第4話 虚構

 リビングにテレビはあったけれど、それがついていることはなかった。


「どうしてテレビを見ないんですか?」

「ああ、見ないんじゃなくて、見ることが出来ないんだよ」

「壊れているんですか?」

「いや、僕は真実しか見えないからね。音は聞こえるんだけど、なんだかそれだともどかしいからね。だったら音楽を聴いていた方がいいだろう?」


 彼が聴く歌はノイズが酷くて、耳慣れない曲ばかりだった。

 なんだかまるで素人が録音したもののようだったが、当時はそんなことはわからなかったので、こういう曲なのだと思っていた。


 がなるように放たれるヴォーカルの声はとても怒っているように聴こえたけれど、父の怒号とはまた違って、不思議と怖い感じはしなかった。寧ろ、父に逆らえない自分の代わりに、父を怒ってくれているようで、頼もしかった。


 このヴォーカルは、この人みたいだなと思った。


「歌手の名前はなんて言うんですか?」

「アコライト・ロック・イン・ザ・ハウスと言うバンドで、今かかっている曲は多幸症たこうしょうと言う曲だよ」


 その歌手名も曲名も百科辞典には載ってないものだった。


「そう言えば書斎にある本は、見えるんですか?」

「見えるよ。真実が載っているものなら。それが真実でないものは映らない」

「でも、小説は全てフィクションですよね」

「難しい言葉を覚えたね。どこで?」

「書斎です。書斎の百科事典」

「なるほどね。勉強熱心なのは良いことだ。因みに小説は読めるよ」

「あれ? フィクションって、虚構って意味で、真実とは正反対の言葉……で合っていますよね?」

「そうだよ。でもね。その虚構にこそ真実が存在していることもあるんだ。だから、そういう書籍なら見ることが出来るよ。中には虚構で虚構を作り上げているものもあるから、そういうものは見ることが出来ない。白紙に見えるんだ」


 虚構の中の真実。


 彼が言うことはやはりわかりにくかった。

 けれどもわたし達二人も、そうかもしれないと思った。

 親子ではないけれど。

 ここには確かに真実があると思った。

 彼に見えているわたしの姿が子猫であろうと、見えていると言う事実がわたしを温めた。



 こんな生活が永遠に続いてくれればと思っていたが、終わりは突然に訪れた。

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