第24話 君を照らす光
奇跡的に書類審査が通過して、明日に面接に控えた鈴加はガチガチに緊張していた。週末は面接対策本を読み込み、千晴に頼んで模擬練習に付き合ってもらったが、どうしても挙動不審になってしまう。今日は直前対策ということで、弓弦が高橋家を訪れていた。
「し、ししし志望動機は……っ」
「噛みすぎ。目泳ぎ過ぎ。不審者か!」
「はうぅううう~~~」
立て続けにダメ出しを食らい、しょんぼり項垂れる鈴加。
弓弦が家に来ると聞き、テンションの上がった春子は『今夜はすき焼きにするわ♡』と上機嫌だったが、あまり長居できないと知り、とても残念がった。他方、律は久しぶりに再会できた憧れのお兄さんを独り占めされ、鈴加の部屋の隅に居座ってどす黒いオーラを放っている。
「律。こいつが緊張するから、お前ちょっと外せ」
「な……っ! ひどいよ弓弦兄ちゃん! 姉貴がダメダメなのは生まれつきだろ!?」
「ガーーン!」
「悪いな。姉弟コントさせてやる時間がないんだ」
「むー。分かったよ。出てけばいいんだろ。……お前、後で覚えとけよ」
ギロリと鈴加を睨みつけ、未練たっぷりの様子で部屋を出ていく律。苦笑いする弓弦の側で、鈴加は顔面蒼白になっていた。
「どうしよう。明日面接なのに準備が間に合わないよ。志望動機とか、覚えないといけないことたくさんありすぎ」
「覚える必要ないさ。いくつかキーワードだけインプットしておいて、質問に応じてネタにすればいい」
「そんな高度な技、あたしには無理だよぉ~!」
「あのなぁ。面接官も人間だぞ。予め用意された答えを聞きたいんじゃない。相手がどんな人間なのか知りたくて会うんだ。面接に呼ばれたってことは、少なくとも会ってみたいと思わせることには成功してる。肩の力抜けよ」
目の前に座っていた弓弦に丸めたノートでぽすっと頭を叩かれると、鈴加は唇を尖らせた。
「そりゃ弓弦くんは昔から何をやっても器用で……優秀だから落ち着いていられるんだよ。あたしは知ってのとおり欠点だらけ。穴があったら隠れたいよ」
「お前にもあるだろ、長所」
そんなことにも気付かなかったのか、といった口調で反論され、鈴加は戸惑った。これまで、あれができない、これができないと貶されることはあっても、すごいね、よくできたねと褒められた記憶はほとんどない。
「そうだな。例を挙げるなら例えば……素直なところ。意外と根性あるところ。それから、友達のために一生懸命なところ」
「……!」
「まあバカ正直で諦めの悪いお人好しとも言えるがな。たいてい空回ってるし。だけどそんなお前に救われてる奴もいるんじゃないか。お前の力になりたいと願う人間がいるだろう。そいつらに対して、『自分なんか』って考えるのは失礼だ。そもそも俺と比べてどうする? 半引きこもり生活してたお前が、いきなりスーパーマンになれるわけないだろ。お前はお前だ。等身大でいいから気負うな」
「た、確かに……」
こくんと頷き、鈴加は俯いた。
「なんか、励まされてばっかりだね。学校でも周りに助けてもらってばかりで、何も返せない自分が恥ずかしい……」
「別にいいんじゃないのか。そいつらは好きでお前の側にいるんだから。何かを返してほしくて一緒にいるなら、とっくに離れていってるだろうよ。でもそうじゃないだろ?」
「うん。あたしと友達になりたいって言ってくれた人がいてね。その人は大学でも人気者で、強くて、優しくて、物語の王子様みたいな人なんだ。はじめは自信が持てなくて避けちゃったんだけど――弓弦くんや早紀さん、N様のおかげで前向きな気持ちになれた。きっとこれまでのあたしなら、向き合わずに逃げちゃってたと思う。だから、すごく感謝してる」
手元をもじもじさせながら頬を染めると、弓弦は優しい声で問いかけた。
「そいつと友達になるのがお前の願いか?」
「図々しいとは思うけどね」
申し訳なさそうに笑う鈴加が顔を上げると、片手で頬杖していた弓弦と視線が合う。思いがけず強い眼差しにドキッとした。二人の間に落ちる沈黙。
