閑話 西岡さんと島田くん1
【前書き】
鈴加の親友、西岡千晴が彼氏(島田)と出逢った頃の小話です。
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――あれは17歳の夏。
生徒会役員だったあの頃は、よく帰りが遅くなっていた。それでも鈴加が忠犬ハチ公のように教室で待っているので、優等生・西岡千晴は先生の目を盗んで校内全速ダッシュするのが日課になっていた。
「ごめん! バ会長かいちょうの自慢話が長くて……!」
教室に駆け込んだ千晴は、待ちくたびれて机で居眠りする鈴加を見つけ、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。心地よさそうに眠る鈴加の口からは涎が垂れており、さすがにみっともないのでティッシュで拭き、優しく肩を揺する。
「起きて鈴加。お待たせ、もう帰れるよ」
「ふぁっ? 千晴。あれ、いつ戻ってきたの?」
「今さっき。それよりあんた日直じゃなかった? 日誌出したの?」
「!! ど、どどどどうしよう日直って忘れてた!!」
「はあああ? しょーがないわね……」
手早く日直の仕事を片付けようとして、はたと足を止めた。黒板の文字は綺麗に消えていて、教室には塵ひとつ落ちていない。一杯だったゴミ箱は空になっている。戸締りも完璧だ。どう考えてもドジな親友の仕事では……げふんげふん。
「ねえ、鈴加と日直だった男子、誰だっけ?」
「え。島――」
「まあいいわ。一応先生に確認して帰りましょう」
「あっ待ってよ千晴! あたしを置いてかないでえぇ!」
職員室に顔を出すと、担任が小テストを採点中だった。手伝いを頼まれそうになり、営業スマイルで「これから塾なんです」と先手を打つ。残念そうな担任の手元には日誌が置いてあった。思ったとおり日直の男子生徒が届けたらしい。中身をパラッと確認すると、流麗な文字で必要な情報が簡潔に綴られていた。なかなかデキる奴だ。
「彼ってさ、確か図書委員だよね? 昼休み、いつも図書館で本読んでるメガネの」
「うん。そうだよ。あたし、明日お礼言わなきゃ」
♢♢♢ ♢♢♢
翌日。
千晴は登校するなり、日直だった男子生徒の席へ直行した。人気者の千晴が影の薄い男子に声をかければ、自然と注目が集まる。一言、昨日の礼を伝えるだけなのに大げさ。すぐに済ませようと、絵に描いたような優等生スマイルを輝かせ――ありがとうと伝えた。しかし、予想外のことが起きた。
「なんで西岡さんがお礼言うの?」
「え……」
「昨日のことならもう高橋さんからお礼言われたよ」
素っ気無く言い放ち、読みかけの文庫本に視線を落とす彼に、成り行きを見守っていたクラス全員(主に男子)が息を呑む。他方、ぶっきらぼうな態度をとられることに不慣れな千晴は、内心ムッとしたのを堪えて「それもそうね」と自分の席に戻る。
――確かにちょっとお節介だったかな。でも、あんな言い方しなくたって。
もやもやしたままHRが始まり、授業に移行した。真剣にノートをとっていれば時間が過ぎるのが早い。昼休みを告げるチャイムが鳴り、教室が賑やかになる。この日、生徒会の用事がなかった千晴は鈴加と二人で昼食を取る約束をしていたのだが、鈴加が弁当を忘れたと半泣きで購買に走って行き、しばしお預けを食うことになった。
――遅いな……。
15分経っても戻らない鈴加が心配になってきた。行き違いになるかもしれないが、探しに行くか。おっちょこちょいな鈴加のことだ、普通に歩くだけで躓き派手に転んでいるかもしれない。急ぎ足で購買に向かうと――
「ひゃあっ!?」
「ってーな、どこ見て歩いてんだよ、このブス!」
「す、すみませ……っ」
「次から廊下の端歩けよな!」
案の定、上級生にぶつかられて転んでいた。しかも買ったばかりであろうパンを思い切り踏みつけられている。憤怒の形相で割り入ろうとして、自分より先に飛び出した人影に面食らう。それは日直だった彼――確か名前は島村だったか――は鈴加の前に跪き、ぺしゃんこになったパンを拾ってあげていた。
「ひどいことするね。高橋さん、大丈夫? あーあ、パンが台無しだ。靴の跡がくっきり」
「あ、あたしのお昼ごはんが……」
「な、泣かないでよ。そうだ、いいこと考えた。はい、これ」
「!? こ、ここここれは発売後1分で売り切れるという伝説のメロンパンスペシャル!!」
「実は、購買にはちょっと顔が利くんだ。パン卸してる店で時々バイトしてるから、おばちゃん達と仲が良くて。さっきも二個もらったんだよね。よかったらあげる」
「ありがとう……! このご恩は一生忘れません!」
「大げさだなあ」
完全に声をかけるタイミングを逸した千晴は、和やかに会話する二人を離れた場所から眺めていた。これまで弓弦以外の人間が鈴加にかまうのを見たことがない。しかも弓弦はこっぴどく鈴加を振ってトラウマを植えつけたブラックリストの筆頭人物である。
――これは一度、真意を確かめた方がよさそうね……。
行動派の千晴は放課後、島村を呼び出した。ベタに体育館裏なのは、返答次第でボコる気満々だったからであるが、召喚された本人は「ま、まさか告白?」などと浮足立った様子もなく、至極淡々としていた。
「まどろっこしいのは嫌いだからハッキリ聞くわ。島村くん、あなた鈴加のことどう思ってるの?」
「同じクラスの女子」
「そうじゃなくて!」
「高橋さんに聞いて来てって頼まれたの?」
「違うけど」
「前も思ったけど、なんで西岡さんが高橋さんのことで出しゃばるのさ」
「出しゃば……いきなり失礼なこと言うわね。私はただ、あの子が心配なの」
「心配? あぁ、なるほど。自分のためか。優等生は大変だね」
無遠慮な言葉に千晴は絶句する。――あんたみたいなポッと出の地味男に私の何が分かるのよ! と右ストレートをかましたい衝動を必死で抑えた。慎重に黙り込むと、島村は真摯な眼差しで口を開く。
「あのさ。他人の友情に口を出す趣味はないけど、これから先もずっと君が守ってあげられるわけじゃないんだから、あまり過保護にしない方がいいよ。それに、高橋さんはそんなに弱くないと思う」
「お、思い切り意見してるじゃないの。島村くんは何も知らないからそんなこと言えるのよ」
「確かに僕は高橋さんと親しくない。それでも分かることはある。同じクラスになったのは二年生からだけど、彼女は一度も欠席していない」
「…………ッ!」
「あんまりクラスの連中と馴染んでないことくらいは知ってるよ。隣の席だし、嫌でも目に入るから。ただ、どんなに意地悪されたって、彼女、学校休まないよね。それは弱虫じゃない証拠にならない?」
千晴は、島村の繰り出す連続攻撃にたじろいだ。他人に興味ありませんオーラ満載な男が精緻な観察眼を持っていたこと、かつ意外にも隣の女子を気に掛けていたことは想定の範疇になかった。大きな瞳を点にして固まる千晴をスルーし、島村は続けた。
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