第16話 変身の準備はいいですか?

 

 「ハーイ鈴加ちゃん! 急に呼び出してごめんなさいね。普段、なかなか休みがとれないの。さっき午後の予定に空きが出たから『今だ!』と思って電話しちゃった」

 「こ、こちらこそお忙しいところお時間頂き……!」

 「や~だっ、リーマンのおっさんじゃないんだからぁ~もっとリラックスして!」


 パァンと背中を景気よく叩かれ、前につんのめる。魔王と悪夢の再会を果たした一週間後、鈴加は渋谷のとある有名スタジオにいた。早紀の来客として受付を済まし、入館用のIDを首からぶら下げ、活気ある通路を抜ける。すっぴんで来いと言われたので眉毛がハゲ……げふっゴホッ。


 「あれー、早紀さん、午後オフじゃなかったっすか?」

 「プライベートでちょっと。ファッション部に用があるの」

 「珍しいっすね。また後で美容部寄って下さいよ! 新作コスメのサンプル届いてますからチェックお願いします!」

 「気が向いたらね~」


 すれ違うスタッフ達に早紀が声をかけられる度、隣で胸がドキドキした。忙しなく行きかう人々、ボックスに入れられた山のようなメイク用品、ずらっと並んだ撮影用の服やバック、そして靴等がところ狭しと並んでいる。トレンドを発信する場所にいるなんて、まだ信じられない。


 「早紀さん、人気者ですね」

 「あはは、まあ仕事場だからねえ、スタイリストとしてモテるのはありがたいわね」


 エレベーターに乗り込み、案内されたのはファッション部。季節を先取りした服がいっぱい。物珍しげにキョロキョロしていると、モードな雰囲気の女性スタッフが駆けてくる。


 「あー! 早紀さんその子が例の変身希望者ですか? すっごい変わりそうないい素材してますね!」

 「でしょ~? じゃ、悪いけど予定通り奥のフッティングルーム借りるわよ」

 「どーぞどーぞ! あ、これ早紀さんが見立てた服です。サイズの確認だけお願いします」


 ふぉおお、美人なお姉さんがいっぱいいるぅうう! 服を手渡され、恐縮しながらフィッティングルームへ入る。着替える前に服を広げて更なるショックを受けた。Vネックのひじ丈ブラウスはスパンコールフラワーが縫い付けてあり、膝上短めのプリントスカート――ローズ柄――はウエストに幅広のベルトが付属していた。


 「あの、あたしこんな可愛い服似合わないと……」

 「大丈夫! とりあえず私が選んだものを着て。えーっと、靴とアクセサリーはどうしようかな~」


 フィッティングルームのカーテンの隙間から顔を出し、鼻歌交じりで小物を見繕う早紀に必死で『無理です☆』サインを送るも、全く気付いてもらえない。むしろ、服を手渡してくれたお姉さんに超いい笑顔でウインクされてしまう。くぅッもはやこれまでか……ッ。生き恥を晒すならいっそ派手に散ってやる~!


 ――シャッ。


 腹を括り、勢いよくフィッティングルームのカーテンを開ける。すると、パッと周囲の目を惹いた。あ、似合ってませんよね、ええ。白目を剥きそうになりながら芋虫のごとくカーテンにくるまると、容赦なく大きな姿見の前に引っ張り出された。


 「うん! やっぱり似合う~! 靴はこれ履いてね。ヒールそんな高くないから」

 「「おぉおおお」」


 周囲から感嘆と共に拍手が起き、意外な反応に目を丸くした。自分では絶対に選ばない、ピュアロマンチック系のファッションはとても新鮮だった。やりすぎない、ちょっとクラシカルでキュートな刺繍やレースが特徴のブランドで、雑誌で掲載されたアイテムは即完売という人気ぶりだ。


 「こうしちゃいられないわ。次はヘアカットね。美容部へ行くわよ~っ」

 「は、はい~!」


 正直、もうHPバーが黄色だ。スタジオ内を連れ回され、着せ替え人形と化した鈴加はいつ泡を吹いてもおかしくなかった。髪を切り、染められ、極楽シャンプーで意識が飛び、入念にマッサージをされ……etc、もうなされるがままだ。


 「うんっ、暗めのカラーリングにして正解ね。縮毛矯正してしっかりトリートメントしといたから明日から手入れ楽よ~。毛先はワンカールさせて……うん、これでよし。後でコテの使い方教えてあげるからマスターしてね。家にコテある?」

 「一応あります。ぶ、不器用でも大丈夫ですか?」

 「慣れちゃえば簡単よ。5分もかからないから安心して」

 「へぅ……」

 「あとはメイクね。この前見た限りだと、全体的にゴテゴテだから、ナチュラルにしましょう。なんでも100%頑張っちゃうと、抜け感がなくなるからね。武装しないで、隙があるくらいが丁度いいの」


 大学生になり、オシャレ女子の『慣れれば簡単♡』ほど信用ならないものはない、と痛感していたが、鈴加は異論を唱えなかった。そんな鈴加の不安を余所に、早紀は手際よく髪をセットし、次にメイクを始めた。


 「ほんとのところ、弓弦とはどういう関係?」

 「ふぁッ?」

 「いや~、この前さぁ、鈴加ちゃんのこと大事そ~にお姫様抱っこして帰ったからちょっとびっくりしちゃって」

 「オヒメサマダッコ……」

 「おーい、なんでそんな死んだ魚みたいな目になってるのー」


 魔王に捧げられた生贄の図を思い描き、鈴加は身震いした。不幸中の幸いは完全に寝落ちしていたことである。弓弦のことだ、目が覚めたらいきなり手を放して落とすくらいの意地悪をしかねない。それに、イケメンにお姫様抱っこイベント⇒キャー♡ となれるのは乙女ゲーの世界に限る。実際は体重やらが気になって全くときめかないだろうという想像はついていた。


 「……弓弦くんとはただの幼馴染です。小学校だけ一緒で」

 「そうなんだ~。じゃあ~久しぶりに再会してときめいちゃった? 私みたいな仕事してても、滅多にお目にかかれない上玉だし♪」

 「ブッ!! まさか! あ、あたしとっくに振られてますし! むしろこの10年は天敵でしたし!」

 「あら。それは意外」

 「え?」

 「ううん、なんでもない。弓弦がナシなら、誰か他に気になる子はいる?」


 ふっと東の凛々しい立ち姿が瞼に浮かび、耳が熱くなる。慌てて首を横に振り否定したが、早紀は誤魔化せなかった。


 「鈴加ちゃんのうーそーつーきー★」

 「いえ、あの、ほんとにっいませんから!」

 「なぁに~私に隠すことないでしょう? 彼、どんな人?」


 ――なんだこの恥ずかしい展開は!?


 予告なく始まった恋バナタイムに汗をかき、鈴加は口ごもる。まさかこんなところで東への想いをぶちまけるわけにいかないので、ほんの少しだけネタを提供して自爆回避することにした。


 「か、彼は強くて、優しいです。見返りに関係なく、自分じゃない誰かのために一生懸命になれるひと……です」

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