「一等星だけの星空が存在しないように、どんなに小さな星でも、その星にしかない輝きがある」
「え?」
「……と、教えてくれた人がいたんだ。大きさや明るさに差があったとしても、同じく星であることに変わりない。暗闇を照らす光に――必ず、誰かの希望になれると。だからそいつがお前を選んで、お前もそいつを選んだなら、お互いに輝き合えるさ。周りの奴はほっとけ。眩しくて、嫉妬してんだろ」
淡々とした語り口だったが、魔王らしからぬロマンチック発言。鈴加の瞳が点になっていたので、弓弦は赤面した。すかさずチョップをかます。
「恥ずかしいこと言わせんじゃねーよ!」
「ぶへぇっ! り、理不尽……!」
「とにかく、悩んだってしょーがねーだろ。うだうだしてないでさっさと明日の支度して寝ろ。ある程度質問を予想できたとしても、当日何を聞かれるかはその時になんなきゃ分かんねーんだから。難しい質問されても焦るな。相手は反応を見てるだけ。素晴らしい演説を聞こうなんて思っちゃいない。だいたい、萎縮してどうする? お前は、張るほどの見栄もないだろーが」
「あぁああーー! おっしゃる通りですけどもうやめてー!」
ヒィー! と苦悩する鈴加にため息を吐き、弓弦は席を立った。榊から「お時間です」との連絡が入ったのだ。この後も予定が詰まっている。仕事のレセプションを早めに切り上げてきたので、服装はスーツのままだ。ネクタイを締め直し、背筋を伸ばす。
「いいか。万一上手くいかなくても挫けるなよ。就活は見合いみたいなものだからな。縁があるかないか、それだけだ。それでも自分に足りないものがあったと反省するなら、失敗を悔やむより次に活かせ。必ず居場所はある。お前ならやれる。俺はそう信じてる」
そう告げて部屋を出ようとした弓弦の足元がふらついた。咄嗟に扉に手をつき寄り掛かると、慌てて鈴加が飛んできた。
「弓弦くん!? 大丈夫!?」
支えるように腕を背に回され、鈴加を見下ろす。いつのまにか開いた身長差。それだけじゃない。この10年で、女性らしく成長したと弓弦は思う。ゆずソーダとして再会した時は、性質の悪そうな男に絡まれているのを目撃し、血の気が引いた。仕事でやむをえなかったとはいえ遅刻すべきじゃなかったと深く後悔した。派手に着飾り、らしくない髪型やメイクをしていても、一目で鈴加だと分かった。純粋であどけない雰囲気がそのままだ。無防備で、疑うことを知らない瞳も――――。
「お前に心配されるなんて、俺もまだまだだな。ちょっと疲れが出ただけだ。すぐ治る」
鈴加の手をやんわり押し戻し、弓弦は薄く笑った。鈴加のために、自分自身のために、あまり長居しない方がいい。
「でも――」
「俺のことはいいから、自分のこと考えろよ。すぐに迎えが来る。見送りはいらないからな。春子さんに美味い飯でも食わせてもらって、リラックスしてろ」
「……っ。ごめん、弓弦くんが体調悪いのに気付けなかった。こんなに近くにいたのにあたし……」
「バーカ。何泣きそうな顔してんだよ」
意地悪な口ぶりだったが、優しい声音だった。くしゃくしゃと頭を撫でられ、鈴加はぐっと涙を堪えた。弓弦はそんな鈴加を宥め、いいことを思いついたというように付け足す。
「内定が出たら、さっき話してた好きな男に祝ってもらえ」
「ブッ!! す、すすす好きって!!」
「照れるな照れるな。そいつに報告したら、千晴とN、早紀にも教えてやれ。あいつら絶対喜ぶ」
「……弓弦くんは?」
「ん?」
「弓弦くんも喜んでくれる?」
「俺は――……」
何かを言いかけ、ふと言葉を切る。弓弦は鈴加を見つめた後、いつものポーカーフェイスに戻った。結局、弓弦の答えは聞けなかった。間もなく秘書が迎えに来ると、全く不調を感じさせない、余裕のある態度で接していた弓弦の横顔は――鈴加の知らない、大人の男の人のようだった。
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