第3話 異世界探索の開始、そして運命は動き出す
「そして自分は今! 若かりし頃の肉体でこの異世界に立っているのだ!」
…………
誰もいない塔の上で、拳を突き上げて空に叫ぶ自分がそこに居た……
我に返り、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じるも、誰もいない事にホッとした。
「何やってるんだ自分は……ここでは一瞬の油断が命取りになるのに」
何故、若く強化された身体を与えられたのか、それには当然理由がある。
調査対象として活発な若い体が理想的だという事もあるが、この世界では現代人は余りに非力だからだ。
兵士や格闘家でもない普通の人間が、モンスターと戦うには余りにも未熟過ぎるという事だ。
賢者様が言っていた即死の危険性である。
それも当然である。
剣を持って人を切るなんて経験をした事のある人間が居るだろうか?
せいぜいナイフや包丁くらいで、後は銃だろう……それも極一部の者だけで、まず日本の一般人には無縁の事だ。
ただ、もしその経験があったとしても、それが未知のモンスター相手に役に立つとは思えない。
「いきなり出てきた訳の分からないモンスターに切り掛かるなんて、平和ボケしている日本人では尚更無理か……いや、人によっては案外、現実逃避のままゲーム感覚で突っ込んで行くかも知れないな……結果は悲惨だろうけど」
この異世界に来るにあたって手にしたのは、自分で選んだ武具とその使い方、生存に必要な物資と知識にこの身体だけである。
当然魔法も使えないし、コマンド入力で発動する様なスキルも存在しない。スキルは自身で学び鍛錬して身に付けるしかない。
その為の若さでもあるが、ここがゲームや漫画と違う点だろうか。
強くなりたいなら努力しろ!
「これが現実だよな。しかし、こんな弱っちい状態で飛ばされたココは大丈夫なんだろうか……」
そんな訳で、自分の飛ばされた場所によっては即ゲームオーバーになる事もあり得るし、近くの町に辿り着く前に死亡なんて事も……
と言うか、賢者様の話ではその可能性の方が高い様だった気がする。
その危険性が分かっていても、世界への影響を考慮して自分達へのサポートは最低限しか行えないという事だった。
最初の転移先は自分達を召喚した女神達にも分からず、飛ばされた先の状況は運次第……
つまり、この世界に来た時点から生死を賭けたサバイバルが始まっているのだ!
異世界に飛ばされたのは自分を含め8人だと聞いたけど、いったい何人が生き残り、そして何人に巡り合える事ができるのかな……
自分は腰に差した『之定』の柄に手を置きながらふとそんな事を考えた。
自分がこの世界に来るときに選んだ武器は日本刀だった。
メインが之定でサブに脇差の『孫六』。
月並みなチョイスだが自分が『使う』と考えた時にイメージできたのが日本刀だったのだ。
まぁ竹刀や木刀を振り回した程度の経験ではあるが、命を預ける武器としては使い勝手のイメージできる武器が良いだろうと思ったのだ。
因みに剣術の知識としては三重県人なので心形刀流を選んでみた。
サバイバル術や現地の言語知識もそうだけどポンと頭の中に入って来るのがチートの様にも思えたけど、脳細胞に働きかけて情報を焼き付けているだけで、賢者様曰く、どちらかと言うと科学技術に近いらしいので、そこは納得する事にした。
そして武器の次は防具であるが、なるべく軽くそして動きやすいモノにした。
ゲームで高防御力の定番であるフルプレートなんて身に付けようものなら、移動中に体力を全部奪われかねない……
それに戦闘になってもすぐバテそうだし、最初を乗り切る事を考えるなら逃げの一手!
