閑話 西岡さんと島田くん3

【前書き】

閑話西岡さんと島田くん1・2の続きです。これだけでも読めます。高校時代の千晴たちを楽しんで頂けたら嬉しいです!

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 「千晴はさ、島田くんにチョコあげるの?」


 バレンタイン前日。昼休みの教室で鈴加と向かい合っていた千晴は、ブッと吹き出しそうになり、むせた。きょとんとした様子の鈴加は、どれだけ的外れなことを言ったか自覚がないらしい。


 「なんでそうなるのよ?」


 訝しげに尋ねれば、鈴加は肩を竦める。


 「最近、家庭科室で女子とチョコ作りの練習してたでしょ。てっきりそうなのかなあと」

 「だーかーら、仮に私がチョコ渡すとして、な・ん・で相手が島田になるのよ。想像しただけで鳥肌立つわ!」

 「え~。千晴が男の子に素を見せるなんて珍しいからさ。てっきり島田くんのこと……あっ」


 急激に青ざめた鈴加の視線を追う。その先には島田と、他クラスの女子がいた。状況から察するに、呼び出されたらしい。ほんのり頬を染めた女生徒は、恥ずかしそうに手遊びしている。島田の方は通常営業だ。少しくらい愛想良くすればいいものを。


 「ねえ千晴、あれってもしかして――」

 「別に、私には関係ないから」


 食べかけのお弁当に視線を戻し、淡々と告げた。心配そうな顔つきの鈴加だったが、それ以上何も追及してこなかった。――不機嫌になると口数が減ることを、千晴自身は気付いていなかった。



*****



 放課後の家庭科室に数人の女子が集まっている。チョコの甘い匂いが充満する中、それぞれが真剣な顔つきで最後の仕上げに取り組んでいた。


 「できたぁ~っ♪」

 「うん、これまでで最高の出来だね。これなら喜んでもらえるんじゃないかな」

 「ありがと西岡さん、あたし頑張る!」


 完成の喜びに浸るクラスメイト達を微笑ましく見守りながら、講師役で呼ばれた千晴は満足そうに頷いた。チョコ作りを頼まれた時はどうしようか迷ったが、皆の熱意に押されて引き受けたのだ。さっそく片づけをしようとボウルに手を掛けた時、トレイの上に数個、チョコが余っているのに気が付いた。


 「あら? ちょっと余ったわね。誰か予備で持ってく?」

 「ううん、せっかくだからそれは西岡さんがもらって」

 「ええ? あたし材料費出してないよ?」

 「いーってそれくらい! 不器用なあたし達に、根気強くお菓子作り教えてくれたお礼!」

 「うんうん! また今度ちゃんとお礼するけど、とりあえず」


 「ね!」と肩を叩かれ、千晴は素直に厚意を受け取った。適当にチョコを包み、鞄に滑り込ませる。浮ついた様子は一切ないまま洗い物を始めた千晴を見て、女子の一人が不思議そうに首を傾げた。


 「前から思ってたんだけどさあ、西岡さんは好きな人いないの?」

 「いないよ」

 「うわっ、コンマ1秒も躊躇いなしか! 男子可哀そー。今日だって、そわそわしながら西岡さんのことチラ見してた奴たくさんいたのに」


 うんうんと周囲が同時に頷き、千晴は苦笑した。残念ながらこの手の話には縁がない。


 「期待を裏切って悪いわね。提供できそうな恋バナは品切れよ。というか在庫も入荷予定もなし」

 「えー! もったいなーい。この間もかっこいい先輩に告られてたじゃん。頭よくて可愛くて、おまけに性格もいいもんね。学年越えて人気あるの分かるー」

 「そんな、私は別に」

 「ハイハイ、謙遜はいいってー。ほら、早いとこ片付けちゃお!」


 半ば強制的に会話終了。バレンタインを前にテンション上がりまくりの女子達は乙女パワー全開で、もう好きな人の話題に移っている。それをどこか遠い出来事のように感じながら、千晴はぼんやり物思いに耽った。


 (私を好きだと言ってくれる人はいるけど。それって私自身が好きなわけじゃないのよね)


 外面がいい自覚はある。「優等生」であることは生活の上で都合がいいのだ。先生、生徒に関わらず、他人に信頼を寄せられて悪い気はしない。勘がいい分、だいたい相手の望むことは態度で分かる。それを汲み取って、合わせるだけでいいのだから、大したことではない。ただ、それは相手の期待に応えようという純粋な想いからではなく、いかに自分の居心地の良い環境を築くか、に基づいたものだ。


 ――なるほど、自分のためか。優等生は大変だね。


 そのことを誰かに指摘されたのは初めてだった。相手が島田というのが腹立たしいが、彼に核心を突かれ、改めて気づいたことがある。


 鈴加は自分と違って、裏表がない優しい子だ。


 彼女のことを知れば知るほど、それが身に染みる。損得に関わらず、誰かのために一生懸命になれる。それが原因で周囲に誤解されようとも、躊躇いはしない。普段は臆病で引っ込み思案、どうしようもなく自己評価の低い子だけれど、折れることのない、しなやかな芯が一本通っている。


 どうして全くタイプの違う――要領がすこぶる悪く、のけ者にされがちな鈴加と親しいのか――周りは不可解に思っているらしく、「友達の少ない鈴加を放っておけないのだ」という意見に落ち着いている。全く、人を見る目がない。


 (あの子に助けられているのは、私の方)


 仮面の下の素顔に触れた、唯一の友達。素の自分を受け入れ、態度を変えずに付き合ってくれている。鈴加になら失望されないと思った。そう思わせてくれる人間がいることが、どれほど安らぎを与えてくれるか――。ふと、千晴は笑みを零した。



*****



 「おはよう、西岡さん」


 バレンタイン当日。早めに登校した千晴は、靴箱の前で声をかけられた。名前を思い出せないが、委員会の関係で何度か話をした相手だ。教室までプリントを届けてもらったことがあり、クラスの女子に羨ましがられた。


 「おはよう」


 ごく自然な笑顔を浮かべ、内心面倒だなと思った。モテる男子とはあまり話したくない。一部の女子に誤解され、地味な嫌がらせを受けるのはごめんだ。早々に立ち去ろうとしたその時、予想外のことが起きた。


 「待って。実は、話したいことがあって、待ってたんだ」

 「え……」


 やや緊張した、真剣な面持ち。距離を詰められ、千晴は後退した。相手は余裕がないのか、逃がすまいと手首を掴んでくる。思いがけない力強さにビクッと肩が震え、しまったと後悔した。動揺していることを悟られるのは、好ましくない。


 「わ、私――」

 「通れないんだけど」


 急いでるから、と叫びそうになった瞬間、思わぬ邪魔が入った。というより、この場合は救世主に違いない。いつのまに接近していたのか、通せんぼ状態の靴箱で、いかにもうんざりした表情の島田が立っていた。

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