第19話 試練です
『N様
はじめまして。高橋鈴加です。
今回は私の変身プロジェクトに協力して下さってほんとうにありがとうございます。ずっと自分に自信が持てないままでしたが、これからは勇気を出して前進します。すぐには変われないでしょうが、躓いても諦めません。どうか見守っていて下さい。
PS.世界中のどこにいても、一ファンとしてあなたを応援しています』
♢♢♢ ♢♢♢
「――送信っと」
何度もメールを見直し、送信した鈴加はスマホを鞄にしまった。早紀にイメチェンしてもらってから、今日が初めての登校だ。期待と不安でドキドキする胸を抑え、深呼吸した。
「おはよう千晴!」
「あ、おはよう鈴……加……?」
大学の最寄りの駅で待ち合わせしていた千晴に声をかけると、振り向いた途端に固まる。鈴加はふわふわした黒いオーガンジーのスカートにクリーム色のニットを纏っていた。足元はリボン付きのショートブーツという出で立ちだ。
「ごめんなさい、人違いでした」
「ブッ!! 合ってるよぉ~! あたしだよ千晴~!」
気付いてもらえなかったことに軽くショックを受け、うわぁんと千晴の腕に縋る。ようやく鈴加だと認識した千晴は、「えぇえっ」と声を裏返して一歩後ずさった。それほどに鈴加の容姿は激変していた。
「あんた、エセギャルは卒業したの!?」
「エ、エセって言わないでよぅ……ぐす」
確かにギャルになりきれてない自覚はあったが、自分なりに必死で演じていたのだ。エセとまで言われればさすがに傷付く。出鼻を挫かれ、このまま帰宅したくなった。だが、愛しのN様に「勇気を出す」と宣言した以上、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。気を取り直し、鈴加は千晴におそるおそる問いかけた。
「ど、どうかなこの服装? 髪型も変えたんだよ。おかしくない?」
「おかしくないよ! というかもはや別人じゃない。正直ここまで変わると思わなかった」
「へっ?」
「ううん! なんでもない!」
ゴホッゲフッと怪しい咳払いをし、千晴はお決まりの優等生スマイルを浮かべた。それを見て、とりあえず浮いている訳ではなさそうだと分かり、内心ホッと息を吐く。千晴は突然、パァンと鈴加の背中をぶっ叩き、肩に腕を回した。
「ふぁッ! な、なに!?」
「気合よ気合い! 綺麗になりたいと思ったってことは、見せたい人がいるんでしょ? だったらついでに猫背も直して堂々としてなさい。大丈夫。今日のあんたは誰が見ても可愛い。自信持ってぶつかってきな」
「千晴……」
思わずホロリとしたその時、不吉な香りが鼻先を掠めた。背筋が寒くなったのは、天敵――彩葉が身に纏う香水だったからだ。
「――彩葉さん!?」
条件反射で叫んでしまった後、ひどく後悔した。彩葉と顔を合わせるのは、図書館にお使いを頼まれて以来だ。しかも、男を唆し、襲わせた張本人と知ってしまった今、一番見たくない顔だ。
「……? 失礼ですが、どこかでお会いしまして?」
「え……」
「わたくしのファンでしたら、握手くらいして差し上げますわ」
エンジェルスマイルで右手を差し出す彩葉に、鈴加は混乱した。何かの罠? だけど本気で鈴加のことに気が付いていない様子だ。ここはシラを切るべきかと葛藤していると、千晴が割入ってきた。
「バカじゃないの。ファンって、芸能人か何かになったつもり? それとも新しい遊びかしら。どちらにせよ、鈴加を変なことに巻き込まないで」
――しまった!
