している場所がある……レミィの教会だ。


「ここはいつ来ても凄いな」

「いつも同じこと言ってるね、レン兄は」

そうアルティに揶揄われるのも仕方なかった。

この教会がお気に入りになった自分は何十回も訪れているのだが、来るたびに同じ言葉が出てしまうのだ。


外観からも歴史を感じるものだったが内部も凄かった。

教会の奥は自然の崖がむき出しになっていて、そこから幾筋の水が細く流れ出している。まるで白糸の滝の様だった。

そして、その滝を囲むようにこの礼拝堂は建てられていた。そして流れ出した滝の水を半円に囲むように石畳が敷かれ祭壇と水場が作られ、滝を受ける形で女神像が立てられている。ただ、そのむき出しの崖はガジュマルの根の様なモノに侵食され、その上の礼拝堂の天井は崩落し、そこから蔦植物が入り込み水回りを覆い尽くしていた。


教会の南側の壁沿いには水場から流れ出す水路が作られていた。水路の途中には白樺の様に白い樹皮の巨木がこれまた教会の壁と天井を突き破ってそびえ立ち外の庭園を覆い尽くす様に枝を伸ばしていて、ここもやはり植物が入り込み緑の絨毯が広がっている。


最初に教会を見た時に、森の木々が生い茂っているのかと思ったのはこの巨木の枝だった様だ。教会内の植物は蔦とコケが水辺を占領しているが、所々ほかの植物が綺麗な花を咲かせていて、その回りを色鮮やかな蝶が飛んでいる。


侵食した木々が語る様に、ここは長い間放置されていた様で、それを一五〇年ほど前に人々が修復したらしい。そして、その人々がそのまま住み着いたのがこの村の始まりという事だった。

崩落部分はキレイに補修されているけど、隙間はそのままにされている事に最初は疑問を持ったが……そこからは太陽の光が差し込んでくるのだ。

その光に照らされて水しぶきや水面が煌めき、葉やコケの緑が鮮やかに映え、所々に咲く花々が良いアクセントを加えて何とも神秘的な景色を目の前に作り出すのである……


無宗教者である自分でも、ここが信仰の場所になっているのが納得できる光景だ。


しかし、ここの凄い所はこれだけではない! 夜になると更なる神秘的な光景が広がるのだ! 


そう! 植物たちが光り出すのだ!


正確にはヒカリゴケがメインで後はココに咲いている花が光る。

しかも花粉や胞子も光る様で風が殆どない無い夜は教会内に天の川が漂っている様な不思議空間が誕生するのだ!

現世のヒカリゴケは光を反射しているので自ら光はしないのだが、この世界のヒカリゴケは金色や黄緑色に光る。他の花々は青白く光るものが殆どだが、中には薄紫や少し赤みを帯びた光もあり、それが更なる彩を添えている。


この発光現象はこの森では珍しい事ではなく、自分が最初に降り立った遺跡周辺も含めてこの辺りの森は『星々の森』と呼ばれているという事だった。


街中にいると分かりずらいが、アルティたちと森に狩りに行く様になってそれを実感した。

森の中は様々な種類の夜光虫やヤコウタケが存在し夜になると光の乱舞で彩られるのだ。その中でも圧巻だったのは、某CMで有名なモンキーポッドの様な樹に広がった光の光景だった。


その木の枝一面に付いた小さな花が光り、下から見上げると、まるで頭上に満天の星空が広がった様に見えたのだ。しかも風が吹くとガラス質の様な花がぶつかり合って『チリッン』と小さく澄んだ綺麗な音が鳴るのである。

