第3話 書さい

 それからしばらくその人の家に住み着いた。住み着いたというと本当に猫みたいだなと思った。


 彼はわたしが暇だといけないと言って、書斎に案内してくれた。

 大きくて分厚い辞書から小さな文庫まで様々なものがあった。

 わたしはそのとき、


(おべんきょうしなくちゃ)


 ただそれだけが強迫観念のようにあった。

 もしかしたらそれは「お利口さん」と、言われたいだけだったのかも知れない。


 それでわたしは、棚に十数冊と置かれた百科事典を端から端まで読んだ。


 勉強している感じになりたかっただけだし、読むことを目的にしていたから、どうせほとんど忘れているだろうと思っていた。

 だが、なんでも思い出せた。

 そのうえ、読む速度がとても速かった。

 十数行くらいを一気に読んでいる感覚。


 わからない漢字もたくさんあったが、それを一時的に記憶して、後から漢字辞典をこれもまた最初から最後まで読み倒して、頭の中で再認識させた。

 だから読めない漢字もなくなったし、百科事典に書かれている文章は明瞭に理解できた。

 そのときは、ただ単に、


(わたしってもしかして天才?)


 程度にしか考えていなかった。

 わたしが書斎に引きこもって勉強をしている一方で、彼は仕事をしに都内へ行っていた。出版社関係の仕事をしているらしかった。


 彼は仕事熱心で、昼間はほとんど家に居なかったけれど、居る間中はわたしが眠るまでずっと一緒に居て相手をしてくれた。だからわたしは昼寝をたくさんするようにした。彼との時間が一分でも伸びますようにと願って。


(でも、迷惑かな)


 わたしがそんなことを考えながら見上げると、彼は微笑を浮かべてこう言った。


「お昼寝たくさんしたのかい。えらい、えらい」


 なんでもお見通しだった。

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