第24話 ありのままを受け入れる存在
安定の社畜っぷりで平日を過ごすうち、週末がやってきた。
体調に配慮してくれたのか、物件探しは土曜の午後にセッティングされた。朝は九条家でゆっくり過ごし、昼過ぎに九条の兄が最寄り駅付近のコンビニまで迎えに来てくれることになっている(マンションだと色々勘ぐられてややこしいと相談した結果)。それにしても、自分の都合で予定を空けてもらった挙句迎えにまで来てもらうのは気が引ける……。淡々と待ち合わせ場所へ向かう九条の背中を追う足取りは軽くない。
コンビニの前で迎えを待っている間、九条とはほとんど会話がなかった。どことなくピリピリしているのはお兄様の影響?? しばらくして「来た」と呟いた九条の視線を追うと、スタイリッシュな黒の乗用車が流れるように駐車場に入り、停車した。運転席のドアが開き、颯爽と降り立った人物に朱里は息を呑んだ。
純度1000%のイケメンスマイルを炸裂させた九条兄は、「蓮!!」と、九条を見るなり駆け寄ってきた。キレイめカジュアルな服のセンスは兄弟共通らしい――しかも近くで見るほど瓜二つの顔立ち! ただし九条兄の黒髪はサラサラのストレートで、纏う雰囲気が全然違う。九条は落ち着きがあってクールだが、それに対して彼は社交的でフレンドリーなオーラを放っている。
「久しぶりだな――!! 元気だった? 俺から連絡しても基本スルーだから心配したよ!」
勢いのまま抱き着かれそうになった九条は瞬時に横に避け、兄の広げた両腕はスカッと空を切った。そのまま前につんのめるかと肝が冷えたが、恐るべしリカバー力! ダンサーのごとく華麗に回転した兄は九条に向き直り、唇を尖らせる。
「相変わらずつれないなぁ~、蓮が珍しく俺に頼み事するから楽しみにしてきたのに。まだ反抗期なの?」
「うるさい。必要以上に近付くな」
「とか言って久しぶりに会えて嬉しいくせに」
おぉ、凍りつきそうな眼差しの九条相手に微塵も怯まないとはダイヤモンドメンタル! 存在感の強さに圧倒され、間抜け面になっていた朱里はふと九条兄と視線が合った。たった今朱里の存在に気付いたように瞳を見開いた九条兄は、弟と朱里の顔を交互に見比べた。
「え、あれ? まさか物件探しを手伝ってる同僚って女性!?」
「そうだけどそれが何?」
「大問題だよ!! そういう重要な情報は事前に教えてよ!!」
何を思ったのか、すっとジャケットの襟を正した九条兄は朱里に近付き、バックに花が咲きそうな華やかな笑顔で握手を求めてきた。
「初めまして。
「ゆっ雪村朱里です。九条さんにはこき使……大変お世話になってます」
危ないうっかり本音ポロリするところだった! HAHAHAHAHAと外国人のような笑いを浮かべた朱里をじっと見つめた匠は、とんでもない爆弾を落とした。
「朱里ちゃんか、可愛い名前だね。蓮とはいつから付き合ってるの?」
「!!??」
いきなり鈍器でぶん殴られたようなダメージを受け、ライフゲージが激減した朱里は背後に仰け反った。見かねて間に入った九条はすかさず匠の腕に手刀をかます。
「いつまで手握ってんだ」
「痛ッ! なんだよ蓮~今いいとこだったのに!」
「何がいいとこだ。勝手に妄想膨らませて他人を巻き込む癖、いい加減直せ」
「えぇだって本命の子でしょ? 蓮、歴代の彼女は誰も家族に会わせてくれなかったじゃん」
「……余計なことばかり滑らせる無駄口、今ここで縫い付けようか」
九条の額にうっすら青筋が浮かぶ。あわわわわ、ヤバイ展開!?
はしっと九条の上着の裾を掴んで見上げると、不服げではあるが、どす黒いオーラは若干和らいだ。朱里は止めるのに必死で気付かなかったが、やり取りの一部始終を眺めていた匠の瞳は興味深そうに煌めいていた。
場の空気が和らいだところで、物件探しの前に簡単な打ち合わせを兼ねてランチすることになった。匠に案内されたのは彼が好んで利用するというイタリア料理のリストランテだ。
落ち着いたピアノのBGMが流れる店内はベージュの絨毯が敷かれ、白いテーブルクロスで二重に覆われた四角いテーブルが並んでいた。客席からは木製の大きなカウンターで仕切られた厨房でシェフが調理する様子を楽しむことができる。
なかなかにお高そうなレストランに気後れしつつウェイターに従い、窓際のテーブル席に移動した。朱里と九条が横に並び、向かいに匠が収まると、違和感が半端ない。なんせ干物女が超絶美形男子二人と同席しているのだ。絵面が、絵面が辛すぎる……! 切実に顔モザイク希望。
忍びのごとくできるだけ気配を消しつつ、メニューを開いた朱里は目玉が飛び出た。『旬の食材を盛り込んだ前菜、本日のパスタ、自家製パン、デザート盛り合わせ、カフェのランチコース:2,800円』だと……!?