まさに目と耳で楽しむ絶景だった。この木を遠くから眺められたらクリスマスツリーの様に見えたのかもしれないと思ったが、よい見物場所が見つからなかった。

これらの光景を見た時に、それだけでこの世界に来た価値が十分あったとしみじみ思ったものだ。


そんな森でこの三ヶ月の間、アルティとカルノスの三人で狩り三昧の日々を過ごした。

基本的には旬の植物や果物、薬草集めに日々の食糧調達がメインになるが、冒険者ギルドをチェックしてその合間にクエストと作物を荒らす害獣退治をこなしていった。

これらが自分達の主な収入源で、各種素材と食料の売却にクエスト報酬で三人で月に五万リオン程稼ぐ。

そこから生活費と狩りでの必要経費、武具の補修代などを差し引いても二万リオン位残るので生活に困る様な事はなく、訓練と実益を兼ねた楽しい日々を過ごしていた。


そんなある日

「こう見えて、僕って村では五本の指に入る狩人なんだよ」

とアルティが得意気に話していた事があった。


「この村って狩人専業って何人くらいいるんだ?」


「ん~、今は七人かな」


「少なっ! それで五指以内って大した事ないやん!」


「はっはっは、今までは若い人は街に出ちゃうし、更に戦争が始まって減ったからね。だからいずれは僕が一番だよ」


そんな事を楽しそうに話していたが、後でカルノスに聞いてみたら

「ん~……、多分すでに一番じゃないかな。アルの前では言わないけど技術も身体能力も桁違いだと思う。それに弓と投擲の腕ならこの国でも相当上位クラスだよ」


普段、喧嘩ばかりしているカルノスだが、ちゃんと親友を評価しているんだと改めて思いニヤニヤしていたら顔を赤くして速足で立ち去ってしまった。


そんなアルティと一緒に狩りに出ていたカルノスも十分にレベルは高かった。

魔法使いとは思えない身のこなしと体力で森の中を駆け回り、そして魔法でアルティを支援している。

魔法戦士に近いのかもしれないと思うのだが、本人は魔法一筋だと宣言していた。


因みにカルノスが使う魔法は、土と水属性の魔法に後は植物魔法で、これはどうやらゲームとかで言う所のドルイド系のようだった。それらの魔法を杖を用いず両手にはめたレアアイテムの『唱える者の手』で呪文詠唱なしに放つという反則技を使う事がわかった。


そんな二人の指導のもと、毎日の様に森に通い続けて、害獣の六牙猪や棘鹿を退治したり、コカトリスやフォレストバジリスクに襲われたりと、色々あったので冒険者ポイントは相当上がったのだ。


その中でも宝石を甲羅に付けたジュエリークラブ退治は剣技アップになった。


ジュエリークラブは一メートルほどの甲羅を持つ陸生の蟹で雑食性。特徴として宝石類を含む鉱物を捕食して甲羅上で再結晶化するのだ。

その為純度の高い宝石を持っているので超高値で取引されるし、甲羅も武具の材料として一級品! 更に食べても美味と捨てるとこ無しの優れものなのである!


