第5話 マノ
「動くな! 女児誘拐の容疑で逮捕する!」
彼が玄関を開けるなり、警察官の人たちが入ってきた。
怯える私に彼は笑いかけた。
「大丈夫だよ」
「なにが大丈夫なものか!」
そう言って警察官の一人は彼を壁に抑えつけた。無抵抗の彼を。
そうしている間に数人の警察官がわたしを取り囲み抱きかかえた。
ごわごわとした制服の鋭利なこと。わたしは抱え上げられながらも身を
「君たちが僕を捕まえに来たと言うことは、逮捕令状くらい持ってきているんだろうね」
そう言われて警察官は彼の前に紙を突き出して見せた。
彼は眉を
そのときにわかった。
彼には見えていない。
あれは、真実じゃあないんだ。
「まあ、真実であるにせよないにせよ、君たちを信用しよう。僕には君たちがピエロにしか見えないけれど、それはつまり、警察官で間違いないと言うことだろうからね」
「なにを訳がわからないことを!」
わたしは抱えられながら声を上げた。
「降ろしてください! その人は悪い人じゃありません! 誘拐なんてしていません!」
しかし警察官の一人はわたしを憐れむような目で見た。
「可哀想に。長い間監禁されたせいで」
そう言って男はわたしの髪を撫ぜた。おぞましい善意が頭のてっぺんから背中へと
わたしの言動を聞いてから、周りの警察官が口々に「洗脳」と言う言葉を呟いていた。
哀れみの視線が突き刺さる中、わたしは彼を見た。
すると彼はふふっと笑った。
笑ったのだ。
この状況下で。
そしてゆっくりと唇は言の葉を紡ぎ出す。
「僕は子猫を拾った時にオデュッセウスと言う名前を付けようと思っていた。と言うか、君を見た瞬間にその名前が思い浮かんだんだ。だがこれは真実ではない。僕は自分の頭の中を見ることなど出来はしないからね。君の名前は、なんと言うんだい?」
「わたしは、
「愛緒さん。君は今やもう、立派な人間だよ」
こんな状況下で、込み上げてくるこの気持ちはなんだろうか。
「これから僕が居なくなっても、君は生きていけるよ。僕には君が見えている。それは君が真実だと言う証なんだよ。君はこれからあらゆるものに立ち向かって行くことになると思う。世界は僕達の様に真実を知る者に対して優しくできてはいないからね。無責任なことを言うけれど、誰よりも頑張ってくれたまえよ。君にはそれができるのだから」
とても6歳の子供を相手にしているものいいではないと思った。この人はわたしを一人の人間として認めてくれているのだ。
「あの、あなたの名前は?」
「マノ……
わたしたとのやり取りをしばらく見ていた警察官だったが、痺れを切らした様に彼の腕を無理矢理掴んで手錠をかけた。無抵抗のマノさんに。
警察官はマノさんの首の後ろの襟を乱暴に掴んで出ていく。
「マノさん! マノさん!」
わたしは必死に呼んだ。叫んだ。泣いた。
泣き叫んだ。
マノさんになら怒られてもいい。
怒気も怒声もそれはわたしを守ってくれるものになるはずだから。
けれども、喉枯れるまで声を使い果たしても、警察官たちの虚構を打ち破ることは出来なかった。
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