第14話 召喚されました
「遅い!」
「へぶぅッ!?」
超特急で玄関に直行した鈴加は、扉を開けた瞬間にチョップを食らった。騒ぎを聞きつけた母親が居間から現れ、青年の姿を見るなり笑顔になる。
「あらあら、まあ! もしかして、大神弓弦くんじゃない?」
「ご無沙汰しております、春子さん。お元気そうで何よりです」
「やっだ! 春子さんなんて、もうっ。予想以上にいい男になっちゃって、年甲斐もなくときめいちゃうわぁ~☆」
鈴加をスルーし、母親と握手する弓弦はとても姿勢が良い。立ち姿だけで惚れ惚れしてしまいそうな好青年で、開いた口が塞がらない。爽やかな笑顔は隙がなく、腹黒さを完璧に隠しているあたり物凄い策士だ。
「今夜は鈴加に会いに来てくれたのかしら。それとも律? ああ、お夕飯まだならぜひ上がって行ってちょうだい」
「春子さんの手料理ですか。とても魅力的なお誘いですが、実は知人と待ち合わせてまして。またの機会にお願いします」
「あら~そう? 残念だわ」
「ところで……鈴加さんを少しお借りしたいのですが、よろしいでしょうか? あまり遅くならないうちに責任をもってお送りします」
「いいのよ~いっそお持ち帰りしてお婿さんになってくれても♡」
「ブフォッ! ちょ、何言ってるのよママ!?」
危険すぎる発言に目玉が飛び出し、鈴加は真っ赤になって抗議した。魔王の前でなんてことを言い出すんだ! しかしアラフォー人妻のどぎつい冗談をさらりとかわし、弓弦は微笑んだ。
「嫁入り前の大切なお嬢さんに不埒な真似はしませんよ。では、また後ほどお伺いします」
ぐいっと手を引かれ、つんのめりそうになった鈴加は慌てて弓弦の後に続く。母親を振り向きSOSサインを出したが無駄だった。穏やかに手を振って嬉しそうにこちらを見ている。ママの人でなし~っ!
「シートベルト」
「は、はい」
泣く泣くベンツに乗り込んだ鈴加は大人しく従った。パパ以外の男の人の車に乗るのは初めてだ。間もなく発進し、無言で運転する弓弦を横目に鈴加は嘆息した。
*
一体どこへ連行されるのか……。心配を余所に30分ほどドライブし、到着したのは洒落たビルの前だった。洗練された大人の男女が出入りしている。弓弦は助手席のドアを開き、鈴加をエスコートした。高級車で乗り付けた極上の美青年に周囲が色めき立つ。
「暗いから足元気をつけろよ」
弓弦の存在感は群を抜いていた。隣に並ぶ貧相な自分が申し訳なくて彼を仰ぐも、弓弦は全く気に留めていないようだ。見えないシールドで女性達の熱視線を弾きつつ、案内されたのは地下のバーだった。これまでに入ったことのない落ち着いた雰囲気の店だ。ああっ、緊張する!
「弓弦、こっちよ」
カウンター席で妙齢のマスターと談笑していた女性が手を振り、弓弦は小さく頷いた。先を促され、弓弦とその女性の間に挟まれる形で着席する。隣から微かにヴァーヴェナの香り。よく見るとかなりの美人だ。顔小さっ。短髪でボーイッシュな雰囲気だが、グラマラスな体型はアンバランスな魅力を生み出している。
「はじめまして、鈴加ちゃん。プロジェクトNの話はもう聞いてる? あなたの願いを叶えるために助っ人として参上した
女神オーラが眩しくて目が潰れそうになり、鈴加はギュッと瞼を瞑った。「あれ~、恥ずかしがり屋さんなのかな?」優しくフォローされ、ますます居た堪れなくなる。すると、弓弦が守るように鈴加の肩を抱き寄せた。ぽふっと弓弦の胸に当たる。
「おい、あんまりからかうなよ。言っただろ、こいつは人見知りなんだ」
「やーだー人聞きの悪い。ちょっと挨拶しただけじゃないの。ねえ?」
「へっ。あ、はいっ!」
どうやら怖い人じゃなさそうだ。にこにこしてお酒を勧められ、ぐいっと口に含む。甘くて爽やかな、レモンライムの味がした。
「で、どこまで話したの? プロジェクトのこと」
「俺がプロデュースするのは言ってある。かなりスパルタにするつもりだからな、豆腐メンタルのこいつはすぐに音を上げるだろうと思って餌を用意した」
「餌ってN様のCDのこと?」
すかさず切り込むと、弓弦はちょっと驚いて目を瞠る。何かおかしな事を言っただろうか?
