第13話 懸念の種が蒔かれました



「朝から元気ですね」


 割入った声で、三好との攻防は唐突に終わりを告げた。ちょうど部室から出てきた九条と鉢合わせ、心臓が大きく跳ねる。……いやいやいや、これはときめきとか甘酸っぱいもんじゃないから。天敵に出逢った時の警鐘ですから!


 「九条さん、おはようございます。いやー、今日も男前ですね。昨夜は大丈夫でしたか? 雪村が送られ狼に変身したりして」

 「はぃぃ!?」


 三好のとんだ失礼発言にツッコミを入れようとしたが、九条の手に遮られた。軽く唇に九条の手の甲が当たり、ぶわっと体温が上昇する。九条は朱里に構わず、清涼な笑みを浮かべた。


 「ご心配なく。それより三好さん、ずいぶん酔ってらっしゃったようですが体調はいかがですか?」

 「大丈夫です。俺、二日酔いしないタイプなんで」


 昨夜の気まずさを微塵も感じさせない大人な態度。だけどそこはかとな~くピリピリした空気が発散されているのは気のせいかしら? ピンポイントにここだけ強力な静電気でも放出されてるのかしら? 押し黙っていると、九条と視線が交わった。


 「雪村さん、室長が呼んでましたよ」

 「あ、はい。すぐに行きます!」


 OHこれぞ天の助け! 九条×三好は妙な迫力があるのでとっとと退散しよう。しゅた! と敬礼ポースを取り、朱里は室内に駆け込んだ。



 *



 「おはよう雪村さん。出社したばかりなのに呼んでごめんね」


 個人ロッカーに荷物を押し込め、室長の元へ飛んでいくと柔和な笑みを向けられた。メインのカウンターパートである海外支部とは時差がある関係で朝イチは意外と電話が鳴らない室内。

 その中で椅子から腰を上げた彼は神野一樹じんのかずき38歳。初対面で年齢を明かされれば「またまたぁ~」と本気で冗談にしか思えない規格外の若々しさで、美魔女ならぬ美魔男といったお方だ。


 といっても年相応の貫禄があり、宇佐美によると年上好きの女子社員ファンが多いらしい(ただし彼は既婚者なので表向きキャーキャー騒ぐ猛者はいない)。女性的な顔立ちと相まって一見すると草食系フェミニストだが、仕事に関しては性別肩書き問わず要求が高いので気の抜けない相手である。


 朱里は背筋を伸ばし、気をつけの姿勢を取った。


 「お話というのは何でしょう?」

 「うん。うちの部室で毎年フォローアップ調査をやってるのは知ってるよね。今年度の対象の1つは君の担当国に決まったから、ぜひ雪村さんに行ってもらいたいと思って。どうかな?」


 フォローアップ調査。ざっくり言うと、過去に実施したプロジェクトの運営・維持管理状況を確認し、本社に報告書を提出する仕事だ。まずは現地支部の人と打ち合わせてプロジェクトを選定し、サイトを訪問して写真を撮ったり関係者からヒアリングをするのがメインになる。それほど気負う必要はないが、準備は大変だ。限られた日程で無駄のないスケジュールを組むなどなかなかに調整力が求められる。頭の中でざっとシュミレーションしながら朱里は頷いた。


 「分かりました。確か昨年度の対象国はモンゴルとミャンマーでしたよね。回覧で報告書を見た限り、日程は一週間前後だったかと思います。同様のスケジュール感で進めましょうか」

 「今回は東欧だから移動も考えて、少し長めに設定してもいいよ。その間は同じ班の担当者に君の仕事を捌いてもらうから、帰国して机が書類の山になってる事はない。安心して」


 同じ班……。真っ先に木山の顔が浮かんで一抹の不安がよぎる。顔に出ていたのか室長は苦笑した。


 「心配?」

 「え! いえ! 決してそういうわけではっ」


 あわあわ否定する様子がますます怪しい。焦りまくりの朱里は咳払いをして、平静を取り繕った。


 「大丈夫です。現場を見る貴重な機会ですし、ぜひお願いします!」

 「ははっ、色よい返事でよかった。詳しくは昨年度担当した三好くんに相談するといいよ」

 「はい! 頑張ります」

 「期待しているよ」


 室長に励まされて一礼し、朱里は席へ戻ろうとした。その時、背後からとんでもない補足情報が飛んできた。


 「そうそう。九条くんも一緒だからそのつもりでね」


 ぎぇぇ-! なんでそれ最初に言ってくれなかったんすか室長ぉー!! 

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