そこに多少の防御力を加味すると、鎖帷子に厚手の皮ジャケットか胸当て……それに籠手と脛当て、後は足にフィットした丈夫な靴……
問題は頭装備だ。
急所を守る為には兜を被るべきなんだろうけど……視界の邪魔になりそうだったので無しにした。
これらの希望を賢者様に伝え、出された防具にああだこうだと注文を付けつつ、数時間かけてようやくお気に入りの防具一式を揃えることが出来た。
これらの武具に、寝袋と各種アイテムの入ったリュックを身に付けると、それなりの重さになる。
筋力が強化されていると言ってもこの状態で戦うのには無理がある様に思えた。
剣術なんかの知識は頭の中に思い浮かべられるけど……体が付いてこないのだ。
そう、この世界では最初の武具選びを失敗すると生存率が一気に下がる! と思う。
鉄の鎧や盾、大剣や斧なんか選んだ時には……最初の数撃は良いだろうけどそれで仕留めきれなければ不味い状況に陥る。
まだ見ぬ他の7人がゲーム感覚で武具を選んでいない事を祈るばかりだ。
「まぁ、他人の事を心配できる様な立場じゃないけどね。まずは自分自身が生き残らないと意味ないよな……という事で、そろそろ探索開始するか!」
と、期待の不安を胸に塔内部に足を踏み入れた。
「この階段で降りられそうだけど……モンスターに出くわさないよな……」
そんな不安を抱えながら一段一段慎重に降りていく
下の階は白壁に囲まれた部屋になっていたが吹き抜けの窓があり明るかった。
「モンスターは居なさそうだな」
辺りを見渡すと、窓辺や床にコケや草がちらほら生えている事から日常的に使われている雰囲気は無かった。
「無人の遺跡……もしかしてハズレを引いたかも知れないな。余りクジ運は良い方じゃなかったし……おっ、壁に絵がある……色が剥げてるけど、フレスコ画みたいなものか」
そこには女神や天使にドラゴンなどが描かれていた。
「異世界の創造神話的な絵かな」
その後も慎重に階下に降りて行ったが、どの階も同じ造りで内容は違えど壁画もあった。そして最下層、地上階には湖に立つ女神の壁画があった。
「この絵の前にだけ台座があるし、ここは『川と湖の女神』の神殿か……それにこの階だけやけに綺麗な気がする……」
そう思い辺りを調べてみて分かった。コケや草がないだけでなく砂埃も他の階に比べて明らかに少ないのだ。
「これは明らかに人の手が入ってる!」
期待を込めて、外に出てみた。
そこは湖の中にある小島だった。その上に塔は立っていたのだ。
そしてその小島には草刈や枝切りの跡があった。このことからココには人かもしくは何者かが定期的に訪れているという事だ。
「多分、この様子からココの管理者は野蛮な種族ではないだろうけど……」
小島から対岸まで石橋が掛かっていて、その先には小道らしきモノが森の中へと続いている様に見える。
「取り敢えず向こうまで渡ってみるか」
周囲の湖は湖底まで透き通っていて、沈んだ遺跡や泳ぐ魚もはっきり見える。
そしてなにより、湖底に届いた光をクリスタルの様な小石が反射してキラキラと光り綺麗だった。
そのクリスタルが少し気になったが、流石にいきなり未知の湖に飛び込む勇気はなかったのでそんな景色を見ながら対岸へと渡った
「さて、この道だけど石橋から伸びてるし、この道幅だと獣道じゃないとは思うけど……どうするかなぁ…… この遺跡は今でも何者かの手が入ってそうだし、ここで誰か来るのを待つと言う手もあるけど…… 頻繁に来てるって感じでもないしな。携帯食は五日分……ここで判断を間違えると洒落にならない結果が……」
「んん~……」
「……ここで考え込んでも仕方ないか。迷った時は自分を信じて取り敢えず行動! 後は臨機応変って事で、この道沿いに進んでみるか」
そう腹をくくって森の中に足を踏み入れた。
朝日が差し込む台所で、少女が鍋からクリームシチューを器によそい、パンを取り分け朝食の準備をテキパキとこなしていく。
「そろそろおばあちゃんを呼びに行かないと、また祭壇前で寝てるかもしれないし」
そう思い扉に向かうと、その向こうからどたどたと走る足音と共に
「神託じゃ! 神託が下ったぞぉ~! レミィや~神託じゃ~!」
と叫びながら目を血走らせたおばあさんが扉を勢いよく開け駆け込んできた。
「おばあちゃん、あまり興奮するとお迎えが来ますよ」
「縁起でもないこと言うんじゃないよ! それより神託が下ったんじゃよ!」
「……またお祈りの最中に寝ちゃったんですか? 暖かくなってきたけど朝の礼拝堂はまだ冷えるから風を引きますよ。さぁ朝ご飯にしましょう」
「寝とりゃせんわ! 孫娘なら少しは祖母の話を信じたらどうだい!」
「はいはい、分かりましたよ。取り敢えず席に座ってください」
レミィは興奮冷めやらぬといった感のある祖母の肩を掴み、強引にテーブルの席に着かせ、そして自分も席に着き祈りの言葉をつぶやき、パンに手を伸ばした。
「それで、神託って何なんですか? 今まで一度もそんな事なかったじゃないですか……はっ! もしかして、とうとうボケ始めてきたんじゃ……」
「なんてこと言うんだい! この孫はっ! まだそこまで耄碌してやしないよ! いつもの様に朝のお祈りをしていたら、泉が急に輝き出してそこに川と湖の女神様がお現れになり、こうお告げになられたのじゃ『森の奥にある水の遺跡に、渡界者が現れました。その者はこの世界にとって大切な客人です。どうか手を貸してあげて下さい』と。そしてその者は、冒険者風ではあるが初心者らしくてなぁ……それで、迎えを遣ってくれとお願いされたのじゃ。という訳でレミィや、ちょっと行って来ておくれ」