「もう届いたのか。早いな」
「弓弦くんはN様と知り合いなんだよね? あたしを三次元に復活させるのが目的でプロデュースするって言ってたけど、N様が協力してくれるなんて夢みたい」
「やぁん、『夢みたい』だって~。弓弦、もったいぶらないでそのN様よやらに会わせてあげたら? 知り合いなんでしょう?」
「N様に会えるの!?」
思わず身を乗り出し、二人の顔を交互に見つめた。キラキラ輝く眼差しを向けられ、弓弦は肩を竦める。
「……それは無理だ。お前も知っての通り、Nは性別以外、全てのプロフィールを秘密にして売り出している声優で、ファンとの接触は固く禁じられている。今回のプロジェクトに協力することも事務所にバレたらヤバイからな、絶対口外するなよ」
「え。やっぱりそうなんだ。N様、乙女パーティーとか顔出す仕事していないし、何か事情があるのかなって思ってたけど。そっかぁ、残念だけどお仕事なら仕方ないね」
鈴加はしゅんとして足をプラプラさせた。早紀が慰めのつもりか優しく頭を撫でたので、犬のようにぐーんと後ろに仰け反って目を細める。弓弦は文句を垂れない鈴加を意外そうに眺めた。
「なんだ、諦め早いな。知り合いだと分かったら散々ごねると思ってたのに」
「そりゃあN様のファンとしてはどんな人か気になるよ? でも、それでN様を困らせたり、悲しませたいわけじゃないもん。あたしはN様が演じるサブキャラを愛してるから、ゲームで会えたらお腹いっぱい」
――そういうもんか。弓弦は興味なさげにノンアルコールカクテルをグラスに注ぎ、口に運んだ。鈴加は手元のグラスを両手で掴んで話を続ける。
「弓弦くんはさ、憧れの人が思ってたような人じゃなかったら、ガッカリする?」
「は? なんだよ藪から棒に」
「大学の知り合いがね、よくそんな感じのこと言うんだ。『あの人は思ってたような人じゃなかった。ガッカリした』って。でもね、それって結局、自分が勝手に期待して、相手に応えてもらえなかった時に失望してるんだよね。なんだか寂しい」
「寂しい?」
「うん。たとえばN様が若ハゲで脂ギッシュなブサメンだったとしても、N様であることに変わりないでしょ? そりゃあゲームの中じゃイケメンに越したことはないけどさ。実際にN様がどんな顔でスタイルかとか、あたしには関係ないんだ。だって世界中の女の子がダサいって笑っても、N様は――傷付いたとき、心を癒やしてくれる、最高の王子様だよ」
「……」
「だから…………でね」
――弓弦くんも、もうあたしのことは気にしないでね。
呟くと同時に急激な眠気に襲われ、鈴加はカウンターに突っ伏した。酒に相当弱く、酔うと完全に寝落ちしてしまうので家でさえ滅多に口にしないのだが、綺麗なお姉さんに勧められてつい調子に乗ってしまった。無防備に寝息を立てる鈴加の背中に、ふわりと上着がかけられる。弓弦の仕業だ。
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