千晴は彩葉と面識がある。カフェで千晴を庇い、水を浴びせられたことは記憶に新しい。集団で卑劣な行為に及んだ彩葉と親衛隊の存在を、千晴が黙って見過ごすはずがなかった。
「高橋さん……? まさか、あなたが?」
もう一度確かめるように鈴加を凝視した彩葉は、ハッと雷に打たれたように驚愕する。鈴加はこの場を切り抜ける上手い言い訳が咄嗟に思い浮かばず、オロオロするばかりだ。
「じゃ、私達はこれで。行こう、鈴加」
「お待ちになって! ちょうどよかった。高橋さんと話がしたいと思っていたの。講義までまだ時間がありますわ。わたくしと一緒に来て下さる?」
鈴加は引き留められ、唇を噛んだ。このまま彩葉が黙って見送るとは思えなかったので、予想どおりではあったが、不快感を拭えなかった。自分に危害を及ぼそうとした人物と二人きりになるのは遠慮したいところだ。気の進まない鈴加の心を代弁するように、千晴は素っ気無く却下した。
「悪いけど、この子には先約があるの」
「あら。それは残念ね。とっても大切なご相談だったのだけど、日を改めれば気が変わってしまうかもしれないわ」
「相談ですって?」
「ええ、そうよ。それとも今ここで彼女を交えてお話しましょうか。図書館でのこと、と言えば理解して頂けるかしら?」
「……っ!」
――これは脅迫だ。
従わなければ鈴加だけでなく、千晴にまで手を出そうとしている。実際に男をけしかけてきたくらいだ、千晴に対して何をするか分からない。彩葉が黒幕だという証拠はないが、犯人の男が残したヒントは、彼女が関わっているということを示唆するには十分すぎた。
「図書館? 一体何の話――」
「なんでもない! ごめん、千晴。先に行ってくれないかな」
「はぁ? なんでこんな女の言うことに――」
「いいからお願い。後で必ず連絡するから」
できるだけ平静を保って告げる。千晴は怒りと呆れが入り混じった表情になったが、鈴加が折れないと悟り渋々了承した。彩葉はにっこりして鈴加の腕を掴むと、人気の少ない方へ向かって行った。
♢♢♢ ♢♢♢
鈴加の通う大学の広大なキャンパスには、いくつか人目につかない場所が存在する。彩葉に導かれ、足を止めたのもそのひとつだった。逃げられないよう親衛隊に囲まれた鈴加は、ごくりと生唾を飲む。
「彩葉さん。あたしは、あのことを公にするつもりはありません。だからもう二度とあんな酷いことをしないで下さい」
「あら、なんのことかしら?」
慎重に言葉を選んだ鈴加は、想定外の返答に面食らった。千晴の前で図書館での一件をちらつかせた時点で、彩葉は事件との関わりを認めたようなものだ。それなのに、今更しらを切ると言うのか?
「わたくしはただ『噂』を耳にしましたの。あなたが旧図書館で何者かに襲われたと。わたくしが用事を頼んだばかりに、申し訳ないと思っておりますのよ」
「な、何を言ってるんですか? あの男は彩葉さんが――」
「――わたくしが手引きしたという証拠がおありになって?」
穏やかに微笑む彩葉を前に、鈴加は絶句した。嫌な汗が背中を伝う。
「仮にわたくしが何かしらの形で関わっていたとして――貴女が誰かにそれを告げた時、信用されるのはわたくしと貴女、どちらかは明白じゃありませんこと?」
「それは、」
「わたくし、あなたを心配して差し上げているのですわ。だってわたくしたちお友達でしょう? だから二度とこんな不幸に見舞われないよう、守ってあげますわ。高橋さん、あなたがもし――わたくしを裏切らないと誓うなら」
相手の意図が読めずに黙り込んでいると、彩葉は優しく鈴加の両手を握った。ビクリと体を震わせると、獲物を逃がすまいと、彩葉の手に力がこもる。
「二度と東様に近付かないで。あなたは――例えるならそう、路傍の石ころと同じ。いくらあなたが東様を想っても、彼があなたに目を留めることはない。だって彼は、誰もが見惚れる至高の宝石だもの。隣に並べば惨めな思いをするのはあなたの方ですわ。皆の笑いものになりたくなければ、脇役らしく、目立たず地味に振舞いなさい」
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