ぷるぷる震える朱里の胸中を察し、匠は朗らかな笑みを湛えて頬杖をついた。
「ここは俺が払うから大丈夫だよ。それより蓮の話聞かせて? 俺には全然教えてくれないんだよねー。会社では普段どんな感じなの?」
口を開きかけた朱里を九条は制止した。
「今日は物件探しのために集まったんだろ。俺の話はいいから、どんな条件がいいのかを彼女からヒアリングして。あと、時間がもったいないからさっさと注文」
「あぁそうだった! ごめん、久しぶりすぎて嬉しくなっちゃってさ~。前菜とパスタは複数から選べるけど、朱里ちゃんどれにする?」
「『雪村さん』。さっきから初対面で馴れ馴れしすぎ」
ぴしゃりと釘を刺す九条を飄々とかわす匠の組み合わせは新鮮で、朱里は珍しい光景に瞼を瞬かせた。
*
料理を注文した後、サーブされるまでに時間はかからなかった。普段なかなかありつけない、食材を吟味したシェフ渾身のひと皿をそれぞれ堪能しつつ、匠に物件の相談をする。匠は物件情報の入ったIPADを持参してくれていて、それを見ながら意見交換した。
九条の助言でセキュリティがしっかりした物件であることを条件に候補を絞っていき、食後のコーヒーを飲み終える頃には、下見する物件に目星がついた。どうにか予算内に収まりそうで安堵しつつ、物件の下見に出発することとなった。
匠のおかげで物件の下見はとてもスムーズだった。朱里は間取りを確認し、持参したデジカメで部屋の中の写真を何枚か撮り、気になる点は後で見返せるようメモした。そうして何件目かの下見の際、九条が離れたタイミングで匠が寄って来た。
「ね、ほんとのところ蓮とはどういう関係?」
「へ? ご覧のとおり上司と部下ですよ」
「またまた~! 蓮がわざわざ俺に連絡寄越して、個人的に物件探し手伝う子だよ? その上、君に引っ越しの理由を詮索するなってきつ~く釘刺されたんだよね。なんか言いにくい事情があるんだろうけど、あいつがこういう気の回し方する相手、俺の知る限りいなかったから驚いたよ」
朱里はドキリとした。物件探しの発端となった空き巣事件のことはまだ冷静に受け止められていない。だから今回、匠と会う際になぜ新しい物件を探しているのか訊かれるだろうと若干身構えていたのだが――
じんわり温もりが胸に広がって、苦笑した。
普段は意地が悪いくせに、時々信じられないくらい優しくて調子が狂う。だけどそれは朱里に特別な感情を抱いているからではないだろう。
「九条さんは面倒見がいいので、困ってる
居候の件は個人的な提案だと言ってくれたが、実際は、あくまで上司と部下という延長線上での申し出だったと朱里は考えている。――しかし匠の見立ては違うようだ。納得いかない様子で眉をしかめ、腕組みした。
「そうかなぁ。蓮は外面がいいけど、一定のライン以上は他人に踏み込ませないところがあるから、君に対して素を見せてること自体に驚いたんだよ。朱里ちゃんどうやってあの外面剥いだの?」
「剥いだというか……」
朱里は歯切れ悪く答えた。
初対面はコンビニで、何の接点もなかった自分とは二度と会うことがないと決め込んでの腹黒モード発動だったんじゃないかと思うが、それに至った経緯は説明したくないので沈黙することにした。そしてありがたいことに、空気を読んだらしい匠はそれ以上追及してこなかった。代わりに、別な話題がのぼる。
「……蓮が外面被るようになった原因はたぶん俺なんだよね」
「何かあったんですか?」
「いや、特別事件があったわけじゃないよ。でも、生来社交的な気質の俺と1人で過ごすのが気楽な蓮とでよく比べられてて、気分はよくなかったと思う。だからあの外面は周囲の煩わしさを軽減するために編み出した一種の防衛手段――っていうと大げさだけど、まぁ処世術? と思ってる。実際、外面被り始めてから人当たりがよくなったって親は喜んでたしね」
朱里ははじめて、九条の寸分の隙がない外面に納得した。要するに彼は長年、状況に応じてあの腹黒……ゴホン、素の性格をオブラートに包んできたということだ。確かにあの外面であれば敵は作りにくいだろう。だけど――
「わたしは匠さんが責任を感じる必要はないと思いますよ。九条さん、外面の時でも、他人の目を気にして無理に自分を作ってる感じではないですし。もともと、誰かと比較されて卑屈になったり、それで相手を恨むような人でもない気がします」
「へぇ……朱里ちゃんはそう思う?」
「はい。付き合いはそんなに長くないので、勘ですけど」
あくまでもこれは九条の同僚として――部下として側で見て来た限りの印象だが、そう的外れではない自信が不思議とある。まっすぐ匠を見つめると、優しい眼差しが返ってきた。
「ありがとう、励ましてくれて。それと、蓮のことをよく見ていてくれて。可愛げのない奴だけど、できればこれからも愛想尽かさないでやって。俺は嫌われててあんまり頼ってもらえないからさ、少しでも気を許せる人が側にいてくれると兄として心強い」
「え? 何言ってるんですか。匠さんのことは苦手かもしれないですけど嫌ってはないと思いますよ。だって素の自分を受け入れてもらえるっていう信頼が根底にあるからこそ遠慮のない態度を取れるんじゃないですか。無条件に自分を肯定してくれる匠さんの存在は、それだけで九条さんの力になってますよ、きっと」
朱里の見解に、匠は瞠目した。弟に対する長年の負い目は、話の流れで打ち明けたのであって慰めや許しを求めていなかった。だが不思議と心が軽くなって――九条に似て非なる匠の、形のいい唇が弧を描いた。
「苦手なのは否定しないんだ?」
「はっ!! す、すみません失言でしたっ」
ふはっと大きく吹き出した匠に猛烈に頭を下げる朱里。そこへちょうど九条が戻ってきたので話は中断し、物件の下見を再開したのだった。
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