しかし、その分甲羅の硬さは尋常じゃないし力も強く瞬発力もある。それに宝石類のお陰で魔法耐性まで高い難易度の高いモンスターなのである。


エヴァン村の近くにはジュエリークラブの生息地があり平時は一獲千金を狙うハンターが良く訪れていたがケガ人が後を経たなかった様である。

今でもギルドに依頼はあるがリスクも高いので年に数匹捕れればいいところなのだとか……


それが

「軽くて丈夫な素材の防具に新調したいな~」

と言う何気ない自分の一言でジュエリークラブ狩りに挑戦する事になったのである。


「まぁ、素材を自ら集めるって言うのは分かるけど……ジュエリークラブは難易度高くないか?」


「慎重にやれば難しくないよ」


「そうそう。この鋼蜘蛛の糸で作った網があれば楽勝さ」

アルティとカルノスは余裕と言った感である。


本来、罠には伸縮性の強いオオバカズラの蔦をにかわで補強したモノを使うらしいのだが、怪我をしたり逃げられたりと成功率がよろしくないとの事。

そこで二人が考案したのが鋼蜘蛛の糸にムシトリランの粘液を付けて絡め捕るこの罠……


「……もしかして、二人はそれを試したいだけじゃないのか?」


「「えっ⁉」」

「そんな事ないよ、ねぇ~カル」

「そっ、そうだよ。ギルドの依頼もあるし、素材としては文句ないし、それに美味しいよ!」


「はぁ~、やっぱりか…… 良いけど失敗しそうなら即撤収で!」


「「了解!」」


そんな自分の不安を余所に、二人の罠はその性能をいかんなく発揮した。

罠を設置して、そこにジュエリークラブを追い込めば勝手にもがいて蜘蛛の糸が絡まり身動きが出来なくなっていくと言う優れモノだった。

お陰でこの短時間で5匹のジュエリークラブを捕まえる事に成功した。


「大成功だね! アル」


「そうだね。ちょっと怖い位の大成功だね」


「確かに……こんなに簡単に行くと乱獲されそうだな……」


「この罠は秘密にしておこうか、このペースで捕ったら直ぐにいなくなるし、いいよね?」


「そうだね、分かった」


「了解した。 それにしても凄いな二人とも」

その自分の言葉に、二人とも得意げな笑顔を向けてくる。


陽も傾き始めたので、荷物と獲物をまとめて安全地帯に移動しようとしたその時である。

バギバギッと音を立てて木がコチラ倒れて来た。


「うおっ! 何だ⁉」

慌てて三人ともその場から飛び退く


「ちょっと浮かれ過ぎたかな、僕が接近に気が付かないなんて」

そう言ったアルティの目線の先には明らかに今までと違うジュエリークラブが居た。


「なぁ、あれデカくないか?」


「俺達もあんなの初めて見るよ……二メートル以上ある……」


アルティもカルノスも既に臨戦態勢だ。

今までジュエリークラブはこちらが何もしなければ自ら襲い掛かって来る事は無かったが、この巨大なジュエリークラブは明らかにこちらを狙っている。

大きなハサミを振りかざして徐々に距離を詰めてくる。

そして、射程に入ったのだろう、ハサミを突き出し一気に突進して来た。


アルティは後ろに飛び退きながら弱点の一つである目を狙って矢を連射する。

自分とカルノスは突進を左右に飛んで躱した。

カルノスはそのまま蜘蛛の罠の入ったバックを拾いあげていた……どうやら罠の準備する様だが、あのジュエリークラブには小さくて捕らえる事は出来ないだろう。


そんな事を思いながら自分も地面を蹴って上から甲羅目がけて之定を思いっきり振り下ろした。

が、予想通り『ガチッ!』と音がして弾かれてしまった。


「痛ってぇ~… 危うく之定を落とすところだった」


「剣で甲羅を切るのは無理だから下がって!」

アルティに言われて距離を取る


「にしてもよく刃毀れしなかったな……なんか、薄っすら光ってる様な……」

「レン兄! 危ない!」

その声に咄嗟に右へと飛んだ。その後を大きなハサミが追ってくる。

どうやら敵は標的を変更した様だ、なんて悠長な事を考えている場合ではなかった。

着地するその足で更に右へと飛んでハサミの一撃を何とか躱した。


「危なかった。有難うな!」

「それより油断しないで! また来るよ!」


ここから暫くは持久戦だった。敵の攻撃を躱しつつ攻撃するが全く通らない……急所である関節や腹を狙おうにもガードが固過ぎて致命傷を与えられずにいた。


そんな時

「準備できた! アル!」


今まで蜘蛛の罠を準備していたカルノスの声だ。


「分かった!」


その声に反応してアルティが矢を放つ。当然それを敵はハサミで防ぐ。そのタイミング合わせてアルティは距離を詰めてジャンプした。

そして上から矢を射かけたが、近い! 

敵がハサミを振り上げアルティを捕らえ様とした瞬間、そのハサミを蜘蛛の罠が捕らえた。

タイミングを見計らってカルノスが罠をハサミの軌道に投げたのだ。


この大きなジュエリークラブを捕らえるには小さくとも、ハサミを覆うのには十分の大きさだ。

敵はその蜘蛛の罠を外そうとハサミを激しく振るが、そう簡単には取れない。その内もう一方のハサミも使って外しにかかるがそれが致命的ミスになった。罠を外すどころか互いのハサミが絡み合い使えなくなったのだ。


「おおぉ~流石!」

それを見て思わず感嘆の声を上げた。しかし敵も黙ってはいない。

力ずくで引き千切ろうと両のハサミを掲げて渾身の力を籠める。すると何本かの糸が弾け飛んだ。

そのままなら罠を外せたかも知れないが、それをそのまま見過ごす様な自分達ではない。


自分は敵がハサミを掲げた瞬間、之定を上段に構えて正面に走り込んだ。そして間合いに入ると同時に勢いそのまま大きく踏み込み腕の付け根目がけて切り下ろした。

力いっぱい引っ張られていた腕は根元から斬れ飛んだ、関節の裏側の甲殻と共に。

腕を切られバランスを崩した敵の目をアルティの矢が貫き、カルノスの土魔法が下から突き上げひっくり返した。

その腹に自分が飛び乗りそのまま之定を突き立て、更に口から孫六を刺してようやく仕留める事が出来た。


「大勝利!」


そう言て、カルノスがブイサインをする。

こうしてクエストは想定外の出来事と共にクリアされた。


そして、この戦闘で遂に、自分にもスキルが発現した。

「『斬撃・斬り落とし』か……まぁ単なる上段切りなんだけど……」


「イイじゃん。それがスキルにまで昇華したんだから。レン兄の努力の成果だよ」


「それもそうだな」


「おめでとうー、レンヤ兄」


ただ、その後が大変だった。

この巨大なジュエリークラブを持ち帰るのに一日の行程が三日もかかったのだ。

まぁその分、普通のジュエリークラブが一匹一〇万リオン、大型が一匹で一〇〇万リオンと見返りは十分あったけどね。

お陰で三人とも軽くて丈夫な装備を新調できたのだった。

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