第2話 いきなりボスキャラ来襲

 鈴加は偏差値が足りず、千晴とは別の学部に進学した。久しぶりに一人になり、冷静に周りを観察してみると、同じ年頃の女の子達はメイクやファッションに余念がない。鈴加はといえば、どうせ滅多に袖を通さないからと、母親が着古したスーツを拝借し、すっぴんのままだった。


 もしかして、自分はかなり浮いた存在じゃないのか――ということに今更ながら気付く。が、時すでに遅し。結局、どこのサークルにも勧誘されなかった新入生という不名誉な伝説を残すことになる。これまで色々怠けて内向的に生きてきたツケを、ついに払うことになったのだ。


 裁きが下された日から最初の一年は、とにかく周りに合わせようと必死だった。まずは髪型や服装を流行のファッション誌で研究し、真似てみた。人気の美容院やネイルサロンの世話にもなった。その結果、急ごしらえではあったものの、なんとか普通の女子大生に見えるレベルに達すると、一応背景に溶け込めるようになったのである。とりあえず、「浮いてる可哀そうな子」フラグは折ることができたが、平穏な生活とは無縁なのが悲しい。思いがけない、新たな問題が待ち受けていたのだ。


 「うわ、またグループLINEのトーク進んでる。反応するの面倒だな……」


 スマホを片手に嘆息すると、見計らったように千晴が戻ってきた。化粧を直した千晴の唇は、思わず触れてみたくなるほど艶やかで、いかにもデート仕様だ。


 くそう、リア充め――内心舌打ちした鈴加の恨めしげな視線を受け流し、千晴は絡まれる前に先手を打つ。


 「誰からの連絡か当ててみようか。アゲハ蝶でしょう?」

 「え! なんで分かったの?」

 「金欠なのにしつこく合コン誘ってくるって泣いてたじゃない。断れないの?」

 「一度断ったら誘ってもらえなくなるかも」

 「それはそれで結果オーライじゃない。ていうか、三次元アレルギーなのに合コンて誰得よ。苦行でしょ」

 「まあそうなんだけどさ。あたし、アゲハ蝶お気に入りの脇役だから出動要請が多くても逆らえないんだよ」

 「はあ? 何それ。引き立て役ってやつ?」


 千晴と一緒に居ても引き立て役だったけどね、とは口が裂けても洩らせないので、鈴加は曖昧に笑って誤魔化した。


 アゲハ蝶――というのはあだ名で、鈴加と同じ学部に通っている西園寺彩葉さいおんじあやはのことだ。乙女ゲームでいうところのいわゆる悪役令嬢ボスキャラである。家が大層お金持ちで、華やかな見目のお嬢様だ。身に着ける物は全て高級ブランド品で統一され、親衛隊に囲まれている。


 いつだったか、一人で講義を受けていた鈴加に寄ってきて、合コンへ行こうと誘ってきた。引き立て役として採用されたのである。


 ボッチ回避のためとはいえ、全く毛色の異なるグループに参加したのは失敗だったと深く反省したが、既に入学から時間が経っており、他に混ざれそうなグループはなかったのでやむをえず脇役を演じ続けている。


 「……いいの。どうせ今だけの付き合いだし。あたしには千晴がいるから。たった一人でも心から信頼できる人がいればそれで十分だよ」

 「鈴加……」

 「それに、"N様"もいるしね!」


 しんみりした空気を一掃すべくグッと拳を握り締めれば、「結局オチはそこなのね」と肩を上下された。


 「そういえば、乙女ゲー感想ブログは最近どうなの? 初めてコメントくれた人とブロ友になったって喜んでたけど」

 「うん、仲良くしてもらってるよ。ゆずソーダさんってIDなんだけど、もしかしたら十代かなあ? いつもあたしのこと気に掛けてくれて、すごく優しいんだ。大学で趣味のこと秘密にしてるって打ち明けたら、じゃあ私とたくさんお話しましょうって。今度会うことになったの」

 「ネットで知り合った人でしょ? 実は若い女の子に成りすましたオヤジかもよ?」

 「違うと思う。ほんとに乙女ゲー詳しいし、何より、"N様"の大ファンなんだって! これはもう期待しちゃうよ!」


 鼻息荒く興奮する姿をじっと見据えた千晴は、


 「ふぅん。まあ、危ないと思ったらすぐに逃げるのよ?」

 「オッケーオッケー」

 「一応、忠告したからね」


 ぴしゃりと忠告してサラサラのストレートヘアを肩に払った。この時、千晴はひどく複雑そうな顔付きで鈴加を見つめていたのだが、有頂天になっていた鈴加は気付くことができなかった。


 「――あら、高橋さんじゃなくて?」


 頭上から鈴音のような声がして、ビクッとした。顔を上げると、そこにたのは――


 「え……アゲハ――じゃなくて、彩葉あやはさん!?」

 「アゲ……?」

 「ううんっなんでもないです! 彩葉さんこそ、どうしてここに?」

 「どうしてって、あなた、LINEをご覧になったんじゃなくて? この店に集まることになっていたのだけれど」

 「へ!? あ、あー、そうでしたね! あはははっ」


 偶然、同じカフェに現れたのは、噂の女王様と取り巻きご一行である。彩葉が胡乱げに鈴加を見下す構図は、まさに蛇とそれに睨まれた蛙だ。鈴加は背中に冷や汗が伝うのを覚えながら、及び腰になりつつ咄嗟に口角を上げた。


 できれば少女マンガでいう「フワッ」なんて効果音がつきそうな柔らかい笑顔にしたかったのだが、残念なことに基本スペックが低すぎて、どう足掻いてもエンジェルスマイルは作れない。うだつの上がらないダメ社員が必死で上司にゴマを擦る……残念な感じになってしまう。


 彩葉は微かに眉を寄せたが、「まぁいいわ」とニッコリ笑った。


 「今夜また合コンする予定なの。もちろんあなたも参加するでしょう? 今度のお相手はK大医学部のみなさんよ。楽しみね?」

 「え、えぇそれはもう!」

 「それじゃ、一旦帰って着替えた方がいいんじゃないかしら? あまりこんなことは言いたくないけ

 れど、今日のあなた、ちょっとみずぼらしくてよ。わたくしの友人として出席なさるなら、それなりの格好で臨んでもらわなくちゃ。それでなくとも――」


 ――パッとしないのに。


 彩葉の取り巻きからクスクス忍び笑いが囁きのように広がって、鈴加はあまりの居た堪れなさに身を隠したくなった。

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