「ちょっと待って⁉ 水の遺跡って、北の森の奥にある『白き柱の塔』の事でしょ? あそこまで片道二日は掛かるんですけど……それに『渡界者』なんて本当にいるの?」
「渡界者とは、いずこかの場所より神に呼ばれて来た者と言われておる。この世界に色々なモノをもたらしたと、神学校で習ったじゃろに。それに、その子孫が各地に残っておるのも事実じゃ。その辺は今度ゲンデルにでも聞くとええじゃろ。それに、そろそろ薬草と蜜豆を取りに森に行く時期じゃろ? そのついでにアルティと一緒に行って来ればえぇ」
「はぁ~……分かりましたよ。行って連れて来ればいいんですよね……もう、今日はパンを焼こうかと思っていたのに……」
レミィは文句を言いながらも早々に朝食を済ませて、アルティの家に向かった。
「おはようございます。アルティ、起きてる?」
レミィが革道具屋のドアを開けながら声をかけると、革製品が並ぶカウンターの奥から
「はーい、起きてるよ。こんな朝早くから僕に何の用かな?レミィ姉」
とパンを齧りながらアルテが顔を出した。
レミィは店の隅に置いてあった椅子を引っ張り出してきて座り、カウンターに両腕を投げ出して、『はぁ~』とため息交じりにここに来た経緯を説明した。
その話を紅茶の入ったカップ片手にパンを食べながらカウンターの向かいで聞いていたアルティが
「ははっ、また変わった事を言い出したんだね。でも村のみんなも、最近のラーダ司祭は物忘れが激しくなったとか、耳が遠くなったとかは言ってたけど……ボケ始めたとは聞いたことないよ……」
アルティは苦笑しながら答えた。
「私もまだおばあちゃんがボケ始めたとは思ってないけど……でも神託とか女神様が現れたとか……今までそんな事一度もなかったからね……」
「ふ~ん、それでもレミィ姉は遺跡に行く事にしたんだ」
「まぁね……半信半疑だけどね。おばあちゃんはアレでも昔は最高司祭の一人だったから。それに森には近々入る予定だったんだし……と言う事で、アルティ、今から森に採取に行くわよ」
「はぁ~やっぱりそうなるんだ。強引だね、レミィ姉は。今日は森に鹿狩りに行く予定だったのに。……まぁいいか、分かったよ。すぐ準備するからちょっと待ってて」
そう言ってアルティは、手に持った残りのパンを口に入れ、それを紅茶で流し込みながらいそいそと店の奥へと戻っていった。
それから一時間後、レミィとアルティは森の小道を進んでいた。
「白き柱の塔まではこの道を進めば明日の昼前には着くね」
背中に弓と矢筒を背負い、腰に短剣を差しハーフパンツに革のジャケット、それに羽根付き帽子をかぶったアルティが、先頭を歩きながら言う。
「そうね、年に一度は塔での祭事もあるし、貴重な植物も多いお陰で人の往来があって道が保たれているのは楽ね。これが道もない他の遺跡だったらハイキング気分とは行かないもんね」
そう言いながら、青い神官服にリュックを背負い、長めのメイスを杖代わりにしながら、アルティの少し後ろをレミィが付いて歩いている。
そんな二人に少し遅れて、緑のハーフマントに魔法使いのとんがり帽子姿の少年が大きなリュックを背負い、ブツブツと文句を言いながら歩いている。
「なんで俺がこんな事に付き合わなくっちゃいけないんだよ、まったく……大体、今日は鹿を狩りに行くんじゃなかったのかよ⁉ それに……どうして俺の荷物が一番大きいんだ!」
「もう、うるさいな~。男がぐちぐち言うのはカッコ悪いよ」
「そうよ、カルノスは男の子なんだから一番大きな荷物を持つのは当然でしょ?」
「いやいや、俺、魔法使いだよ⁉ この中じゃ一番非力だし! アルティやレミィ姉の方があきらかに力持ちじゃん!」
「確かにカルは魔法使いだけど、いつも僕と一緒に森を駆け巡って狩りしてるよね? その程度の荷物なんて余裕だよね?」
「それはそうだけど……て、そうじゃなく! なんで二人の分の荷物も俺に持たせるのかって事! そもそも、なんで俺が付き合わされているのかって事だよ!」
「いいじゃん、どうせ一緒に狩りに行く予定だったんだし。それが採取とお迎えになっただけだよ。因みに僕は先頭でモンスターを警戒しないといけないからね。だから荷物は二人に預けたんだよ」
「私は、お姉ちゃんだから、うふっ」
「うふっ、じゃないよ! 訳分かんない……横暴だ!」
カルノスはそう言うと、はぁ~と溜息をついてうな垂れた。
「お姉ちゃんにそんな口の利き方なんて、反抗期かしら……」
「違う! 正当な抗議だ!」
「そうは言っても、カルノスも渡界者には会ってみたいでしょ? ゲンデルさんの弟子なんだから興味はあるんじゃないのかな~」
そう言われたカルノスは、少しバツが悪そうにそっぽを向きながら、小声で何やら言い訳をいっていたが
「あはははっ、カルもいい加減諦めなよ。それに……そろそろお喋りを止めないと六牙猪や大爪熊なんかが寄ってくるよ」
その言葉を聞いて、二人はお喋りを止め、すこし緊張した面持ちで先を急ぐ事にした。
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