第7話 走馬燈の続き、最初の試練は熊退治⁉

その日から、朝起きたら用意された朝食をとって開墾作業へ、昼は近くの食堂でとったりアルティとカルノスの三人で食べたりして、午後から夕暮れまで再び力仕事。


そして大浴場でさっぱりしてからギルド併設の酒場での宴会騒ぎ……これが日課になっていた。


バイト代は日当は下っ端の為に二〇〇リオン。

昼食が水筒追加で五〇リオンで夜の宴会が殆どおごりなのだけど、気が引けるので一〇〇リオン置いてくるので残り五〇リオン……


暫くは手持ちの資金でやり過ごすしかなさそうだ。


村の皆には、自分が異世界からきた事は一応秘密なのだけど、ゲンデルさんを訪ねて来た渡界者の血を引く親類という事になっていた。


この世界で渡界者の存在は過去に認識されており、変わった知識や珍しい技術をもたらした者として尊敬の念を集めていた。ただし元々数が少なく、現時点では生存者は居なかったので、血縁者の伝え聞いた話を物語風に話す吟遊詩人が大人気だった。


その結果、血縁者本人が来たという事で連日、人が話聞きたさに押し寄せて来たのである。


そんな生活が一週間続いた。


相当疲れが溜まってもおかしくない異世界生活のスタートだったが、温泉とアルティがくれたネクタルの実の効果で何とか乗り切れた。

更に、最初は一日でへばっていた仕事も、何とかまともに一日出来るまでになっていた。


「結局この一週間は武術の練習は全くできなかったなぁ。体中が筋肉痛でしかも帰ってきたらすぐ寝てたし……でもようやく慣れてきたかも手は豆だらけだけど、アルティの薬のお陰でそんなに痛くないし、明日は休みだから練習始めるのに丁度いいか」


いつもの宴会後、部屋に帰りベッドに寝ころびながらそんな事を考えていた。

身体機能アップの影響だろうか? 思ったより早く慣れたと思う。クワを振り下ろす動作は剣を振る練習の代わりにもなっていそうだし……これなら最初から之定を持ってもイケるかも知れないな。


目を閉じてれば賢者様に教えてもらった剣術と体術の動きを思い出すことが出来るが、これを武具を付けて楽に熟せないと冒険者としてはやっていけない……取り敢えず……明日は、昼頃まで……寝て……Zzzz



そして……


「…………」


『グワァァァァー!』


「⁉」


その、今までに聞いた事もない大きな咆哮でによって自分の意識は現実に引き戻された!

そうである……さっきまで見ていたのはまさしく走馬燈だったのだ!


初めてのモンスターとの戦闘に予想以上に精神的プレッシャーがあった様だ……

そこにあの危機的状況が重なりイってしまい現実とごっちゃになっていた……だから何か変な感覚だったのか……


などと色々考えていたが、地面にぶつかった背中の襲撃で、今度こそ本当に現状を理解した……


だから、雄叫びを上げながら大爪熊がコチラに襲い掛かって来るのだと……これで終わりかと覚悟を決めたが……

何故か襲ってくる気配がない。


と言うか叫び声が遠ざかって行く。


何が起こったのかと顔だけを少し起こして見ると……さっきまで酔っ払っていた大爪熊が、凄い勢いで森へと走って行く所だった。しかもフラフラの状態だったので木々にぶつかってはへし折りながら走り去って行く。


「あんな体当たり食らったら何十メートルも飛べそうだ……取り敢えず助かった様だけど、どうなったんだ……」


『セアラ・アガラス』

と聞こえたと思うと、森の手前に地面から多数の石の棘が壁を作るように現れた。

どうやら作戦は成功したらしい。


「レン兄! 大丈夫⁉」


未だ倒れている自分に向かってアルティが走り寄ってきて体中をあちこち触りまくる。


「うん、どこも怪我はしてないようだね。大爪熊がレン兄のいる所に向けて腕を振り下ろしたから心配したよ。うまく避けれたんだね。でも、あの咆哮には僕もビックリしたよ……尻尾切ったくらいではあんな逃げ出し方はしないはずなんだけど……」


アルティはそう言って足元に視線を落として黙り込む。


「やったね、二人とも! 作戦は大成功だ! それにしても、大爪熊のあんな声初めて聴いたけど、何かした? ……アル? どうしたの?」


魔法で壁を作り終えたカルノスも駆け寄ってきて嬉しそうに声をかけてく。自分たちの作戦が成功して上機嫌の様だ。『これで爺ちゃん達も俺たちの事を見直すぞ』とウキウキ顔の横で、アルティは浮かない表情でしゃがみ込んで丸太を見つめている。


「カルノスはホント嬉しそうだな。自分はようやく緊張から解放されてほっとした気分だけどね……それにしても、尻尾なんて切ってないんだけ……」


「ああぁぁぁぁぁ! これ! 爪だよ! 大爪熊の爪だよ! もしかしてレン兄! 爪切り落としたの⁉ 鉄も突き刺す爪切ったの⁉ だからあんな風に逃げ出したんだよ! 凄いよ! レン兄!」


いきなり大声をあげて立ち上がったアルティは、暴走気味に大興奮していた。


「アル! 落ち着いて! ……で、本当にそれ爪なの?」


カルノスもさっきまでの浮かれ気分から、驚きの眼差しをアルティが手に持つモノに注いでいる。

それは自分が踏んで転んだ丸太、だと思っていたものだった……

白く金属質の光沢を放ち綺麗な曲線を描き先端は鋭く尖っている……ドラゴンの牙だと言われても納得してしまいそうな巨大な爪だった……そしてさっきの出来事を思い返してみる……


「もしかして……あの時の衝撃って……爪を切った時のものだったのか?」


後で、その時の状況を見ていたアルティに聞いたところ


「煙幕を遠巻きに見ていたハチドリが、いきなり煙の切れ間に見えた大爪熊の顔めがけて急降下したんだよね……多分、興奮したハチドリが刺したんだと思うよ」

という事だった。


そう、大爪熊はハチドリに顔を刺され激怒、周りのハチドリを力のまま払い除けようと腕を振りかぶりそして振り下ろした場所が、たまたま自分の居た所だったと……


……本当に運が良かったのだろう。


振り下ろされた腕のスピードと角度それに自分が刃を立てて構えた事……全て偶然の結果だ……何か一つ、少しでもズレていたら終わっていたと思う。

そう考えた瞬間、一気に汗が吹き出し鼓動が早くなり手足が震え出した……


これはしばらく立ち上がれないな……


なんてことにはお構いなく


「「凄いよー!」」


と二人が地面に倒れたままの自分に抱きついて来る……まるで英雄を見る様に目をキラキラ輝かせて。


そんな二人を見ていたらいつの間にか震えも止まり、逆に気恥ずかしくなってきた。


爪を持って村に帰る道すがらもずっと誉めちぎられた……大爪熊の爪は非常に硬くまして巨体種のこの太い爪なんて、ドラゴンの角を切り落とすのに等しい! とはしゃいでいる。

自分としては偶然の結果であり、素直に喜べないところだが二人からは

『運も実力の内、まして冒険者には重要な要素だよ』と言われ爪を渡された。


「レン兄の冒険者としての初めての戦利品だね」


確かに今までの人生も随分と運に助けられてきたと思うと、これも良しとしておくかと言う気持ちにはなった。

これに勘違いして調子に乗らなければいいだけだ。と、爪を見つめながら心の中で誓った。


何はともあれ、ミッション完遂である。

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